第4節 ―わずか30秒のSOS―(1)

 第4節 ―わずか30秒のSOS―


 1994年末。荒樫島は、今日も清々しい晴れ間を見せている。

 国民は、街の人々は、今日も立派なお城を眺めながら、平穏な日常を送っている。

 あれからもうすぐ5年。街の様子も少しずつ変わってきた。バブルにあやかり、多くの土地や別荘を買い込んでいた日本人の殆どが、日本で起きた就職氷河期と不況に煽られ退去。代わりに諸外国の商業企業が立て続けに土地を買ったことにより、そこから多くの商業施設が建てられるようになった。元あった土地と建物をそのまま使い、内部にスーパーマーケットやアパレルショップ、学校、病院、カフェレストランなど、人々の暮らしを豊かにするライフラインがより身近に、より充実した環境で次々と誕生していった。


 王室が構える羽柴城も、あれから数ヶ所のリフォームが施された。

 もっとも改変が大きかったのが、かつて牢獄のあった地下だ。以前は城へ不当に侵入してきた部外者や、ロイヤルファミリーに反逆した関係者を収監し、反省させる意図で作られたものだが、現在はまったく違う姿へと生まれ変わっている。それが、

「はっ!」

 幼子の張りのある声と同時に、部屋中に置かれている立て看板が、次々と倒れていった。

 立て看板は、白い光の玉にシュートされる形で、火花を散らしながら仰向けに倒れたのだ。

 各看板には一見、柄の悪そうな人達の顔写真が貼られており、それらも光の玉の接触によって、燃えて灰になる。これで、設定上は「悪者を倒した」ことになるのだ。

「やったぁー♪ お父さん! ぼく、悪者を7人、いっぺんに倒したよー!」

 そういって、部屋の中央で嬉しそうに飛び跳ねているのは、5歳になった聖治であった。

 彼が生み出し、遠隔で飛ばしたサッカーボール大の白焔が、立て看板を一気に弾き飛ばしたのである。彼は、笑顔で父親の元へと駆けていった。

 子供達も、あれから成長した。

 聖治は生まれた頃から白焔の魔法を発動していたが、まだ赤子ではコントロールが不十分であった。発動の頻度こそは少なく、一日に1度あるかないか、シャボン玉大のものが多くても10個生み出されるくらいだったが、それは年齢とともに強くなっていった。

 最初は当時2歳だった礼治くらいの子でも、簡単に触れる程度の温かさを持っていた白焔。年月が経つにつれ、それは段々と火力が上昇していった。生み出せる玉は日に日に大きくなり、今ではほんの少し手をかざすだけでも十分温かく、無理に掴もうとすると火傷を起こしてしまう。それほど形も実体化してきたのだ。生み出せる頻度も顕著になった。

「凄いじゃないか聖治。強くなったな。あの日、地下の改造を業者に依頼して正解だった」

 魔法の練習を見物していた、英治の今の発言のように、魔力がどんどん上がってきている聖治に必要なのは「そのための練習の場」であった。だけど、外だと危ないし、宮殿内は木造も含まれているため、下手を打てば触れた白焔によってボヤが発生してしまう。

 そこで、火事の心配が一切ない石造りの地下に着目した。元は牢獄として機能し、多くの仕切り壁が建てられていたその地下を解体。拡張工事を行い、石柱を随所に支えた上、部屋全体を大きな円形状へと生まれ変わらせた。外周からは、気軽に見物できる席も多数設けた。

 それは、誰がどう見ても闘技場。「コロシアム」という名のそれであった。

 すべては、聖治の才能を伸ばすため。彼が気兼ねなく、思う存分魔法の練習が出来る様にするための、英治からの御褒美――という名の国民から集めた税金――であった。


 もちろん、地下にこうしたコロシアムが設けられているという事は、普段は外からは見えない。魔法が使われている事を、外部からは一切知られない仕組みである。

 聖治が魔法を使えることは、なんと、今も国内外の一般人誰もが知らないのだ。

 なぜかは英治の思惑のみぞ知る事であり、全ては彼次第だが、仮に関係者の誰かが外部に告げたとして、人々はそう簡単に信じないだろう。証拠もなく、「魔法」なんて、今までの人生でまだ一度も見たことがない人達ばかりだからだ。皮肉である。

