14話 アドバイスを受けて

「ね、聞いてよ、瞳! 昨日は15PVも回ったんだよ!」


「……朝から元気ね、アンタは。一体何の話……あ、例のネット小説ね」


 昨日は若干噛み合わなかった草田可南子くさだかなこ赤城瞳あかぎひとみだが、今日はすぐにチューニングが合ったようだ。


「そう! 今まで2話の累計が12PVだったから昨日1日でそれを上回ったんだよ!」


 声からも表情からも今日の可南子は絶好調であることが10メートル後ろの席に座っている俺のところにまで伝わってきた。


「ふ~ん、まあよく分かんないけど可南子がご機嫌で嬉しいよ」


 そう言うと瞳は可南子の頭をナデナデした。


(……猫かよ、お前は!)


 ご機嫌顔の可南子はそのまま喉までゴロゴロ鳴らして、へそ天を見せそうな勢いだった。


「え、でも何で急にそんなに読まれるようになったの?」


「ふふ~ん、それはね……残念ながら秘密! それが条件だからね」


「条件?……まあ私にはよく分かんないけど、楽しく頑張って書きなさいね。可南子が明るくいてくれると私も嬉しいから」






「あらあらご機嫌な彼女の姿が見られていかにも眼福って感じね?」


 2人のわちゃわちゃした姿を見ていつの間にかボーっとしていたら、後ろから声を掛けられた。

 米倉真智よねくらまちだということは振り向くまでもなく分かった。

 ……ったく、コイツは毎朝毎朝俺みたいな人間に声を掛けて、周囲の人間の視線が気になりはしないのだろうか?


「……お前か、米倉? 紹介文を書き換えたのは?」


「あら何のこと?」


 相変わらずのわざとらしいすっとぼけた声音が、彼女が黒幕であることを物語っていた。

 俺のアドバイスを入れ、可南子の作品の紹介文をコイツが代筆したということだ。

 PV数が増えたのはそのためだろう。


「あのな……お前は親切のつもりでやったのかもしれないけど、結果的にはアイツの首を絞めるだけだぞ? 本文と紹介文の文章力の差が露骨すぎる。煽りだけ上手くても内容を見て読者はガッカリするだけだからな?」


「あら? でも彼女も1人でも多くの人に読まれると分かったらモチベーションは上がるんじゃないかしら? 書く力を付けるには何より書き続けることが大事だと思うわよ?」


「……まあ、別に俺はアイツがどうなろうと関係ないからな。好きにしろ、としか言いようがないが」


 俺はもう話は済んだとばかりに机に教科書を広げようとしたのだが、なおも米倉は俺の肩を掴み振り向かせた。

 初めて触れる華奢な指の感触に俺は戸惑った。

 ……クソ。


「ね~え、他には何かアドバイスはないの?」


「ねえよ! ……ねえけど、まあ強いて言えば更新頻度だろ。毎日更新してればどんなにクソな内容の作品でも多少は読まれる。それくらいしかないだろ。……つーか、そこまで面倒見ようって言うなら、もうお前が書けば良いじゃねえかよ」


 面倒臭くなってもう会話を終わらせたかったのだが、俺の軽はずみな一言が米倉の表情を変えてしまった。


「ね! やっぱり私も書いた方が良いと思うよね? そうよね!?」


「勝手にしろよ……。別に俺が止める権利はない。お前が得るものは何もないと思う……って散々言ってきたが、それは昔からの知り合いに対する俺の純粋なる善意からの助言だ。それでも書こうというならこれ以上止める理由は無い。……が、純粋に疑問なんだが、お前ほどの人間がなぜあえてネット小説なんぞに今さら興味を抱く?」


「え、だって書ける子の方がキミは好きなんじゃないの? 今のキミはネット小説にし興味がないんでしょ?」


「は?……どういう意味」

「な~んてね。あ、ちょっと赤くなった!」


 俺の反応を見て真智はクスクスと笑った。


「……本当は、前も言ったかもだけど、やっぱり書くことに対して少し刺激が欲しい、っていう感じかしらね。……それに可南子ちゃんの反応を見てたら余計に楽しそうに見えてきちゃった。書いてすぐダイレクトに成果が数字になるってのは面白いかもしれないわね。ねえ、純文学系の作品ってネット小説には全然無いの? 私自身がパイオニアになるしかないのかしら?」


 コイツのスイッチを入れてしまったのは俺の余計な一言だ。

 仕方ない。一つため息を吐いて、俺は米倉の質問に答えることにした。


「……純文学系の作品が全然ないわけじゃない。カクヨムだとそういった類のタグを付けている人もいることはいるし、自主企画も開かれている。でも母数は圧倒的に少ない。前も言ったがネット小説ってのはあくまで暇つぶしだ。それに読者の大半はどちらかというとサブカルの方に触れてきた若い連中だ。深い教訓も複雑な読み味も求められちゃあいない」


「でも長い目で今後を考えたら、文芸誌の方もネットに移行していく可能性はないかしら? それを見越して早めに手を付けておく方が有利になるんじゃないかしら?」


「……そんな未来のこと、俺が知るわけねえだろ」


 俺は興味無げに言い放ったが、コイツの視野の広さには少し驚かされた。

 たしかに活字はすべてディスプレイで読むようになる時代が来るかもしれない。……いや、いつかはそうなるのだろう。その時には文学というものがまた今とは形を変えるのかもしれない。

 もちろんそんなこと俺の想像の及ぶ範囲ではないが。


「ねえ、私もやっぱり少し考えてみるわ。その時はアドバイスをしてちょうだいね」


「……知るか! 勝手にしろ!」


 そう言うと米倉真智は去って行った。

 今日は授業に支障を来すほど干渉するつもりはないということらしかった。

 あるいは彼女は彼女で自分の時間が欲しかったのだろう。もしかしたら本当に何かネット上で連載するための構想を思い付き、それを練り上げるつもりだったのかもしれない。

 いずれにしろ米倉は米倉の事情で動いただけのことだ。俺の事情を考慮したわけではないだろう。

 まあ筆者……ネット小説にしろ、そうでない小説のものだろうと、筆者というものはほとんどが自分勝手で自分本位なロクでもない性格のヤツらだ。

 俺は幾つもの作品をレビューして、筆者とやり取りをして、そう確信していた。

 そして他人に一切気を遣わないロクでもない性格のヤツの方が、筆者としてはむしろ人気を獲得出来るものなのだ。文章を書くというのはそういうことなのだ。






 昼休みになった。俺はいつも通り食堂に向かった。


(おっと、ヤベ!)


 食堂入口のすぐ近くの席に草田可南子と赤城瞳が座っていた。

 自分の姿が彼女らに見つかりそうになった俺は反射的に顔を背けた(もちろん俺は彼女たちに認知されてはいないだろうが、それは陰キャの反射的行動であるので許して欲しい)。

 今日は思った以上に食堂が空いていた。雨の6月だというのに珍しいものだ。

 天気が悪い場合は学生も外に出ることを面倒がり、構内の食堂はむしろ混むことが多いのだが、何の巡り合わせだろうか?


「……どうしたの可南子。あんまりご飯進んでないじゃん? 雪でも降るんじゃないの?」


「うん……」


 朝とは打って変わり浮かない表情をしている可南子だった。

 からかうように言った瞳の言葉にも返事は上の空だった。


「……ね、やっぱり、アレって私が書いたものなのかな? 私が自分の力でやったことって言えるのかな?」


 少しの間を置いて出てきた可南子の言葉は、苦慮に満ちたものに聞こえた。



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