第35話 意地

 地面に叩き付けられて、ようやく意識が回復した。

 外傷はアーマーを装着していたせいかほぼ無かったが、炸裂弾を思いっ切り浴びたせいで全身が痛い。

 ジャグラーのアーマーもかなり歪んでしまった。


「なんだ、ここ……」


 相変わらず鉛のように重い体を起こして周囲を見渡し――そして絶句した。

 そこは、渚沙が入院している協同病院だった。

 渚沙を標的にしていることは、ブランカから知らされていた。

 渚沙本人を自然に動かすことが困難である以上、ここに来られる前にレントを倒すつもりだったが、既に手遅れだった。


 いっそのこと、ジャグラーとして襲撃予告でもしとくんだったと後悔する、渚沙にとっては火に油を注ぐだけだろう。


『妹の着心地はどうだ? 草部仁』


 振り向いた瞬間、デスペラードのアーム横薙ぎに払われる。

 それを破壊せんと百連刃を展開しようとするが、義手は僅かに軋みを挙げるばかりで変形することは無い。

 ジャグラーのボディは宙に舞い、駐車していたワンボックスカーに叩き付けられた。

 ボンネットがひしゃげ、砕け散ったガラスが周囲に飛び散る。


「くそっ……!」


 義手が、思うように動かせない。

 それどころか、体全体が動きづらくなっている。

 異常をきたしているのは仁の体ではなく、ジャグラーのアーマー……則ちブランカのボディだ。

 アーマーとは違う異物が、血管のように浮き出て、蠢いている。

 レントが仕込んだ『芽』は、ブランカを蝕み、その力を封じ込めていた。

 声も既に聞こえない。


「……あいつを殺したのか?」

『いいや? 殺しはしない。不出来ながらも母さんのコアだ。私に破壊することはできない。少し眠って貰うだけだよ。彼女には教育が必要だからね……』


 その言葉に少しだけ安堵する……いや、彼女の言葉が正しいとするならば、ブランカは死んでないだけに過ぎないのではないのか。


『だが逆に言ってしまえば、コアさえ無事ならばそれ以外はどうだっていい。おまえもだ、草部仁。おまえを殺す。とびっきりの絶望を与えた後でね』


 その言葉で、仁はここへ連れてこられた理由を理解した。


『この施設には、君が大切に思っている人間がいる。ここを破壊してしまえば……どうだろう? 君は絶望してくれるかい?』

「ふざけるな……!」

『それはこっちの台詞だよ。おまえは母を殺した挙げ句、妹まで誑かした。それくらいの報いがあって、然るべきだとは思わないかい?』


 レントの声は、紛れもない怒りが宿っていた。


「それも、そうかもな……けど、僕はそれ以上に怒っているんだ。簡単にここを破壊できると思うな――」


 言い終わる前に、レントは触手で軽々と吹っ飛ばす。


『何が出来る? 既に武器も、ブランカも封じた。今のおまえは、頑丈な鎧を装着しただけの、ただの人間だ』


 ジャグラーの最大の武器は、変幻自在の義手とブランカのサポートだ。

 だがそれも、レントによって封じられてしまった。

 彼女の言葉に間違いはない。


 今の仁は、頑丈なだけのただの一般人だ。

 それでも、立ち上がる。

 何度も、何度も。

 機関砲の銃弾にさらされようと、丸太のような腕に打ち据えられようとも。


 その度に立ち上がり、デスペラードのかじりつき、吹き飛ばされる。

 既に痛覚も曖昧になりかけているが、ジャグラーは一向に止めようとしなかった。


『薄気味の悪い奴だ……滑稽を通り越して、哀れみを感じるよ。いい加減諦めたらどうだ? 自分じゃもう手に負えないことは、おまえが一番理解しているはずだろう』


 不快感を隠さずに言うレントに、仁も苦笑を漏らす。


「それが出来たら楽なんだけどさ……どうも僕は、そう言うコトが出来ない性分みたいなんだよ」


 それに、まるで無駄というわけではないのだ。

 確かにぼくではレントに勝てない。

 けど、こうやって人々の時間を稼ぐことは出来る。

 それが仁が勝ち目のない戦いに挑んでいるのは、それが理由だ。


『そうか……なら、もういい』


 レントはジャグラーヘの攻撃を止めた。

 ほっと安堵の息をつく暇は無い。

 デスペラードの脚部から展開されたのは、仁の身の丈はあるであろうミサイル。

 並のキャンサーの群なら一撃で壊滅することができる代物だ。


「止めろ――!」


 仁の絶叫も虚しく、ミサイルが発射される。


「くっ――」


 盾を展開することは出来ない。

 使えるのは自分の体と――駐車している車だけ。

 近くに駐車していた車を両手で掴み、跳躍してミサイルの軌道上に立ち塞がる。


 車とミサイルが衝突する。

 拮抗は一瞬で、ミサイルはカーボン製の車体を容易に貫通した。

 だが――貫通した部分はガソリンが詰まった車の心臓部。

 激しい爆発が起こり、ミサイルの速度が僅かに緩む。

 仁は獣のような雄叫びを上げた。


 これは賭けだ。

 成功しても失敗しても、仁はただでは済まないというアンフェア極まりないものではあるが、少なくとも成功したらマシな結果に収まる。


