第16話 誤解
「ああくそっ、どこにいるんだブランカの奴――!」
ぎりっと歯噛みしながら校舎内を駆け回る。
まさか僕が寝ている隙をつくなんて、どんだけ暇な連中なんだよ……!
なんとか授業中に寝落ちする悲劇は免れたけど、授業のチャイムが鳴った瞬間電源が切られたみたいに眠ってしまった。
その隙にブランカはそこそこ高いヒエラルキーに位置する女子グループへと連行された。
それを目撃したクラスメイトに叩き起こされて今に至るわけだけど、さっきから何度も義手に呼びかけても反応がない。
これって助けを求められない状況にあるのではなく、助けに入られたら都合がわるいってことじゃないのか――!?
「校舎の中にはいないってことは外か――?」
となれば、外の状況を一望できる屋上が一番だ。
この学校は珍しく屋上が開放されている。
二段飛ばしで階段を上り、屋上に続くドアを開く。
解放されているとは言え、日常的に使っている生徒はほとんどいない。
屋外なので当たり前だが、天候の影響をダイレクトに受けるし、特に風が強い日は、本のページが勝手にめくられ、弁当が吹き飛ばされるという悲劇も充分に起こりうるので敬遠している生徒が多いのだ。
予想通り屋上は閑散としていた――が、そんな中何故か仁王立ちで立っている生徒が一人。
すらりと高い背に、風になびくポニーテール。
後ろ姿であれど、この先客が誰であるのかは一瞬で分かった。
「ぬ、その気配は我が弟か」
そう言って振り向いたのは、やっぱり渚沙だった。
気配だけで人を見分けるあたり、凄いというか変というか。
「何度も言ってるけど、僕はおまえの弟じゃないぞ、ナギ」
「そう言うなブラザー。しかしおまえがここに来るなんて珍しいな。何かあったのか?」
「ああ……黛がどこかに連れて行かれたみたいなんだ」
柔和な微笑みが一気に引き、険しい色を帯びる。
「黛がか!? 何故……いや、なんとなく分かったぞ。イメチェンが原因だな」
どうやらその件は渚沙の耳にも入っているらしい。
渚沙は結構顔が広いので、その手の情報もすぐに入ってくるのだろう。
「確かに屋上ならば、外の様子はすぐに分かるな。よし、私は右回りで探すから仁は左回りで頼む」
僕が協力を頼むよりも早く――というか一方的に指示を出して、渚沙は捜索を開始してしまった。
「まったく、敵わないな」
渚沙と黛はそこまで仲がよくないのだが、いざという時は迷わず手を差しのばすことができるので、案外そこまでは険悪ではないのかもしれない。
「いた……!」
捜し物はすぐに見つかり、校舎裏に見覚えのある五人の女子生徒を見つけた。
ブランカと、彼女に憎々しげな視線を送っていた女子グループ。
リーダー格の女子の手に握られているのはカッターナイフだ。
「何やってんだ馬鹿野郎……!」
「これはまずいな。このままでは黛が――」
――怪我をしてしまうと言い終わる前に、一気に形勢が逆転した。
「なにっ――!?」
「ああやっぱりこうなった……!」
僕が恐れていた事が、遂に起こってしまった。
ただでさえ喧嘩っ早く、常人が太刀打ちできない力を持つブランカに、出る杭を打つ要領でハンマーを振り下ろしたら、ただで済まないのはハンマーの方であることは自明の理じゃないか――!
「よし――」
渚沙は小さく頷きくと、屋上の柵に脚をかけ、一気に跳躍した。
命綱なんて当然していない。
その様は、まさしくダイナミック飛び降り自殺。
約十二メートルの高さから飛び降りれば、常人は死を免れることは不可能だ。
だが――今回それを行ったのは、訓練を積み重ねたRCT隊員であり、波沢渚沙だ。
一直線に飛び降りることはせず、渚沙が飛び降りた先にはるのはイチョウの大木。
その幹に一瞬だけ着地し、幹を蹴って一回転。
そのまままっすぐ落下した。
無論ここからただ着地するだけでは危険なので、着地に際体を捻りながら倒れ込み、落下の衝撃を五カ所に分散させる。
5点着地――正式名称は5接地転回法。
専門の訓練が必要になるが、衝撃の分散によって高所からの落下でも無傷で着地することが可能になる。
ACT隊員であれば誰もが取得している技術だ。
もっとも、5点着地をもってしても四階建ての校舎の屋上から飛び降りるのはかなり危険だ。
そのために渚沙は、木の幹というワンクッションを挟むことで、落下の勢いを落とすだけでなく、実質的な落下距離を下げたのだ。
「ああくそっ、ここで使うか普通……!」
しかしここでご丁寧に屋上に降りていたら、大きなタイムロスになりかねない。
何よりこのままブランカと渚沙を邂逅させてしまったら、絶対ロクなことにならないと本能が軽傷を鳴らしている――!
