差出人はこのクラスにいる

@fabienne

差出人はこのクラスにいる

7月6日(火)早朝、その日はいつもと違う朝だった。

原因は僕の机の中に入っていた折りたたまれた一枚の紙、その中に書かれた内容が僕の平穏な朝に衝撃を与えた。


「関谷君へ。

明日もきっと一番乗りで学校に来ているよね!

誰もいないところで読んでほしくて、今日君が帰った後に机の中に入れちゃいました(笑)


いつも朝にカメキチのお世話をしてくれてありがとう!

すごく助かっています!

それに、この前は勉強を教えてくれてありがとう!

関谷君が教えてくれたところがテストに出て、すっごく助かりました!


関谷君はいつもみんなに優しくて、真面目で、賢くて、時々不思議君だよね(笑)

そんな関谷君に実は伝えたい事があります。

関谷君が気になって、最近いつも見ています。

恥ずかしいから、気持ちだけお伝えします。

でも、もし良かったら私が誰か当ててくれると嬉しいな!

0より」


最初に出た感想は何のイタズラだろうというものであった。

犯人の心当たりがあるとすれば、クラスのお調子者である板垣か、隣の席に座る親友野崎である。

ヤツらであれば、僕をからかうためにこんなイタズラを仕掛けるのは有り得る話だ。

そういえば、好きなYoutuberのドッキリ企画が面白かったと言っていた気がする。

きっとそんなものに影響されて、こんなものを仕掛けてきたに違いない。

そう考えると、まずは怒りがふつふつと湧いてきた。


でも待てよ。

冷静になって考えると、板垣はいつも一番乗りで下校しているし、野崎は昨日僕と一緒に帰ったはずだ。

何より、手紙の字が明らかに丸みを帯びた、いわゆる女の子の文字だ。

ヤツらに僕をからかうためだけに協力してくれるような女子の友人いないはずである。

となると、他の容疑者は女子とも気兼ねなく仲良くできる男子の土谷か吉岡くらいだが、彼らは僕と良い距離感の友達であり、こんな悪ノリなイタズラを仕掛けるとは考えにくい。


次に、イタズラだとすると、この瞬間に周りに誰もいないのがおかしい。

イタズラを仕掛けたからには、リアクションを観察しないことにはエンターテインメントにはならない。

また、一つ疑問が残る。

僕が学校に一番乗りする事を知っている人間は案外少ない。

というのも、僕はこの誰もいない朝の教室が好きだからである。

シンっと静まり返った教室は、日中の教室と違った顔を見せており、まるで世界から切り離された言葉にはし難い感情が湧きあがる。

そんな中で、孤独を感じつつ、クラスのペットであるカメキチにエサ与えることで、この世界に役割を見出す楽しみを得るのだ。

この世界を独占するために、他のヤツにこの趣味を知られる訳にいかないので、僕は誰よりも早く登校していることを周りには言っていない。

なので、クラスの人間も僕は何となく早く学校に来ているヤツという認識しかされていないと思う。

僕をイタズラにかけるつもりであるならば、僕よりも早く登校する必要があるし、先に登校していたとしても隠れて待機する必要があるが、隠れられる場所は限定される。

僕は念のため、掃除用具箱や教卓の下、廊下等を確認したが、もちろん誰もいなかった。

次に疑うべきは、どこかで盗撮されているかであるが、これも可能性が低い。

盗撮に必要なカメラなんか、僕たち中学生のお小遣いで買える訳が無いし、僕にイタズラを

かける為だけに、ここまで手の込んだ事をするのはさすがにやり過ぎだと考えられる。



ここまで分析することで、やっと気持ちが落ち着いてきたが、そうなると新たな問題が挙がる。

この手紙は本当に女子が入れた可能性があるという事だ。

そう思うと、今度は恥ずかしさやら嬉しさやらよく分からない感情に支配されてしまう。

正直、僕が女子に興味を持たれるなんて考えたことも無かったので、体中がモゾモゾしてきた。

もし、仮に、万が一、この手紙が本当だったとして・・・差出人は誰なんだろう。

手紙の中にも、「当ててほしい」と書いているという事は、何かしらこの手紙の内容にヒントが隠されているはずだ。

僕は口元が緩んでいることに気づかぬまま、差出人について推理する事にした。


まず気になるのは、「カメキチのお世話」の部分についてだ。

カメキチのお世話は、基本的にクラスの飼育委員が担当しているのだ。

飼育委員であれば、エサの管理を行っている為、朝のカメキチのエサやりにお礼を述べるのは必然なのであろう。

本来であれば、カメキチのお世話は飼育委員が担当することとなっているので、予鈴の30分前に登校して職務を全うする決まりとなっている。

しかし、カメキチの朝のエサやりは僕が勝手に行っている為、現状飼育委員はカメキチの水槽の掃除のみを予鈴前に行っている。

予鈴の30分前であれば、既に登校している者は6名程度に限定されるため、エサをあげた人間を逆算的に追うことも可能であり、僕がカメキチにエサをあげていることまでたどり着くことも考えられる。

