4話 やめろ!ネット小説なんて地獄の入口だぞ!

「ね~、瞳? 私昨日ちょっと書いてきたんだけどさ? 見てくれない?」


 今日は4つ前の席から草田可南子くさだかなこ赤城瞳あかぎひとみの会話が聞こえてきた。

 まったく、なぜこうも毎回毎回の講義でコイツらと近い席に座ってしまうのだろうか?

 あるいは彼女たちは俺のストーカーなのではないだろうか? もしかしたら、この一連の会話も俺に聞かせるためにしているのではないだろうか?

 つまりドッキリ? そうか、ヤツらはすべて分かった上で俺の反応を楽しんでいるのだ! きっとそうに違いない!


 ……というのはあまりに陰謀論的発想だった。もちろん俺も本気でそう思っていたわけではない。

 そんな3流ラノベもいいところの強引なこじつけ。ここまでご都合主義な展開が出てきたらいくら寛容な俺でも速攻リムる。




「書いてきた? 何を? 」


 草田可南子の言葉に赤城瞳はきょとんとした反応を示した。いつも息ピッタリの2人にしては珍しい調子だった。


「え、ヒド。昨日話してたじゃん? 私に作家になれば? って勧めてくれたのは瞳だったのに! ヒドイ! もてあそんだのね!?」


「は? キミヒトの話? アンタマジで書いてきたの? スゴイじゃん! 見せてよ

!」


(おいおい、マジで書いてきたのかよ!)


 意外な展開に俺も赤城瞳と同じ程度のツッコミしか入れられなかった。カリスマレビュワーとしては恥ずかしい限りだ。


 瞳の催促に可南子はやや恥ずかしがりながらクリアファイルをカバンから取り出した。


(紙にプリントアウトしてきたのか……)


 紙で小説を読むということが俺にはとても懐かしいことのように思えた。

 未だに紙媒体でしか受け付けない……という新人賞もあるだろうが、それはかなり文芸誌に寄った賞であり、ライトノベル界隈ではほとんどがテキストデータでの募集だ。

 

 手渡されたクリアファイルからプリントを取り出すと、瞳は一心不乱に読み始めた。

 それを待つ可南子がはた目にもソワソワとしているのが印象的だった。


「え、可南子。これ面白いよ! キミヒトみたいじゃん!」


(……え、もう読み終わったのかよ!)


 瞳の反応の様子よりもその早さに俺は驚いた。

 時間にして2分も経っていないだろう。


「え、続きが超気になるんだけど!? この後どうなるの? 教えてよ!」


「続きは……まだ考え中なの」


 絶賛の声を掛け続ける瞳に向かって、筆者である可南子ははにかむような笑顔を見せた。


「ねえねえ、見てよ。可南子が小説書いてきたんだよ!」


 瞳は興奮したように前の席の女子の肩を叩いてプリントを渡した。

 まるで自分が書いてきたかのような誇らし気な表情だった。


「は? マジで? 読まして読まして!」

「え? この後2人の恋の行方はどうなるのよ?」

「可南子、マジでスゴイじゃん! 初めて書いたんでしょ? 天才なんじゃないの?」

 

 すぐさまの絶賛の嵐。年頃の1軍女子特有の薄っぺらいコミュニケーション。内容など1ミリも存在せず、ただただ互いの承認欲求を満たし合うためだけに用いられる言葉。

 ……反吐へどが出らあ! あんな無意味なコミュニケーションに自分の声帯を使うくらいなら、俺は一生発声能力を失ったって構わないね!


「ちょ……みんな褒めすぎだって。まだほんのちょっと書いただけじゃん。しかもキミヒトの影響をモロに受けたニワカ丸出しでさぁ……」


 さっきまではさして顔色を変えなかった可南子だったが、複数の視線を浴びるととたんに頬を赤く染めた。……うん。まあまあ可愛い。


「いや、でもニワカでも何でもさ、小説とか書こうと思って実際に書いてくるのがスゴイじゃん。それだけで才能なんじゃないの?」


「……いや、でもさぁ昨日は時間あったからもう少し続きを書けそうだったんだけどね、何か続きを考えるのが難しくてさ……そこで止まっちゃったんだよね」


 相変わらず頬が赤くなったままの可南子が少し自嘲するように言った。


(プロットを立てろや! プロットを! プロットをロクに立てないまま本文を書き出すんじゃねえよ!)


