25話 良明と真智のもっと過去①
「俺が? 覚えてない? 何の話だ?」
「……覚えてないんなら良いよ。忘れて」
そう言うと米倉は顔を伏せて立ち上がろうとした。
「……おい、ちょっと待てって。思わせぶりなことだけ言っておいて逃げるなよ!」
俺は反射的に彼女の手首を掴んでいた。
普段の彼女らしくない態度に腹が立ったというのもあるが、それよりも今の俺は精神的にいっぱいいっぱいだったのだ。
「……痛いんだけど」
顔を赤く染めて彼女は再び腰を下ろした。
「あ、わ、悪い……」
たかが手首を軽く掴んだだけでそんなに痛いものなのか。女性というものは繊細だな。
というか無意識に掴んだ彼女の手首は驚くほど細かったし、その細さと矛盾するかのように柔らかいものだった。細ければ骨っぽくゴツゴツしてなけりゃおかしくねえか? どうなってんだ女性の身体ってのは? 同じ人間の物とは思えないな。
「……小6の時だよ」
赤面した米倉は突然駄々をこねるような言い方をした。いつもムカつくくらい整然としゃべる彼女とは別人のようだった。
「いや……なんの話だ?」
主語のない文章で意味が伝わるかよ! とツッコむのも悪い気がして俺は慎重に聞き返した。
「だから、私が小説を書くようになったきっかけだよ!」
「へえ……小6の時何があったんだ?」
「……本当の本当に覚えてないんだね……」
米倉は哀しそうな表情を見せて首を振っていたが、少しずつその時のことを話し出した。
そして俺もその話を聞いて当時の光景を徐々に思い出してきた。
「ねえ、文野君は今何読んでるの?」
「『813の謎』。米倉は?」
「『15少年漂流記』よ。ルパンシリーズって私全然読んだことないんだけど面白いの?」
小6の頃になると俺と米倉は図書室で頻繫に話すようになっていた。
というか俺にとって一番話が合うのは結局米倉だった。
クラスの男連中はみんなサッカーか野球かゲームに夢中だった。教室で本ばかり読んでいるヤツなんて当然浮いていたし俺の方でもそれで構わないと思っていた。
俺にもう少し運動やゲームの才能があれば違っていたのかもしれない。でも俺はどちらもからきしだった。
何とかサッカーやゲームの輪に俺を入れようとしてくれた友達もいたが、俺の方でそれを避けるようになっていった。誰にも気を遣わず1人没頭出来る本の中の世界の方が、俺にとっては楽だったし充実もしていた。
放課後の図書室はいつもほとんどガラガラに空いていた。
もしクラスの誰かが頻繁に訪れて俺と米倉が一緒にいるところを目撃していたら、2人の関係性も微妙に違っていたかもしれない。少なくとも俺は視線を意識して米倉とは距離を置いていたと思う。
「ねえ。私この前の作文、市のコンクールで賞を取ったんだって。さっき先生に言われた」
「マジか……スゲェな」
その頃の俺はまだ読書感想文だとか作文だとかに対して高いモチベーションを持っていた。
だから米倉のその言葉にも純粋に悔しいと思った。
「でもさ、別に感想文だとか作文だとかでどれだけスゴイ賞を取ったってさ、結局本を書いた人の方が上じゃない?」
賞を取ったとうの本人はそれほど嬉しくもなさそうな言い方だった。
「ああ、まあ、ちょっとわかるかもな。元の本がなければ感想文なんて存在しないもんな」
俺もその意見には同意した。
「ね、でしょ。だから私さ、ちょっと小説? みたいなもの、書いてみようかと思ってるんだけど……」
「は? マジで? 米倉はそんなに本が好きなのか。スゴイな! でも俺たちまだ小学生だぞ? それはもう少し大人になってから書けばいいんじゃないのか?」
「いや、そんなの早く始めた方が良いにきまってるじゃん!」
「まあ、そうか。そうだな。まだ周りで小説を書いてるなんてヤツはいないもんな。多分。少なくとも俺たちが先に始めてるうちは俺たちが一番だよな」
「それに私たちはお互いにアドバイスを送り合えるでしょ? 絶対有利だと思うんだよね!」
「……でも俺、自分で小説を書こうなんて考えたこともないぞ? そんなんで書けるのか?」
「だからアイデアの部分から2人でアドバイスを出し合いましょうよ。すぐに最高のものが書けなくたって続けていけばきっと書けるわ!」
「そう言う米倉は何か書きたいもののアイデアがもうあるのかよ?」
「ふふん、私はもうすでに幾つか考えてるのよね!」
「あ、ズルい。アイデアを思い付いたから書かないかって言い出して来たんだろ?」
「良いでしょ、別に。まず一つは推理ものでね…………」
本当に米倉と仲良くなったのは実はこの時だったかもしれない。
俺の方は特にネタを考えていたわけではないが、米倉と話しているうちにアイデアは無限に浮かんできそうに思えた。米倉が「これは自分で思い付いたけどイマイチかもしれないから、文野君が使っても良いよ」と言ってきたネタに対しては「いらんわ、そんなボツネタ」と突っ返すことも出来たのだ。
米倉と話し、少し考えただけで小説のネタを幾つも思い付いた自分は結構才能があるんじゃないだろうか? 俺はもう小説を書き上げたような気持ちだった。
これまで読んできた沢山の本たちと同じように位置に、自分の書いた本が並ぶかもしれない。そんな妄想は俺をとてもワクワクさせた。
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