あーあ
「チョージさん!」
ふと、トイレの入り口を見ると、リコが僕を呼んでいた。どうやら何回も声をかけてくれていたようだ。
僕としたことが昔のことを思い出してしまっていたらしい。リコの声に気づくことができていなかった。
「どうしたの、リコ? 男子トイレに興味があるのかい?」
「違います! 訓練場におかしな人が来て!」
「おかしな人?」
リコに連れられて訓練場に戻ると、そこにいたのは――
「チョージ⁉」
「ジャーニー⁉ どうして君が?」
僕の友人であるジャーニー・ウィルソン。そして――
「あら。やっと来ましたのね」
「お、お前は!」
「ええ。そうです。
「誰⁉」
全く面識のない、偉そうな雰囲気でプライドが高そうな少女がそこにいた。
「私を知らないですの⁉」
「いやだって、会ったことないし……」
少女はヤレヤレと呆れた顔で首を振った後、僕を指した。
「知らないなら教えてあげますわ!」
「いや別に知りたくないし」
「私の名はマリナ・シャンクティ! 第四騎士隊の副隊長ですの」
「ふーん」
「何ですの⁉ その態度は!」
「だって興味ないし」
プライドが高いだけの女に興味はない。本音だ。
「何ですって⁉」
「パスタちゃんみたいな長身巨乳眼鏡美少女なら萌えるけどさ、お前はただの生意気な子どもじゃん。全然キュンキュンしない」
「な――」
「はっきり言おうか。お前は生理的に無理」
「黙って聞いていれば私のことを!」
面倒な幼女が来たな。一体何の用だ。幼女戦記なら他所でやってくれ。
「今日は警告をしに来たというのに!」
「警告?」
「ハイス王女が《
「おいおい。ハイス王女の王位継承権が低かったからって、調子に乗っていないか?」
「私達軍人にも指導者を選ぶ権利がありますの!」
「おいマリナ。そのへんにしておけ!」
「ジャーニー様は黙っていてくださいまし!」
「ジャーニー、様?」
「よくわからんが、先日俺は第四騎士隊の隊長になった」
「やっとジャーニーの剣の腕前が認められたんだね」
「そういうことか? 自分でもよくわからない」
ジャーニーは剣の腕前は一流だったが軍内の年功序列の悪しき風習に負け、落ちこぼれ扱いされてきた。そんな彼が隊長になったとは、友人として嬉しい。
「上官の言うことを聞かないのか、お前は?」
「それは――でも私は! 認めません! こんな人形達に訓練場を渡すなんて!」
「どういうことさ、パスタちゃん」
「確かにこの訓練場は昨日まで第四騎士隊が使っていた。だが、ここは貴様の所有物ではなく王国軍――国の物だ。どう使うかは国が決める」
「スパーダ少尉! 名門スパーダ家の令嬢も落ちたものですわね!」
「おい」
僕はマリナの前に立ち、メジャーバトンを喉に突き付けた。
「ああ、思い出したよ。お前、王国軍上層部のリカルド・シャンクティの娘か」
「父を侮辱するその言い方、訂正しなさい!」
「その言葉、そっくりお前に返すぜ。リール達とパスタちゃんに謝罪しな」
「貴様……」
心配するなパスタちゃん。すぐに終わらせる。
「僕の笑劇にお前は必要ない。邪魔だよ」
「あなたこそこの軍には必要ありません。《スマイルマン》」
「その名前で呼んだということは、覚悟はできているね?」
「ええ。ジャーニー様、決闘の許可を!」
「ああ、別にいいぞ。好きにしろ」
そう言ってマリナが位置に着く。
「チョージ! あなた大丈夫なの⁉」
「アコ。チョージくんは平気さ」
「フーロはどうしてそう言い切れるのよ⁉」
「チョージくんは、強いからな」
「あはは……どうかな」
僕はメジャーバトンを掴み、所定の位置に着く。
「そんな楽器で私に勝てると思って?」
マリナ・シャンクティ。お前は一つ勘違いをしている。
「あはは……まあ僕は勝てないだろうね」
僕は元々、勝つつもりはない。これは勝つとか負けるとかじゃない。
「アテンションプリーズ」
これから始まるのは――恐怖の笑劇。勝敗は関係ない。
「ハイテンション、プリーズ!」
僕はお前に殺意を抱いた。リール達、パスタちゃんを侮辱した。
