ジャグラー 義腕少年と磁器人形

悦田半次

第1話 ヒーローの条件

 ヒーローの条件って何だろう?。

 特殊なパワードスーツやタイツに身を包んでいること?

 的をあっと言う間に打ち負かせるスーパーパワー?

 弱くても敵に立ち向かう勇気を持っていること?

 どれも正解に思えるけど、どれかが一つ欠けていても問題無いように思える。

 しかしあれこれ考えた結果、どんな条件だろうと僕――草部仁くさかべじんはヒーローには成り得ないことだけは確かなようだった。


 ヒーローならば、怪物が現れれば地下シェルターに避難するのでなく、その外で怪物達を打倒しなければならない。

 千人以上収容することが可能なこのシェルターの中には10分くらい前から大勢の人が逃げ込んでいる。


 特に緊迫感があるわけではない。

 この光景が見られるようになったのは十二年前から。

 非常事態が日常に切り替わるのに充分な時間だ。

 地下シェルターのモニターに映っているのは、人々が避難が完了した無人の街の光景。


 その街を我が物顔で蹂躙しているのは、異形の怪物〈キャンサー〉。

 十二年前からこの世界に現れるようになった怪物達は、どこからともなく出現し、破壊と殺戮を撒き散らす人類の――否、この世界のヴィランだ。

 だがしかし、キャンサーを憎々しげに睨む人はいても、悲痛な表情を浮かべる人も殆どいない。

 確信しているからだ。

 この街を守るヒーローの勝利を。

 突如キャンサーの首が吹き飛び、一瞬で絶命した。


 周囲にいた他の個体も、次々と同族達の後を追うことになった。

 人々から歓声が上がる。

 キャンサーの屍の上に降り立ったのは、西洋の騎士を彷彿とさせるパワードスーツ――RCユニット。


 その両手に握られた両手剣が、キャンサーを仕留めた武器だ。

 全身に搭載されたスラスターによって、パワー型ユニットにカテゴライズされるにも関わらず、先程のような高速移動が実現されている。

 第3世代RCユニット〈ブラストリア〉。

 RCユニットは人を守る盾であり、キャンサーを殲滅するための矛だ。


 キャンサー対策機関ACTアクトのお出ましだ。

 この後の展開は、いつも通り。

 ブラストリアの圧倒的な力を前にしては、並のキャンサーに生存する術はない。

 相変わらずその剣技は見事なもので、僕は毎度の如く口を半開きにしてその光景を見ていた。

 彼女は紛れもなく人々の希望であり、ヒーローだった。


 ――じゃあ、今の僕はどうだ?


「……っ、今更そんなこと考えてどうするんだ、間抜け」

 比べても惨めになるだけだ。

 嘆息しながら、機械で出来た右腕に目を落とす。


 二年前から僕の体の一部に電撃加入したそいつは、静かな稼働音以外は何も言わずに己が役割を全うしていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 機体の破片が脇腹に突き刺さったことに気付いたのは、服がじっとり濡れ始めた頃だった。

 僕の神経というのは案外適当なものらしく、今さらのように激痛が全身を駆け巡る。

 声にならない悲鳴が血と共に口から吐き出された。

 そろそろ限界かもしれない。

 徐々に赤みを帯びてきた視界が、純白のドレスに身を包んだ1人の少女を捉えた。


 それは、ぞっとするほど美しい怪物だった。

 陶器のような肌、サファイアの瞳、透き通るような銀髪。

 駅前を歩いたら、誰しもが息を飲んで振り向くような、美貌を持つ少女。


 中には一緒にお茶でもどうですかと誘うする勇者もいるかもしれないけど、僕はそんな度胸はない。

 ではどうするかというと、僕は彼女を殺すべく、左肩に付いた機関銃を撃ち続けていた。


 狂ってしまったわけじゃない――いや、こんな状況で戦っている時点でかなりおかしいか?

