3話 昼休み

 もちろん俺だって最初からこんな活動をしていたわけではない。


 俺にはネット小説にハマり出した頃から、ほとんどの作品の良かった点と改善すべき点というのがなぜかはっきりと見えていた。才能なんて言葉を安易に使うべきではないが、俺の場合は才能という他ないだろう。


 だけど最初の頃はコメントを残すこともなどしなかった。

 だって俺は単なる高校生だ。偉そうにアドバイスのコメントを送るなんて流石におこがましい。

 それこそ最初のコメントは「面白かったです。次話も楽しみです!」くらいのありきたりなものだったと思う。そんなコメントですら送るのには緊張した。無反応だったらどうしよう? 作者が嫌な気持ちになったらどうしよう? 本気で心配したものだ。

 だけど実際に作者からお礼を言われたり、俺のアドバイスによって作品にポジティブな変化が見えるようになると、その快感は何物にも替え難いものになっていった。




(お、コメント返って来てるな)


 先ほどコメントを送った作品だった。

 午前中の講義は終わり昼休みに入っていた。俺は1人コンビニで買ったサンドイッチを食べながらスマホを開いた。


「コメントありがとうございます! あの高名な『slt―1000』先生にコメント頂けるとは光栄です。コメントの内容もおっしゃる通りです。実はこの部分に関しては作者の自分としても迷いが生じていたところでして…………」


『slt―1000』というアカウント名はアカウントを作る際にランダムに出てきたものをそのまま使用したもので、俺が意図的に付けたものではないのだが、いつの間にかこの界隈では「1000人分の価値のあるアカウント」などと呼ばれているようだ。




(良かった良かった。素直に受け止めてくれたようで! )


 カリスマレビュワーなどと持ち上げられているが、俺だっていまだに作者にアドバイスのコメントを送る時には緊張する。


 自分のセンスを疑ったことは一度もないが、いくら正しい意見だとしてもそれが作者にとって本当に良いことなのかは難しいところだからだ。趣味で楽しく書いている作者にムリヤリ質を上げるようなアドバイスを送ることは、どちらにとっても不快でしかないことだろう。


 だけど、本当にアドバイスを必要としている作家も実在する。

 実際に何人もの作者から「アドバイスを実践したら書籍化出来ました!」と感謝されたこともあるのだ。そうした作家が俺のアカウント名『slt―1000』を出してくれたことで、俺は自分の意に反しカリスマレビュワーとしてこの界隈で持ち上げられるようになってしまったのだ。




「ねぇ、瞳~! そういえば昨日のキミヒト観た?」


「あ~、観た観た。面白かったね」


昼休みを終え午後の講義のために教室に入ると、例の2人の話し声がまた聞こえてきた。草田可南子くさだかなこ赤城瞳あかぎひとみだ。


 そういえばこの時間の講義は毎週一緒になっていたような気がする。


「ね~、超泣けるよね! 私今週はヤバかったもん!」


「あ~、私も今週は泣きそうになったわ」


 ……まったく、午前もあれだけはしゃいていたのに午後になっても相変わらず元気だ。彼女たちはエネルギーが有り余っているのだろう。その点に関しては少しだけ羨ましくなる。


 話題に出てきたキミヒト、というのは今大人気の『君の瞳の中に』という連続ドラマだ。

 配信のサブスクドラマが隆盛となった昨今に地上波のテレビドラマがこれだけ話題になるのは珍しいことだ。

 俺も毎週録画して観ているが、実際よく出来たドラマだと思う。


 俺は何も毎日ネット小説だけを読んでいるわけではない。

 カリスマレビュワーたるものネット小説以外の様々なエンタメにも触れなくてはダメなのだ。そうでなくてはバランス感覚を失ってしまう。


「ね~、やっぱ脚本が良いよね!? 昨日の告白のシーンのセリフなんか今思い出しても泣きそうになるもん!」


 草田可南子の方がわけ知り顔で言い放った一言に思わず笑ってしまいそうになった。

 いかにも陽キャというか、陽の当たる坂道を歩いてきた一軍体育会系女子に脚本の良し悪しが分かるとでも言うのだろうか? 片腹痛いわ!


「あ~ね、わかるわかる」


 対する赤城瞳の方のやや投げやりな相槌は別に腹が立たなかった。

 ……うん。君らはそれくらいのテンションでいてくれ。


「ね、でもさ、何か脚本とかを書く人ってカッコよくない? 表に出てる俳優さんとかももちろんカッコいいけどさ、それよりも裏から全てを操るフィクサーみたいでさ」


「あ~ね、わかる。『職業なんですか?』って訊かれて『脚本書いてます』とか『作家です』とか答えられたらめっちゃオッ! ってなるよね?」


「マジそれ! 一回で良いから『作家やってます』って言ってみたいよね~。一発当てたら印税で大儲けだろうしな。良いよね~」


「そんなら可南子書いてみれば良いじゃん。アンタ現代文結構得意じゃん?」


「そっか、今からなれば良いのか! やるか!」


 その言葉でオチが付いたようだった。

 2人はキャハキャハと笑うと、先ほど昼休みに食べたパンケーキの話から、次はどこの店に行きたい……という話題に移っていった。




(バ~カ、そんな甘い世界じゃねえよ!)


 俺は心の中で一応ツッコんでおいた。

 作家になれば印税でガッポリなんていう時代はとうの昔の話で、今は運良くプロになれたって作家専業で食っていける人間なんてのはさらにその中でもごくごく一部だ。

 そもそもそんな簡単にベストセラーが出せるのならば誰も苦労はしない。

 金を儲けたければ宝くじでも買った方が可能性という意味ではまだ現実的だ。


 まぁ、ああいう連中は一晩寝れば今日そんな会話をしたことすらも忘れているのだろう。それで構わない。



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