「表向きは、憲兵や軍官の訓練場として、このコロシアムは機能しています。改造当時、国民からは、たいへんお喜びの声を頂きました。牢獄の存在そのものに国民が懸念を示されていたからこそ、その牢獄の廃止と、安全性の高い闘技場の実現に前向きだったのでしょう。現・国王陛下のこうした『負の財産との決別』は、国内外からも『とても勇気を与えられた出来事だ』と、賞賛あらそわれた」

 同じく闘技場の外周、観客席の一端では、教育長のエダがそう呟いた。

 彼女の横には、聖治の練習を同じく見守っている聖子がいる。2人とも、コロシアムへ改造した当時の事を、思い出していた。聖子がこういう。

「ええ。戦争時代の名残として、長らく牢獄は残されていたけど、これも表向きは時代の変化ね。実際は、聖治1人のための『贈り物』。あそこまで、聖治に贅沢をさせるなんて…」

 エダが、聖子の手の甲の上に、優しく自身の手の平を置いた。

 今はこれ以上、その話はしない方がいい。エダが、目でそういって慰めたのだ。

 再び、聖子のそういった「反逆的な発言」によって、英治がどんな行動を起こすか分からない。アンナの前例があるから、英治の耳に入るかもしれない意見は、迂闊に発言できないのである。事情を知る王室にとって、それはとても大きな「緊張」そのものであった。


 そういえば、あの日の深夜、エダは改めて牢獄へと顔を出しにいった。

 収監されたアンナの安否を知るためだ。

 だが、その頃にはもう、収監されたアンナの姿はどこにもなかった。恐らく、すぐに別の所へ移送させられたか、それとも――。


 もう、過ぎた過去を振り返っても仕方がない。

 今度は、自分達関係者が同じ末路を辿らないよう、細心の注意を払おう。ただそれだけ。

 英治は、逆らう言動さえ起こさなければ、普段は平穏な国王だ。だから聖子もエダも、あれから、英治の指示には出来る限り従ったのだ。どんなに理不尽な事であっても。


「お母さーん! ぼくの魔法見た? すごかったでしょー♪」

 聖治が、嬉しそうに聖子達の元へと駆けつけてきた。

 父親に褒められたあとは、母親にも褒められたい。それが子供というものだろうか。

 聖治の両手首には、白焔が輪っか状に括られている。この程度の温度調節が出来る様になったので、聖治はこうして時おり、白焔をアクセサリーの様に着飾る事があった。

 その白焔の輪っかは、まるで天使の輪っかのよう。

 聖治の笑顔も、天使の様な純真さを放っている。聖子は穏やかな微笑みを浮かべた。

「えぇ、素晴らしいものを見せてもらったわ。母の私に見せてくれてありがとう、聖治」

「えへへ~♪ どうしたしまして~。もっと見るぅ?」

「あら、そうね。じゃあ、他にも王室のみなさんに、お披露目してみては如何かしら?」

 聖子はそう提案を促した。この言葉の意味は――。聖治が、ピョンピョンと跳ねていう。

「うん、そうする~! じゃあね? エンドウと、クニキダと、カスガにも見せるよ!」

「そう。無理のない程度にね。でもホラ、他にも見せたい人がいるじゃない? 聖治」

 聖子は、僅かに焦っている様に見える。先に聖治が述べた執事や、その侍従だけでは足りない、という事なのだろうか。聖治には、その意図までは分からずとも、自慢できる対象を増やすのは「いいこと」だと解釈したようである。

「え? うーん、じゃあメイドさんみんなにも見せるね! エダも見た? ぼくの魔法」

「はい。しっかり、この目で拝見しましたよ。とても勇敢なお姿で、私感動しました」

「やったぁー!」

 聖治はピョンとジャンプをし、満面の笑みでパーの両手を上げた。ここまで純粋に、王室からの「お褒め」を受け入れる心の持ち主である。英治が贔屓にしないわけがなかろう。


【(2)に続く】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る