第36話 Mark2

「あ……う……」


 爆風に煽られた仁は、焦げたアスファルトの上に転がっていた。

 視界がぶれて焦点も定まらなかったが、デスペラードの巨体がいることは知覚していた。

 爆発の衝撃で病院のガラスの一部は破壊されていたが、それ以外のダメージは見受けられなかった。


「さす、が……ミサイルの直撃は、体に、こたえる、な」


 冗談交じりにそう言ってみる。

 が、今の仁の体は冗談では済まないダメージが蓄積されている。

 立ち上がろうとしても、手にも足にも力が入らない。

 むしろ、ミサイルの直撃を受けても五体満足で意識があることに感謝すべきだろう。

 もっとも、感謝すべき相手はまるで仁の声に答えたくれないのだが。


「やっぱりおまえはそうするよね……まったく、ここまで思い通りに事が運ぶと、かえって拍子抜けだよ」


 病院を狙っていると見せかけて、レントの真の狙いは仁そのものだった。

 仁はまんまとそれに引っかかったらしい。


「分からないぞ……もうすぐ、ブランカが復活して真の力が覚醒するかも」


 こんな状況でも、口は回るようだ。


「そして一発逆転するんだ。なんかこう、必殺技を叫んだりしてさ」

「……随分と、信頼しているんだな」

「そりゃ、相棒だからね」


 ブランカは仁の事を下僕程度にしか思ってない可能性もあるが、少なくとも仁はブランカのことを相棒だと思っている。


「分からないな。何故、あんな劣化品に頼る? 奴はおまえが生きている間は目を覚まさない。私が『寄生』して封じ込めたのだからな」

「おまえ、一応姉妹なんだろ? 姉は弟妹を信じるもの、らしいぞ」


 ちなみにソースである少女は一人っ子だったはずだがそれはそれとして。


『信じているさ。もう立ち上がることが出来ないことをね』

「最悪の思考回路だな。マスク被ってなかったら唾は吐いてるよ」

『それで分かるならば迷いなくそうするさ。人間も、不調をきたした機械は叩いて直すんだろう』


 レントの人間に関する知識はいささか偏りがあるようだった。

 ちなみに孤児院時代、同じ方法で調子が悪かったテレビをお陀仏にした人物がいた。


「……命の恩人なんだよ、あいつは」


 ブランカがいなければ、流歌が生き返ることも無かったし、仁もキャンサーに殺されて終わりだっただろう。


『都合の良い思考回路だな。ヤツがそんな風に考えて動いたと思っているのか?』

「ああ、多分違うって事は分かっている」


 ブランカはあくまで、自分の利益を最優先して動いただけだ。

 その結果が、たまたま最善の結果に傾いたということは分かっている。

けど、それでいい。


「関係無いんだよ、あいつがどう思っているかなんてさ。事実としてそうならば、それでいい。あいつが僕に、もう一度チャンスをくれたんだ。感謝する要素しかないだろ、そんなのさ」


