24話 人って変わっていくものかもしれないですぜ?

 それでも俺はいつも通りの日常を続けた。

 大学に行き1人で講義を受け、1人でスマホを見ながら昼飯を食い、帰宅して飯を食って寝る……傍から見れば俺の生活には何の変化もなかっただろう。

 だけど俺はここ3日ほどネット小説に一切目を通していなかった。どうしてもそうする気にはなれなかった。

 いつも通り半ば無意識にサイト自体は開くのだが、ブックマークしてある作品を開く段になると途端に読む気を失くすのだった。



 この前送られてきたDMで俺もショックを受けていた。

 それは間違いないがそれとこれとは別だと思っていた。レビューを書かなくとも、分析しながら読まなくとも、単なる暇つぶしとしてネット小説を流し読むことくらいは出来ると思っていた。

 というか俺自身、こうして拒否反応が出るまでネット小説を読めなくなるなんて想像したこともなかった。まさかこんな時が来るとは。


(まあ、こういう時もあるか……)


 俺はなるべく楽観的に気持ちを切り替えようとした。

 今までずっとネット小説にどっぷりだったのだ。気分転換の意味も含めて少しこの機会に他の物に触れてみれば良い。

 でも全然ダメだった。

 動画サイトを見ても、ネットゲームをしても、SNSを漁っても全然面白くなかった。暇つぶしになるレベルまで見続けることすら出来なかった。


(……やべえな、何とかしなきゃな)


 季節は夏。もう7月に入っていた。

 大学に通っているうちはまだ良い。問題は夏休みに入ってからだ。大学の夏休みは高校までと比べて断然長い。

 ぼっち陰キャにとって誰にも会わず引き籠れる長期休暇は天からの恵み以外の何物でもないが、このままではヒマ過ぎて冗談抜きに死んでしまうのではないだろうか?

 どう過ごせば良い? 大学生らしくアルバイトでもしてみるか?……いや、夏休みというのは休むために設けられた期間だ。その期間に労働をして心身をすり減らすなど本末転倒、大学に対して申し訳ない行為なのではないだろうか?




「可南子~、今日バイトは?」


 赤城瞳と草田可南子は相変わらずだった。

 俺と米倉との一件があった後も何らノーダメージに華の一軍女子JDライフを過ごしていた。


「あ、私今日はシフト入れてないから。しばらく土日以外は入らないかも」


 いや……彼女たちも周囲に意識的にそう見せているだけなのかもしれない。

 瞳の言葉に返事をした可南子のややアンニュイな表情を見て、俺はそんな気がした。

 どんな人間も些細なきっかけで大きな変化を遂げることがある。他人に見せている部分なんてほんの一部かもしれない。そんなこと当たり前だ。

 

「え~、そうなの? せっかく一緒のバイト始めたのに全然シフト被んないじゃん」


「ごめんって、瞳~。 夏休みまでに今の作品完結させて、夏休みはいっぱいバイトするからさ。そんでお金貯めて旅行にでも行こうよ!」


「旅行!? ……うん、絶対行こうね!」


 やや不満気な顔をしていた瞳だったが、大好きな可南子から旅行というワードが飛び出してきたことで一気にご機嫌になったようだ。

 それを微笑んで見つめる可南子の表情は、やはり今までとは少し違った大人っぽいものに見えた。

 

(『夏休みまでに完結』か……)


 そうした使命感が彼女を少し変えているのかもしれない。

 ほとんど誰も読んでいない彼女のネット小説など別に締め切りがあるわけではない。いつ完結させても、何なら完結させずエタらせたって別に誰も苦情を言ってきたりはしないだろう。

 でも彼女はきちんと自分で目標の期限を立てて、それに向かって努力しているのだろう。

 挫折を知らぬ無敵の体育会系一軍女子感満載だった彼女ももちろん魅力的だったが(むろん俺の個人的好みなどではなく一般論としてだが)、今の変化した彼女はそれよりも魅力が増しているように見えた。

 彼女のそうした変化は結果的には俺がもたらしたもの、と言えなくもないかもしれないが、それを誇るような気持ちにはなれなかった。


 俺は彼女に比べて誠実だろうか?

 レビュワーと始めたばかりのネット小説家。比べる土俵が違うとはいえ、ある意味俺の方が才能があることは間違いない。

 だけど俺はその才能に胡坐あぐらを搔いていたんじゃないだろうか?レビュワーとしての活動をサボっても誰も責めはしない。期限があるようなものでもない。 

 だからこのまま何もせず無為に過ごすことを自分に許してしまっているのではないだろうか? たとえどんなに拙くとも精一杯書き切ろうとしている彼女の方が圧倒的に強く正しいのではないだろうか?


 そんなことをぼんやりと思った。






「今日は一段と暗いわねぇ……。元々冴えない顔してるんだから、せめて表情だけでももう少しシャキッとさせておきなさいよ」


 こんな状況でも米倉は毎日俺に話しかけに来た。

 当然俺の米倉への対応はここ何日か、いつもよりさらにおざなりなものになってしまっていた。

 それでも何かにつけて話しかけてくるコイツは相当な物好きだと思う。やはり作家になろうなどと言う人間はどこかしら頭のネジが外れているというか、人とは違う感性を持っているのだろう。俺と接するメリットがコイツにあるとは客観的に見て思えないのだ。


「あのね、新作の短編のプロットを幾つか考えてみたんだけどね…………」


 米倉は相槌も打たない俺に向かって新作の構想を語り続けていた。

 その言葉はほとんど俺の頭に入っては来なかったが、饒舌に語る彼女を見ていたら一つの疑問が浮かんできた。


「なあ……お前ってなんで作家になんてなろうと思ったの?」


 それを聞くと米倉は表情を一変させた。

 最初は驚きの表情。


「……そっか。やっぱりキミは覚えてないんだね……」


 そしてそれに続いたのは哀しい微笑みだった。

 大学内での自信満々な彼女が決して見せることのない表情だった。



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