第5話 ルーカッセン侯爵、再び!

 その後、ルヴァは比較的穏やかに毎日を過ごしていた。


 夜は、眠る前に軽くお喋り。

 その後は、ぐっすり眠れるようになったのは本当によかったと思う。


 朝は……残念ながら、私よりルヴァが起きる方が早い。

 いつもルヴァに鏡をノックされて「おはよう」って挨拶する流れになってるけど――寝ぼすけな私を、ルヴァが小馬鹿にしたりする様子はない。

 私が顔を見せれば、朝起きたばかりだからか、年相応の無防備な笑顔を浮かべて挨拶を返してくれる。

 その度に私は……。


(なんだ、これ、カワイイのだが?)


 とカワイイについて本気を出して考えるという思考ループに陥るんだけど、まぁカワイイんだから仕方ないね!


 そして私が考えている間、ルヴァは朝食をとり、そこからしばらくは部屋に戻ってこない。

 勉強したり運動……っていうか、鍛錬をこなす。

 貴族の子息たるもの武芸もたしなみらしく、武器を扱う稽古をしたりするらしい。

 まだ子どものなのに、貴族って大変だ。


 ――まぁ、そんなこんなでルヴァの予定はわりとびっちりなんだけど、あの子は不自然にならない程度に大鏡……つまりは、私の様子を見に来る。


 嬉しいけど、あんまり部屋にこもってると、引きこもりだとか勘違いされそうだから、ここではルヴァを引き留めないで軽いお喋りに留める。


 もっともルヴァを悪くいう人は……部屋掃除に来る使用人基準だけど、いない。

 掃除の間のお喋りに聞き耳を立ててるけど、屋敷の使用人たちはみんな、葬儀の時に見たルヴァの健気な姿に同情しているみたいで、めちゃくちゃ献身的に仕えているみたい。

 

 その甲斐あってか、ルヴァはお母さんのお葬式以降、少しずつ心の平穏を取り戻しつつあった。


 ――あの、おいしいところ取りオッサンが、再来するまでは。

 

 あのオッサン……つまり、ルヴァの父親である現ルーカッセン家当主だが、ここに二ヶ月という数字がある。

 これがなにを意味するかというと、すなわち、ルーカッセン公爵が息子を放置していた期間だ。


 公爵ってば妻の葬儀の準備を丸投げし、当日ひょっこりやってきて喪主だけ務め終わるや否やとんずらしただけでもギルティなのに……!

 さらには息子の精神的ケアも放棄して、どこぞで息してたかと思えば、二ヶ月後の今日、ノコノコやって来やがったんだよ!。


(どこ行ってたかしらないけどさ、ここまで慌ただしいってことは、ホウレンソウしてないってことだよね。つーか、常日頃ここで暮らしてない証拠じゃない?)


 突然の報せに、屋敷は朝からバタバタしている。

 昨日の昼くらいからだったか?

 なにやらお屋敷全体が騒がしくなった。

 ルヴァも、いつもと違って夜まで顔を見せなかったし。


 それで、夜部屋に戻ってきたルヴァはとても疲れた様子で……心配になって聞いてみたら、ルーカッセン公爵が戻ってくるんだって……。

 父親が戻るのに、少しも嬉しそうじゃない、曇った表情を浮かべ、あの子は言った。


『急な報せが入った。父上が、明日、お戻りになるとのことだ。……恩人の娘を連れて行くから、相応のもてなしが出来るように準備をしておけと言伝があったらしい……恩人の娘……僕と、同い年だそうだ』


 だとさ。

 これ、原文ママ。

 ルヴァが持っていた手紙には、本当にこう書いてあった。


 そんな、挨拶も気遣いもなんにもない、自分の用件だけを一方的に書き連ねただけの紙切れを見た時、私はこう思った。

 

 ――は? 


 もう、本当に「は?」としか思えなかった。

 どのツラ下げてお屋敷の敷居をまたぎやがる――と腹が立ったけど、あのクソオッサン、クソだけどまだルーカッセン家の当主だったから、普通の顔して屋敷に入れる身分だったわ!


 それでもって、当日。

 偉そうに突発お連れ様訪問を組み込みやがったルヴァ父は、屋敷にやって来てそうそう、またやらかした。


(えぇ~!?)


 大鏡から、少しだけ抜け出して、部屋の窓から外を見る。

 公爵家のご立派な門が遠くに見えて、それから近くに視線を転じるとずらりと屋敷前に並ぶ使用人と、中央に立つルヴァが見えた。


 相対するのはルヴァの父。ルヴァと同じ髪色をしたカイザー髭の男が、ルーカッセン公爵だろう……なにせ、あの中で一番偉そうだ。偉ぶり臭がプンプンだ。

 

 だけど、私が注視したのは、そこじゃない。

 そこじゃなくて……奴の、腕の中。


 なんとルーカッセン公爵の野郎、女の子を自ら抱っこしていたのだ!


(事案発生!?)

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