だから僕はお前を殺す。そのプライドを殺す。ここは僕の――劇場だ。
「先攻をどうぞ。この私に勝てるものなら――」
「あはは」
僕は地面を蹴り、メジャーバトンを大きく振りかぶると――
「あはは」
そのまま先端を頭に叩きつける。
「え――」
何が起きたかわからないと言った顔をしながら、態勢を崩すマリナ。
「あはは」
馬鹿だな。僕より馬鹿だ。決闘で余裕そうに先攻なんて譲るからだ。
「あはは」
先攻は譲るものではない。先に取るものだ。奪い取った方が勝ちなのだ。
「あはは」
メジャーバトンを左手に持ち替え、右手でマリナの髪を掴み地面に投げ飛ばす。
「ひっ――」
悲鳴をあげるな。これは笑劇だと言っただろう。
「あはは」
「このっ――」
今更腰から剣を引き抜こうとするが、そうはさせない。
「あはは」
先に僕が彼女の剣を抜き取り、遠くに投げ飛ばす。
「あ、ああ、ああああ」
「あはははははははははははははははは!」
そして僕は右手を握りしめ、その拳を彼女の顔面に――
「あああああああああああああっ⁉」
叩きつける寸前で、止めた。
「お前、漏らしそうな顔をしているね」
「ひっ⁉」
「放尿プレイは嫌いだ。とっとと、家のトイレにでも行ったらどう?」
「チョージ・ワラヅカァァァァァァァァア!」
マリナが悔しそうに顔を歪め、叫ぶ。
ああ、お前は笑ってくれないんだね。残念だ。また悲劇になってしまった。
「勝負あり。決闘は終わりだ。帰るぞ。すまなかったチョージ。そしてスパーダ、皆」
「あ、別に気にしていないよジャーニー」
「覚えていなさいチョージ・ワラヅカ!」
「お前は早くトイレに行った方がいいよ。うん」
名門シャンクティ家のお嬢様が野外放尿プレイをしたなんて王都に知れ渡ったら、大変だろうし。まあでも――どうでもいいか。
「チョージ! あなた実は強かったの⁉」
「あはは……」
「というかそなた、右手が義手だったのだな」
「昔、身体から千切れたことがあってね。今は義手なんだ」
「安心したらお腹が減ってきたぞ」
アコ達が駆け寄ってくる中、他の三人は遠くから僕にゆっくり近づいてくる。
「貴様」
「ふふん。パスタちゃん、僕格好良かったでしょ」
その言葉の後、何かを叩く音が聞こえた。それに気づくのに、数秒かかった。
「パスタ、ちゃん?」
パスタちゃんが僕の頬を叩いた。その事実がしばらくわからなかった。
「貴様! まだそんな戦い方をしていたのか!」
そしてようやく気づいた。彼女が泣いているということに、気がついた。
「パスタちゃん、僕は君のために――」
「あんなの、チョージじゃない!」
「パスタちゃん……」
「いい加減仮面を脱いでくれ! なあ!」
そう叫ぶだけ泣き叫んで、パスタちゃんは走り去ってしまった。
「シェルル……君は」
パスタちゃんが職務を放棄するということは、彼女の中で余程のことが起きた。そしてその原因は――
「チョージさん……」
そう、原因は僕だ。彼女は僕の戦い方を納得できなかったのだろう。
「な、何かなリコ?」
僕はできるだけ平常心で――笑いながら答えた。
「無理、しないでください……」
そう言うと、訓練場からリコも出て行く。
「待ちなさいよリコ!」
彼女を追いかけてアコ達も訓練場から出て行く。彼女達なりに何かを感じたのだろう。
「あ――」
目の前に残ったのは、リールだけだ。彼女はいつもと変わらない顔で立っている。
「チョージは鼓笛隊長。私達はそれに従うだけ。でも――」
リールが僕の横を通り過ぎていく。その刹那――
「あれは笑劇とは、言わない」
そう呟いて、訓練場を後にした。
「リール……」
音が、聞こえない。
訓練場には、僕一人。
「笑劇じゃ、ないか」
音が聞こえない。
「あーあ」
ベンチの上で、横になる。遠ざかっていく皆の足音も、風の音も、何もかも聞こえなくなった。おかしいな、おかしいな。
「やっぱり、そうなのかな」
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