「覚悟を決めろ僕。スパイディはこれよりも高いビルから余裕で飛び降りてただろ……!」
蜘蛛の糸は出ないけど、代わりに僕にはこの義手があるじゃないか。
自らを奮い立たせ、僕も同じ方法地面に着地する。
結構重い衝撃だったが、動けなくなるほどではない。
「ほう、腕は鈍ってないみたいだな」
「ま、まあね」
実は制服の下に装甲を展開していたからこそできた芸当なのだが、さすがにそれは言えないよな。
ブランカ達との距離は五十メートル程。
「やめろ、黛!」
あらん限りに叫ぶと、声が届いたのかブランカがこちらに振り向いた。
次の瞬間、俊敏な動きで肉薄した渚沙がブランカを女子生徒から引き剥がし、ナイフの刃も奪い取る。
さすがACTのエース。
あっと言う間にブランカを拘束してしまった。
「ちょっと、何すんのよ!」
「それはこっちの台詞だ馬鹿者め! 引き際というものを考えろ!」
ブランカが渚沙に噛みついている間に、リーダー格の女子生徒は、脚をもつれさせながら逃げ出した。
ちなみに取り巻きの生徒は、渚沙が飛び降りてきたのを見た瞬間一目散に逃亡した。
その現実に少々世知辛さを覚えながら、仁はブランカの元へ駆け寄る。
「上等じゃない。なら代わりにあんたを――」
「落ち着け、黛」
僕が追いつくと、ブランカはぶすっと頬を膨らませてそっぽを向いた。
「……何よ、なんか文句あるっての?」
「なかったら放置してだろ、いくら相手に否があろうがあれはやりすぎだ」
「まったくだ。ああいう連中は一発ぶん殴ってしまえばそれで手打ちにすべきだぞ」
「あー……ナギのパンチは、それだけで致命傷になりかねないんだけど」
思い出したけど、渚沙って別に非暴力主義者じゃないんだよな。
むしろあの手の連中は正面から殴り飛ばすタイプだ。
ぶん殴るべき相手はとっくに逃げてしまってはいるんだけど。
「ふん、仁もあいつらの肩を持つんだ。いいわよいいわよ、どうせあたしのことバトルジャンキーの加虐趣味だとでも思ってるんでしょ」
訳の分からない拗ね方をしていた。
ぶっちゃけるとそう思ってはいるけど、それを言うとさらに話が拗れそうだったので黙っておくことにする。
「あんな奴らがどうなるか知ったことじゃない。けど、カッターなんか使ったら、どんな動機だとしても黛が悪いって事になるんだよ」
「最初に因縁付けてきたのはあいつらじゃない!」
「まったくもってその通り。けど、ここじゃ先に手を上げた方が悪いって言うのが何故か常識になってるんだ」
なんかうまい方法があったんじゃないのかとか、いくらなんでも相手がかわいそうだとか。
自分は常に最善の選択ができると言わんばかりに。
「愚かしいわね人間……」
「おまえも人間だろう」
何言ってるんだこいつは? と渚沙が首を傾げた。
「起こったことは仕方なしけど……これからは荒事はなるべく避けてくれ。もうおまえ一人の体じゃないんだからな」
今の黛流歌に宿っている人格であるということは僕以外誰も知らない。
ブランカが起こした奇行や暴力行為の全てが、流歌の仕業であると認識されてしまうのだ。
ただでさえ今も、黛流歌はハイスペックギャルにイメチェンしたという噂が流れているというのに、暴力沙汰を起こしたなんて広まったら、ギャルを通り越してスケバンの領域だ。
自称文学少女の流歌本人が聞いたらショック以外のなにものでもないだろう――という配慮のために言ったのだが、なんか凄まじく誤解を招く発言だったような。
そしてそれに気付いた時には、手遅れだった。
「……ほう、それは一体どう言うことだ、仁」
ぽんと置かれた手が、ギリギリと肩に食い込んでいく。
「な、ナギ……?」
振り向くと、ハイライトが消えた渚沙の瞳があった。
「おまえ一人の体ではない? それはアレか、オマエの体はオレのモノだぜということか? それとも……その腹の中に新しい命が宿っているとでも言うのかァ――!?」
「違うそれは誤解だよ! 弁解するから手を離してくれマジでもげる――!」
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