 無論目に余る部分がないとは言わないが、それでも仁があの生意気なる相棒に感謝している。

 それが、嘘偽りの無い気持ちだった。

 ポーズを決めながら言ったらかなり様になったかも知れないが、残念なことにそこまでの余力が残っている訳では無い。


『……まったく、滑稽だ』


苛立たしげに、レントは呟く。


『滑稽、愚鈍、極めて不愉快。もういいよ、草部仁。そろそろ――死ね』


 先程とは逆の脚から、再びミサイルが展開される。

 だがその狙いは、最初から仁に定められていた。

 本能が警告を発する。

 次は耐えきれないと。


 ブランカのコアは無事だったとしても、仁は確実に死ぬ。

 だがどれだけ足掻こうとしても身体は動かず、言葉を紡ごうにも聞く耳を持たないだろう。

 完全に、チェックメイトだ。

 ミサイルが火を噴いて撃ち出される。

 その様子が、いやにスローモーションに見える。


 タキサイキア現象。


 交通事故など突発的な危険に遭遇したときに、脳が危険だと感知し時間の視覚的な精度が上がる現象だ。

 脳が危機を脱するために行われる現象と言われているが、悲しいかな仁はまるで思いつくことができなかった。


 瞬間、仁の視界に人の影が割り込んだ。

 その人影は仁とミサイルの前に立ちはだかり、手にしたスーツケースでミサイルの側面を殴り飛ばした。


 バランスを失ったミサイルは回転しながら見当違いの方向へ飛んでいき、デスペラードの近くで爆発した。

 スーツケースでミサイルを撃ち返した――言語化すると、あまりにも無茶苦茶だった。


 猛スピードで迫るミサイルを打ち返す。

 言語化してみれば、実にとんでもない行為だった。

 少しでも力が強いと爆発し、少しでも力が弱いと直撃を食らう。

 そして何より――スーツケースでミサイルと打ち返そうなんて正気の沙汰ではないことを考え、あまつさえ実行する人間なんて、到底マトモじゃない。


 そんなことをする人間がこの街に――いや、いた。

 凄まじく心当たりがある人物が約一名。

 爆炎に照らされて、人影の全貌が明らかになる。

 それはハザードデイのあの日から見慣れたもの。

 今やこの街の人々が、ヒーローと仰ぐ人間の背中。


「無様だな、ジャグラー」


 波沢渚沙の声は仁の胸に場違いな安堵感をもたらした。

 我ながら単純すぎると、苦笑しつつ言葉を返す。


「主役は遅れてやってくるってヤツ? もっと早く来てくれると助かったんだけど」

「別に貴様が死んでからでもよかったのだがな」


 ふんと渚沙は鼻を鳴らした。

 手厳しいのは相変わらずだった。


「まあいい……リハビリ代わりに不足は無い。十分体が温まったら、次は貴様の番だ」


 ギロリと睨まれ、ひいと悲鳴を漏らしてしまった。


『ふうん……まるで私が負けると言わんばかりだね、人間。その身体で勝つとは、嘗められたものだね』


 確かに、渚沙は満身創痍だ。

 逆に言えば、十全ではない状態であのような芸当をやってのけたということなのだが……


「ほう……おまえも口をきけるだけの知性と感情ががあるのか」

『殺しにくいとでも言うのかい?』

「いいや? おまえにはそ感情があると言うことは、恐怖も絶望もするのだろう? そちらの方が、私にとって都合がいい」


 ニイッと、渚沙は好戦的な笑みを浮かべる。

 彼女はヒーローだ。

 だが、仁のようにヒーローになりたいと思いになった訳ではない。

 キャンサーへの憎しみの炎を抱き続ける復讐者――それが波沢渚沙だ。


 例え自我を持っていようが感情を持っていようが言葉を話そうが、キャンサーであれば迷い無く殲滅する。

 だがそれでも、仁は一抹の不安を拭いきれない。

 渚沙はRCユニットを装着していない。


 いくら渚沙の身体能力が常人を凌駕していたとしても、勝機は限りなく低いと断言せざるを得ない。

 ブラストリアも大破してしまっているのに……いや、それは仁達が壊してしまったのだが。


 まさかACTのコンテナがやってきて装着するつもりなのだろうか。

 だがそれには無茶がありすぎる。

 装着している間にコンテナごと破壊されてお陀仏だ。

 そんな仁の杞憂を笑うかのように、渚沙はスーツケースのハンドルの横にあるスイッチを押した。

 次の瞬間、スーツケースは変形を始めた。

 展開したパーツは渚沙の身体に装着され、鎧の形を形成していく。


「まさか、これって……」


 仁は目を見開く。

 それは映画で散々見た、ロマン溢れる変形機構。

 渚沙のスーツケースは何かを収納するものではなく――スーツケースそのものがRCユニットだったのだ。


 第5世代RCユニット〈ブラストリアMark2〉


 それこそが柊望我が渚沙に送った、彼女の新たなる鎧にして矛だった。

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