7 髭男
夏とはいえ、砂漠の夜は冷える。それを抜きにしても、有毒の
しかし時は立ち止ってはくれない。アイシャの懇願も虚しく、空は暗くなっていく。
日が沈む頃。空は
「へくしゅっ」
寒暖差に、くしゃみが出る。
どのくらいの時間、当て所なく足を進めただろうか。夜は更け、もはや眼前の砂丘の果てがどこに繋がるのかすらわからない。ともすれば絶望に全てを投げ出してしまいそうになる。幾度も足が止まりかけたのだが、一人砂漠に取り残されるのが恐ろしく、ファイサルの袖を掴んで斜め後ろに続いた。その袖が、不意に揺れた。
「アイシャ、あれ!」
ファイサルが勢いよく腕を持ち上げるので、アイシャの指が振り払われる形となった。慌てて袖を掴み直して、ファイサルの視線を追う。砂丘の谷間辺りの夜空が、微かに朱色に染まっていた。
二人は思わず顔を見合わせ、同時に叫ぶ。
「
「集落だ!」
長時間に渡る放浪の疲労など、一気に吹き飛んだかのようだった。二人は手を取り合い、砂丘を駆ける。急に引っ張られた駱駝が不満そうに鼻を鳴らしたが、気に留めない。
砂を蹴散らしながら進むのは、集落の
ほどなくして淡い光の全容が目に入る。ちょうど谷間で平地になった僅かな隙間に一
「人だ! おおい、おおーい!」
相手が何者かもわからぬうちから、警戒心なく声を張るファイサル。アイシャは得意の臆病風を吹かせて
根っからの遊牧民だろう。熱射を浴びず、しかし風が通るよう、ゆったりとした
ファイサルが再度大声を出せば、男らはやっとこちらに気づいて顔を上げる。夜の砂漠を子供が二人だけで駆けてくる様子は、驚愕を誘っただろう。男らは慌てて腰を上げ、歩み寄ってくる。天幕からやや離れた場所で、二組は対面した。
男らが、駱駝、ファイサル、アイシャと順に舐めるように視線を向ける。最後にもうひと往復、アイシャの目鼻と身体の輪郭を目線でなぞってから、ファイサルに目を戻す。
「おい、ガキがこんな場所でどうした」
粗暴な印象の問いかけだが、ファイサルは気に留めなかったらしい。
「助けてくれよ。迷子になったんだ」
「迷子? どこから来たんだ」
「南の」
「中央南部です」
ファイサルを遮り、アイシャは言う。屈強な男の視線がこちらに注がれて、思わず一歩後ずさった。
「中央南部。駱駝の遊牧部族が多い地域だな」
「はい。遊牧中にこの子が逃げ出したので追いかけたら、迷子になってしまったんです」
駱駝を指差しながらの発言は、消え入りそうな声音である。なにせ、これは嘘なのだから、小心者のアイシャには荷が重いのだ。それならばなぜ、馬鹿正直に「南の赤の氏族集落」と言いかけたファイサルを止めたとかと言えば、これは慎重者の勘とでも言うべきか。この男らには、何か不穏なものを感じたのである。
「駱駝が逃げて……ねえ」
長い髭の男は顎を撫で、相棒に意味ありげな目配せをする。視線を受けた短い髭の男が、口角を上げて笑みを浮かべた。アイシャにはそれが気味の悪い作り笑いに見えて、人知れず背中を震わせ腕を抱いた。
「しかたねえな。こんな子供を外にほっぽり出しておく訳にはいかねえ。今晩は泊めてやろう。帰り道は明るくなってから探せよ。とりあえず駱駝のミルクでも飲むか」
「わあ、やった! ありがとうおじさん。アイシャ、良かったな」
無邪気に手を叩くファイサルに、アイシャは曖昧な笑みを返した。
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