第14話 ママの初めてって誰なの?

 僕はマルヤム様が大好きだ。独り占めしたい。過去の男の話は気に食わない。でも興味が無い訳じゃない。聞きたくないけど、聞いてみたい。ここは腹をくくって聞いてみることにした。


「ねぇママ、ママの初めてってさー、どうだったの?」

「チャルブ、正直に言うわね。私はお前に嘘は付かない。実は私も昔の記憶が無いの。お前が奴隷市場で目覚めたようにね。私は目覚めたとき、海の中を漂っていたわ。初めて目に入ったのは、大きなお腹よ。ナニも心当たりは無くても、お腹の中には大切な大切な赤ちゃんが居るって判ってたわ」

「じゃ、始めの母の物語と同じだね」

「そうね。お前と一つに溶け合った時に見た夢ね。あれは、私の記憶と好く似てるけど、私であって私じゃない誰かの記憶なのよ。不思議で不思議で、私にも好く解らないわ」

「僕の名前がイーサーで、ママの名前がマルヤムだけど、イフリンジャーンの伝説だよね」

「処女のマルヤムが受胎して英雄イーサーを産む。そして、イーサーは悪しき者たちと戦い、時には勝ち、時には敗けて死ぬ。死んでも母マルヤムのお腹から生き返る。そして再び悪しき者と戦うのよ」

「ノワの腹舟の話も、始めの母の物語とそっくりだよね」

「そうね。始めの母に、ノワという名前が付いただけで全く同じ話よね。エワの話も名前が違うだけで、全く同じね」

「最初にエワの話が有って、自分の息子の間に子供をつくって人々の祖先になる。でも、その子孫たちは神の怒りに触れて大洪水で滅ぼされる。心正しい妊婦ノワだけが海に浮かんで生き残り、新たな人々の祖先になる。同じこと繰り返すんだね」

「やはりチャルブちゃん、お前は賢いわ。話を知ってたけど、今まで深く考えたこともなかったわ。お前は自慢の息子よ♡」

「それで、ママ、シフタークーン様、お腹の中の赤ちゃんってどうなったの?」

「私は波の間に間を漂った末、ペリーイェスターンに流れ着いたの。私はペリーギャーンに迎えられて仲間になったわ。そこで私もペリーだと教えられたわ。海の中から産まれた女は、ペリーイェスターンに流れ着いて子供を産んで育てていたの。美しい母親とお前の様なコロコロした可愛い息子たちの国ね。今のイフリンジャよりも、温かかった。みんな裸で暮らしていたわ。お腹がすいたら、みんな木の実を取って食べていたわ。働かなくても、生き物を殺めなくて、果物だけ食べていれば生きていけたわ」

「ママも果物好きだよね。お肉は全然食べないで、全部僕にくれるもんね」

「果物も穀物も野菜も光を浴びて育つ。食べることで光を取り入れ、体を清めるのよ。肉を食べると、体が穢れて臭くなるわ」

「だからママって、花よりも馨しい甘い匂いがするんだね。今も匂いに包まれてるだけで幸せだよ」

「うふふ♡……好きなだけ嗅いでね。そういえば、お腹の赤ちゃんの話よね。他のペリーの子供も幼い時は花のような香りがしたわ。私も同じ匂いなのかもね。子供は殆どが男の子だったわ。女の子は母親の生き写しのように育ったわ。男の子はみんなコロコロだった。少し大きくなると、魚を捕まえて食べるようになったわ。だから、好い匂いが薄れていった。人間ほどじゃないけど臭くなったわ」

「じゃぁ、僕は臭いの?」

「そうよ、お前も、人間も、獣も、鳥も、魚も、それぞれ臭いが有る。嫌うほど臭い訳じゃないわよ。でもね、心根の悪い人からは、禍々しい臭さを感じるわ」

「そういえば、赤ちゃんは?」

「ペリーギャーンが幸せに暮らしている時、何艘もの大船がやって来たの。イフリンジャーンが攻めて来たのよ。私たちはヘイワに慣れ過ぎていた。戦う術を知らなかった。それでも多くの仲間は、イフリンジャーンの魔の手から逃れたわ。その頃、私は未だ身重だった。だから逃げ遅れてしまった。他にも逃げ遅れて囚われた仲間もいたわ」

「ママも捕まったんだね」

 身重のマリヤム様が全裸で緊縛されて、あんなことや、こんなことをされたんだ。ああ、見るに堪えないけど、見ずにはいられない♡

「鼻の下伸ばして、どうしたの?」

「いえ、なんでも有りません。捕まってどうなったの?」

 急に、マリヤム様が真摯な顔つきになった。今まで見たことが無い。でも、美人はどんな表情してても、うっとりさせられるな。

「そう赤ちゃんが産まれたの。我が子の顔を見る前に、取り上げられてしまったの。死産だと伝えらてわ。我が子の亡骸を抱く暇も与えられずに、取り上げらたのよ」

 マルヤム様の頬には大粒の涙が伝わった。そして、僕にも、ぽたぽたと滴が降り注いだ。こんな所まで涙が飛び散る筈がない。真っ暗闇になった。夜空から星々が消えている。この世界に転生して初めての雨かも知れない。

「ママ、大雨になりそうだよ」

「チャルブ大丈夫よ、ママにキスしてくれたら降りやむわ」

 唇を重ねると、雨は止み、夜空は晴れてしまった。

「ママ、もう落ち着いた?」

「ええ、話を続けるわね。もう泣かないから。あの時も、私は泣いたわ。私が泣くと大粒の雨が降った。私の心が曇ると空は真っ黒になった。私の心が乱れると雷が鳴ったわ。イフリンジャーンは、私を恐れた。ある者は私を殺めようとした。でも雷に打たれたわ。皆は私を畏れ敬った。そして彼らの大いなる母マルヤムの化身と看做した。そして、私はマルヤムと呼ばれるようになったの。私はイフリンジャの国の現つ女神として敬われたわ。そして皆は土下座して赦しを乞うた。泣き止むよう、皆は私を宥めようとした。それでも、私の心は晴れなかった」

「ママ、どうやって心を取り戻したの?」

「それはね、私の心が闇の中に沈み、意識が消えかかった時のことよ。あなたの……お前の声が聞こえたのよ」

「えっ、僕ですか?」

「そうよ、お前よ、チャルブよ。お前は言ったわ。『僕は生きてるよ。ママ待っててね。必ず会えるよ』。そうして私の心の中に光が差したのよ」

「もしも『僕の声』が届かなかったら?」

「私は死んで、お前にも会えなかったかも。だから、奴隷市場でお前を見つけた時は、嬉しかったわ♡」

 マルヤム様は、その時に押さえていた感情を今爆発させた。絞め殺されるかと思うくらい強く抱きしめられた。体中にキスマークを付けられてしまった。その晩に聞けた話は、そこまでである。

 夜が明けて分かった。体中が発疹だらけになっていた。発疹じゃなくて嬉しい痕であった。発疹ということで誤魔化そうか?

 きっと、ビビアンの冷たい目線が鋭い錐の様に、僕を刺すだろう。その日は、マルヤム様のスカートの中に、ずっと隠れていた。

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