 だが、目の前の少女は倒すべき敵である事は絶対的な真実だった。

 目の前にいる少女は人間ではなく、キャンサーだ。


 彼らの大半は見るからに怪物という外見をしているけど、彼女は前述したような現実離れをした少女の姿をしていた。。


 信じられないが、目の前に存在するのだから信じるしかない。

僕が装着している第2世代RCユニット〈デスペラード〉――全長5メートルのパワードスーツは既に至るところが破壊されている。

 右脚部は既に歩く機能を失い、飛行するためのスラスターも既に破壊された。

 この時点でもう、撤退するという選択肢は断たれた。

 通信機器は既に切ってある。


 撤退しろ、無断出撃だ、このままだと死ぬぞ――

 そんなことしか流れてこない無線なんて集中力が削がれるだけだし、そんなの全て百も承知だ。

 もしかしたら死ぬと警告をしてくれた人は、破片が突き刺さっていることを言っていたのかもしれない。

 そんなの見てしまったら、そう思うのも無理はないか。

 救いがあるとするなら、この戦いは少女のワンサイドゲームではない。

 デスペラードの攻撃を受けたことで、少女の装甲も砕け、本体にもヒビが入っている。


 血が流れないあたり、彼女が人間でないことが嫌でも分かる。

 いや――そもそもミサイルだのガドリングだのパイルバンカーだの食らって原形留めている時点で充分化物だ。

 何より不気味なのは、彼女の表情はここに出現してからずっと無表情に固定されている。


 普通だったら僕みたいに、苦痛や怒りに顔を歪めたりするはずだ。

 何も感じていないのか、それとも表情筋を動かすという発想がないのか。

 少女が手をかざし放たれた光弾がデスペラードの肩を抉り、マシンガンが破壊されたことをシステムが警告した。


 残った武装は――一つだけ。


 RCユニットが装備できる武装の中で最大の火力を誇る巨大荷電粒子砲〈ニョルニル〉。

 これならば、少女を打倒しうるかも知れない。

 しかしチャージ時間が他の武器より長いため、大きな隙を晒すことになる。

 威力は劣ってもすぐに使える武器を今まで使ってきたが、僕の肉体もデスペラードも、いつ限界が来てもおかしくない。


 デスペラードの右アームを少女に向けて構える。

 アームをニョルニルに変形させ、機体に残っているエネルギーを全て一カ所に集めた。

 反動で吹き飛ばされないように、地面にアンカーが打ち込まれた。

『――ブランソレイユ』


 瞬間、少女の声が、鼓膜を震わせる。

 両手を中心にサファイア色の幾何学模様が浮かび上がり、手の平に今までとは比べ物にならない規模の白い光弾が生成されていく。


「あれが、切り札って訳か」

 ちろりと、鉄臭い唇を舐める。

 今は春だというのに、ガタガタとみっともないくらいに震えている。


 けど、逃げられない。

 生き残るためには立ち向かうことしかできない。

 勝つ、絶対に――!

 システムがエネルギーが臨界点を迎えたことを告げたのと同時に、引き金を引いた――




「うわぁっ!」


 そこで、ようやくベッドから飛び起きた。


「夢……だよな」


 荒い息を吐きながら、周囲を見渡す。

 壁に貼られたアメコミ映画のポスターに、棚に飾られたヒーロー達のフィギュア。

 ここは間違い無く、二年前から住んでいるアパートだった。

 どこにも破壊されたような痕跡はない。


 着ているのは、パワードスーツなんかじゃなくて、パジャマ代わりのTシャツだ。

 震える指で右腕に触れると、かつんと冷たい手応えがあった。

 手を開いて、まじまじと見る。

 僕は別に手相占いの趣味はないし、第一この義手の手相を占おうなんてどだい無理な話だ。


「夢かぁ……」


 二年前のことなのに、嫌に鮮明な夢だった。

 今まであの時の夢は見たことも無かったんだけど、なんだ今更なんだろ。

 爽やかな目覚めにはほど遠いけど、眠気はすでに吹っ飛んでいる。

 汗で濡れたシャツが背中に引っ付いているのに辟易しながら、テレビを付ける。

 ちょうど朝のニュース番組で、アナウンサーが笑顔を貼り付けながらニュースを読んでいた。


『昨日出現したキャンサーですが、ACTの波沢隊員によって討伐されました。このキャンサーによる人的被害は今の所確認されておりません……』


 VTRに切り替わると、騎士の鎧をモチーフにしたパワードスーツを装着した隊員が、蠍のような形をしたキャンサーと戦っている映像が流れている。

 撮影したカメラが違うのか、地下シェルターで見たものとは少しアングルが違う。


「……格好いいよ、本当」


 頭を掻きながら、そんな感想を口にする。

 かつて憧れて、挫折したもの。

 もしも、あの戦いで右腕を失っていなければ――


「ま、そんなこと考えても無駄なんだけどさ」


 どうしようもなかったから、今こうしているんだろ、僕は。

 そんなことを考えながら、再び義手に目を落とした。


「お喋り機能とか付いてたら、励ましてくれたりして」


 この義手は電子マネーの支払いも出来たりと変な機能が搭載されているので、そう言うこともできてもおかしくはないんだけど、やっぱり金属製の新入りは沈黙を決め込んでいるのだった。

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