 プロットというのは物語全体の筋書きのようなものだ。

 キャラクター・設定なども多くの筆者は本文を書き出す前に練り込んでいるだろうが、話全体の流れであるプロットをしっかり立てておくことは同じくらい大事だ。

 プロットを立てる意味はいくつもあるが、執筆初心者こそプロットを綿密に立てるべし……というのは散々言われることだ。


「ねえ、可南子。そう言えばさ、最近はネット小説ってのがあるらしいじゃん? あれに載せてみたら?」


「ネット小説? ……って何?」


 瞳の提案に可南子はキョトンとした表情をまた見せた。

 ネット小説という単語が出てきた瞬間、俺は無意識のうちに鳥肌が立った。


「あ~、何か出てきた……。カクヨム? っていうサイトが一番上に出てきたよ。コンテスト? 賞金500万円? プロデビュー? アニメ化?……スゴイじゃん! 可南子これに絶対載せた方が良いって!」


 絶叫した瞳が差し出したスマホを可南子が覗き込む。それを前の席にいた女子たちも興味深げな顔をして見守っていた。


「いや……いきなり書いたのでそんなプロデビューとかは無理だと思うけど……でも、せっかく書いたんだから誰かに読んで欲しいってのはちょっとだけあるかも。それに連載形式だったら書きながら続きを考えていけば良いんだもんね。……たしかに、アリかも!」


(おいおいおい、おいおいおい……やめとけやめとけやめとけ!!!)


 焚き付けた赤城瞳や何も考えていないであろうその周囲の女子たちはともかく、筆者の可南子までもがそんなに簡単に乗り気になるとは思わなかった。

 そして、それだけはやめておくべきことなのだ。

 俺は「悪いことは言わないから、それだけはやめておけ」と実際に言いに行こうかと一瞬本気で思った。

 ……でもどこの馬の骨とも分からない、見るからに冴えない陰キャ男子がそんな絡み方をしていっても気持ち悪がられるだけだろう。




 なぜそんなにネット小説を書こうとする人間を止めるのか? と、疑問に思う人間もいるかもしれない。


 もちろん敷居が低いのがこの界隈の魅力だ。

 誰でも無料で作品が読めるし無料で作品が書ける。それは間違いない。誰だって書いて良い。

 実際ネット小説というものを知った多くの人間が同様の反応を示す。

 そして大抵のヤツはこの界隈をあまりにナメている。

 昔から本を読むのが好きだったから、国語の成績が良かったから、ちょっと読んでみたら自分でも書けそうだから……その程度の意識でほとんどの筆者は書き始める。

 それは良い。その程度の気持ちで書き始めるのは全然構わない。


 でもそのうちの多くのニワカ筆者は自分も簡単に人気になれることを疑わないのだ。流石にそんなに甘い世界ではない。

 そして少し書き、自分の書いたものが人気にならないと知ると、勝手に絶望して失望して挙句の果てには「ネット小説なんてロクなもんじゃない!」と捨て台詞を吐き、数話だけの書きかけの作品を残し消えてゆくのだ。そんなやつは星の数ほどいる。

 

 俺はこのネット小説という狭い世界を愛しているのだ。

 そんな中途半端なヤツらにこの場所を汚して欲しくない。そしてこっちの世界とは無関係なよそ者に無用なストレスを感じて欲しくもないのだ。

 だから何の愛もない人間がこっちの世界に来てほしくはないのだ。


 俺も時として辛辣な意見をレビューや感想に書くこともある。

 だがその作品をどんなにこき下ろしても、必死に頭を悩ませ労力を振り絞り投稿を続けている作家自体をバカにすることは絶対にない。

 全ての作家を愛しているし尊敬していると本気で思っている。




「あ、可南子。小説投稿サイトって結構色々あるみたいよ? どこが良いのかな?」


「え~、そうなの? もうこのカクヨムっていうのでアカウント作っちゃったからとりあえずカクヨムで良いんじゃない?」


 ……マジかよ。行動早いな一軍女子は。

 マジでこういう野次馬みたいなヤツらには入って来て欲しくないんだよな……。



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