僕は机の中から委員割り当て表を取り出し、飼育委員を確認すると「長谷川一葉」の名前が書かれていた。

長谷川は、黒髪のショートカットで男女分け隔てなく接する活発な女子である。たしかバトミントン部に所属しており、県大会でもベスト8に入り表彰されたこともあったはずだ。

僕は運動が苦手なので、そんな彼女を心の底から敬意を示した思い出がある。

また、運動に加えて成績も優秀であり、文武両道の地で往く存在なのである。

長谷川は登校時に元気よく大きい声で挨拶しながら教室に入ってくることが印象的であったが、確かに今思えば僕の方を見ながら挨拶していたような気がする・・・



ただ、少し考えるとおかしい。

まず彼女の氏名には、アルファベットのOが一切含まれていないのだ。あだ名も確か「いっちゃん」なので、差出人の名前と全く一致しない。

また、彼女は文武両道なので、僕は彼女に勉強を教えた事など一度も無いのである。

正直、カメキチの部分でしか接点は無い。

本音を言えば、長谷川が手紙の差出人であれば非常に嬉しかったのではあるが、この可能性は断念せざる負えないようだ・・・


次に考えるべきなのは、「勉強を教えてくれてありがとう」という部分だ。

正直、僕は勉強が得意な方ではある。

それに、誰かに何かを教えるというのも好きだ。

誰かにモノを伝えることで、その人の役に立つと共に自分の知識を再構築する事ができるからである。

そんな訳で、テスト前や難しい宿題が出た時は、男女共に僕に聞きにくる事が多い。

だから、心当たりで言えば多すぎるのだ。

ちなみに、野崎なんかは自分で聞いてくるクセに「話が長い」と文句を言うので、非常に教えがいの無いヤツである。

ただ、手紙の文では「この前」「テスト」と書かれているので期末テストである事が考えられる。

そうなると、対象はある程度限定できる。

期末テスト前に図書館で勉強をしていると、近くの席に座っているクラスの女子3人グループから勉強を教えてほしいとお願いされた事があったからだ。

確か、「落合里香」と「市橋玲香」と「村田円」である。

いつも3人で楽しそうにつるんでおり、流行りものが好きで、良く韓国のアイドルの話題などで盛り上がっている女子なので、普段であれば近寄りがたいグループであった。

ただ、残念なことに3人揃って勉強は苦手のようで、協力して期末試験の対策にあたっていた様子であった。

そんな中で、近くにいた僕に対して市橋が勉強を教えてほしいと言ってきたので、少しとまどいながらも、引き受けることとなったのだ。


試験の対策問題集をほぼほぼ解き終わったところで、下校時間のチャイムが鳴ったため、僕の授業は終了することとなった。

「関谷―!ガチで助かったわー!もうウチ今回のテストの点低かったら、親にライブ禁止って言われてるんだよねー」

落合は少し茶色がかったボブヘアーの女子で、歯に衣着せぬ物言いが印象的な女子である。

「ほーんと感謝!この礼は必ずするぞい!」

落合は豪快に笑った。

僕が何とも言えない顔をしていると

「関谷君の困った顔面白いー!でも、ちょっとカワイイかもー!?口元ユルユルだし!」

市橋は長い髪をポニーテイルで結った、ちょっと意地悪な雰囲気の女子である。

「レイちゃんもやめてあげなよー。関谷君困ってるでしょ!