 左の貫手をミサイルを叩き込んだ。

 この行為はミサイルを腕一本で抑えるのも同義であるが――仁は賭に勝った。

 結果的に、病院へミサイルが突っ込み大爆発という最悪のシナリオを回避することに成功した。

 だがその報酬は万雷の喝采でも巨万の富でもなく、無数の破片と、体を焦がすような爆風だった。





「何故だ……なぜACTはまだ来ない!?」


 スマホに向かって、苛立たしげに叫ぶ。

 既に到着していても遅くないのに、未だに夜空にRCユニットの機影は見えない。


『やられましたわ。どうやら敵は思った以上に用意周到のようですわね。水戸の各地に無数のキャンサーが出現。おまけに現場に向かおうとしていた隊員達も、キャンサーに邪魔をされてます。どうやら〈パラサイト〉はジャグラーとの蜜月を楽しみたいようですわ』

「なんだと……?」


 ぎりっと歯噛みする。

 ACTの人材は有限だ。

 RCユニットに適合する人間の絶対数が少ないと言うこともあるが、この状況はあまりにもマズい。


 パラサイトは、並の隊員では太刀打ちすることは出来ない。

 既にジャグラーも、ミサイルの直撃を受けて地面に倒れ伏している。

 まるで、病院を庇ったかのような行動だった。

 あり得ないとキャンサーを憎悪する渚沙の心が叫ぶが、その光景は確かに渚沙の網膜に焼き付けられている。


「くそっ、くそっ、なんなのだ貴様は……!」


 ミシミシとスマホが悲鳴を上げる。

 やはり駄目だ。

 安全圏でのうのうと吉報を待っていることは出来ない。

 最早一種の病気だ。

 そう自嘲しながら、出口に向かって歩き出す。

 それに気付いた警備員達が、渚沙の前に立ち塞がる。


「駄目ですよ、外に出ては危険です」


 渚沙をここまで連行――否連れてきてくれたのも彼らだ。

 彼らに悪意は微塵もない。

 それどころか、負傷している自分をおもんばかってくれている。

 自分は彼らに感謝せねばならない。


 ――だが、今の渚沙にとっては邪魔者であるのもまた事実なのだった。


「……すまないな」


 渚沙は一瞬で二人の警備員を昏倒させた。

 その際脚がずきんと痛んだが、まだ普通に動くので問題はない。


「彼らを安全な場所へ。仕事の疲れがたまっているようだ」


 困惑している看護師に警備員達を任せて、渚沙はシェルターから外に出た。

 火薬の匂いが鼻につく。

 渚沙にとっては慣れた匂いだが、病院にこれほどミスマッチなものはないだろう。

 病院には消毒薬の匂いと相場が決まっている。

 もっとも、愛する弟はその匂いが嫌いだったらしいが。


「仁は、避難したのかな……」


 もし彼が危機に瀕していたのならば、例え地球の反対側にいようとはせ参じるだろう。

 それが弟を守る姉の務めというものだ。

 自分の事を一向に姉と認めてくれない可愛い弟のことはさておき、今の渚沙は一つ問題を抱えている。


 怪我は痛みさえ我慢すればいい。

 だが問題は、キャンサーを倒すための矛も盾も、今の渚沙は持ち合わせていない。

 本来ならばそれを整えてから行くのが定石であることは渚沙とて分かっている……が、状況は状況なのでやむを得ない。


 もっとも、それに気付いたのはシェルターを脱出した後なのだが。

 考えるよりも先に体が動くのは悪い癖だと、仁や来美からうんざりするほど言われているが、今回もその悪癖が出たと言うことだろう。

 しかし動いてしまったものは仕方ない……否、動き出したら止まらないのが波沢渚沙である。


「鎧……はさすがに無いか。何か長物があればいいのだがな……」


 探せばメスなどの刃物もあるだろうが、デスペラードのボディーを貫けというのは荷が重いだろう。

 基地に戻ればRCユニットのストックもあるが、多くの隊員達が足止めを食らっている以上、基地に向かうまでも多くの障害があるし、何より時間がかかる。

 近くの倉庫で武器を調達するか?


「それも駄目か」


 元々あのデスペラードも倉庫で保管されたものであり、保管元がどのような末路を迎えたかは渚沙は映像で見ている。


「考えれば考えるほど嫌な状況だな……!」


 だが万事休すというわけではない。

 丸腰ではあるものの、体はちゃんと動く。

 無論勝率は低いだろうが、やるしかない。

 こきりと首をならしたその時、プロペラが風を切る音が聞こえてきた。


 顔を上げると、二台のドローンがスーツケースを運んでいる。

 ドローンは渚沙の前にスーツケースを置くと、そのまま空へと飛び立っていった。

 メカニカルなそれはよく見れば普通のスーツケースでないことがよく分かる。

 何より、色や質感がブラストリアの装甲に酷似していた。

 ハンドルにはカードタグが付けられていて、そこには、


『この街の騎士へ』


 そう書かれていた。


「あの狐め……!」


 口では毒づいていたが、渚沙の口元には不敵な笑みが浮かんでいた。

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