ありがとう、お兄ちゃん

「そろそろ面会時間も終わるし、僕は帰るよ」


 彼女と夕方まで話し続けた僕は、一旦帰ることにした。


「うん」

「そんな寂しそうな顔をしなくてもまた明日来るからさ」

「寂しくないもん」

「あはは、じゃあね」

「うん……」


 僕が扉に手を掛け、病室を出ようとした時――


「あっ⁉」


 彼女がベッドから落ちる音がした。


「だ、大丈夫――」


 すぐに振り返り、彼女に駆け寄る。


「え――」


 すぐに異変に気づいた。


「何で、そんな、そんな――」


 彼女の肌が変色していき、床には黒い染みが広がり始めていた。


「ごめん。嘘吐いて」

「おいおい。人生にドッキリは二度もいらないよ!」

「私、もう限界が来たみたい」

「限界? 何のことさ! だってパフェを食べるって⁉」

「うん。食べたかった」

「じゃあどうして⁉ どうして君が! よりによって君が!」

「私ね。一人っ子だったの」

「何を言って――」

「今日はお兄ちゃんができた気分で、嬉しかった」


 何で今、そういうことを言うんだ。


「私、ずっとあなたみたいなお兄ちゃんが欲しかったの」


 やめろよ。


「それでね、他にも兄弟や姉妹がいたらもっと賑やかだったのでしょうね」


 そんなこと言われたら、君の前で笑えなくなる。


「ねえ、お願いがあるの」

「聞かない! 聞きたくない!」

「私を殺してほしいの」

「聞かないよ! 絶対に!」

「私、このままじゃ化け物になっちゃう」

「無理だよ! そんなの!」

「簡単よ。私の胸にナイフを刺すだけ」

「嫌だ!」


 僕はもっと君と一緒に笑っていたかったのに。


「ね? 私が私じゃなくなる前に、お願い」

「あ、ああ、ああああ!」

「チョージ」


 彼女が、人ではなくなる。それがどうしても過去の両親と重なって見えた。


「あああ、あ、あ、あ、あ、あああ、あ、あ!」


 だから僕は――震える手で腰のナイフを抜いた。

 彼女には最後まで人でいて欲しかったから。


「チョージ」


 ナイフを刺す直前、僕の視界に映った彼女の顔は――


「ありがとう、お兄ちゃん」


 きっと彼女にとって、一番の笑顔だったに違いない。

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