 関谷君、今日はありがとね!」

村田は他の2人比べて、比較的大人しいが、つられてクスクス笑っている顔が印象的だった。

その日、3人の勢いに圧倒されながら、僕は逃げるように帰路についたのだった。


この時の事を思い出して、3人の名前を考えるとアルファベットのOが含まれているのは・・・落合だけであった。

確かにこの時、僕に対して「礼をする」と言っていたが、まさかこの事言っているのか。

落合が僕に好意を示していて、手紙を送ってくれたのであろうかと。

豪快な落合にも、こんな一面があるのかと考えると、そのギャップに、落合を可愛らしいと感じてしまった僕がいた。

しかし、この時の事を思い返した時に、ある衝撃的な事実を思い出したのである。


そう、落合の字は、ビックリするほど「個性的」であったのだ。

そういえばこの時、僕は落合の記述式の回答が読めなかったのである。

この手紙の字は、明らかに、読める上に丸い。

この手紙の字は、明らかに、落合とは違う。


そう気づいた瞬間、僕の中での落合のイメージは元の豪快なものへと戻ってしまった。



しかし、そうなると次の手がかりについて考えなければならない。

そう、それは僕が一番早くに登校している事を知っている人間だ。

実は、これを特定する事は簡単である。

それは、この教室に二番目に入ってくる人間である。

そして、この教室に二番目で入ってくる人間は、家庭の事情なのか、曜日でローテションとなっているのだ。

月・金は「岡田康」、火・水は「市橋玲香」、木は「野村隼人」である。

名前を挙げると、アルファベットのOは岡田しかいないが、それは考えにくい。

岡田は生粋の女性アイドル好きで、決して僕みたいな男子は好みでは無いだろう。

その為、必然的にアルファベットのOの者がこの中に含まれていないことが分かる。


ただし、僕は女子3人組のやり取りを思い出すことで、新たな発想を得ることが出来たのだ。

それは、村田の発言である。

村田は市橋の事を「レイちゃん」と呼んでいたのだ。

もし、レイとは数字の零、つまり0を現す文字であったなら、差出人の解釈は変わってくる。

そして、改めて手紙を見直すと、差出人の文字は明らかに「O」では無く楕円形である「0」の形をとっていた。

そう、この手紙は「市橋玲香」で間違いないのである。

そして、確信を得た最大の理由は、本日が火曜日であるという点だ。

火曜日は、市橋が僕の次に登校する日なのである。

おそらく市橋は、二人きりになれる瞬間を狙って、この日の前日に手紙を僕の机に入れたのだろう。

そして、朝一番に僕がこの手紙を読み、二番目に登校した際に自分が差出人であるか気付くのかを試しているのだろう。

そして、気づいてくれたなら、誰もいないところで告白の結果を受けたいと考えたのだ。


市橋のそんなミステリアスな一面に触れた事で、僕の中で市橋の存在が大きくなった。

こんなに、女性について考えたことも人生で初めてであった。

そして、こんなロマンチックな経験をさせてくれた市橋を愛おしく感じ始めた。

謎は全て解けた。

後は市橋を待つだけである。

僕は日課のカメキチのエサをあげ、席に座り市橋を待った。

心臓の鼓動が高鳴るのが分かる。

静かな教室に、心臓の音が大きく響いた。


そして、市橋が、教室に入ってきた。

「・・・・・おはよう」

心なしか、市橋もいつもの元気がない。

おそらく、彼女も緊張の中で登校してきたのであろう。

「あ、おはよう」

僕は少しひきつった笑顔で挨拶を返した。

市橋がゆっくりと席につくの見て、僕は立ち上がった。

心臓の音は、更に加速したように感じた。

僕は、少し平衡感覚を失いながら市橋の席まで歩いた。


「あ、市橋」

心臓がはじけそうな中、市橋の元へたどり着き名前を呼んだ。

「・・・何?」

市橋は俯いたまま、返事をした。

僕はこの瞬間の事を忘れない。

「あ、あの・・・市橋の気持ち、届いたよ・・・」

「え」









市橋は顔を上げた。

「・・・一体、何の話?」

市橋は、本当に何の事か分からない顔をしていた。

僕は、この瞬間の事を、忘れない。



僕の朝の出来事は「関谷勘違い事件」と名付けられ、すぐにクラス内に知れ渡った。

板垣をはじめとするクラスのお調子者達の再現ドラマを横目に、自分の勘違いを後悔しながら、早くベッドで無になりたいという思いしかなった。

そして、気付いたら下校時間となっていた。

一緒に帰ろうという野崎の誘いを無表情で断り、足取り重く、家路についたのであった。









帰路も半ばについたころ、不意にだれかに背中を押された。

驚き、振り返ったところ村田が立っていた。

僕は驚きながらも、村田に力なく抗議した。

「あ、おい、何すんだよ。」

「ごめんねー。明らか、元気無いから心配してるだけー。」

僕は白々しい村田に、少し怒りを感じながら文句を言った。

「どうせ、市橋に聞いたんだろ。僕の情けない話。」

「うん。聞いた。めっちゃダサいと思った。」

「自分でもそう思うよ。恥ずかしさで胸いっぱい。」

村田は少し困った顔になった。

「そんなに気にすんなってー。関谷君はダサいくらいがちょうどいいんだって。」

「男にはカッコつけたい時があるんだよ。後はほっといてくれよ」

「あっそ。でもさ、普通間違えるかねー。」

「へ?」


僕はあっけにとられた。

「あれ村田なの?」

「そうだよ。」

「案外、あっさり教えてくれるんだな。」

「あんなダッサイ事になったの、原因はウチにもあるからねー。」

「大体、何で僕が一番早く登校してんの知ってるんだよ!」

「いや、それはレイちゃんから聞いただけ」

「じゃあ、カメキチは?」

「それはいっちゃんに聞いた。」

「じゃあ、Oは一体なんだったんだよ。」

「私の名前、 “円”って丸って意味じゃん。」

「じゃあ、今日の市橋の様子がいつもと違ったのは!?」

「応援してるアイドルが結婚しちゃったんだー」

「なんじゃそりゃ」


結論で言うと、僕の推理なんてものは全てズレてただけだった。

「ホント、関谷君って賢いのにおバカなんだねー!」

「うるさいなー。」

「でも、そういうとこは不思議君の魅力だよねー。」

「・・・うるさいなー。」

「んで、お手紙のお返事は?」

村田は、ちょっと恥ずかしそうな顔になった。

「あの、ズレててダッサくておバカな僕ですがー、よろしくお願いします。」

「よかったー!!それじゃ、これからもよろしく!!」

「あ、はい。」

僕は相変わらず引きつった笑みで返した。

そして、満面の笑みの村田を僕は、可愛いと思った。


さて、明日からの野崎の誘いは何と言って断ろうかな。


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