大峰山に九重守を温ねて

ちーしゅん(なかむら圭)

第1話

《改訂①》感謝の大阪紀行①2022.5.6fri-10tue


~プロローグ~


2年半に及ぶコロナ禍で年忌も墓参もままならなかったが、ようやく世の中も動き出したので「いざ大阪!」と相成った。


~はじまり~


それと時を同じくして赤松さんの念願を聞く。

病気平癒の祈願を込めて、霊山修験道の大峰山に登り最強のお守りと呼ばれる『九重守』を授かりたいという。

初めは「それは素晴らしい挑戦や頑張れ」と外野を決め込んでいたが…

朋友ヒコイさんとのやり取りの中で「ワンチャン、一緒に登ってみるか?」


トントン拍子にとはいかないが、日程、行程、メンバーなどの変更と調整を繰り返しながらも予定は5/7(土)に固まった。

そうなると気になるのは当日の天気予報である。

2週間、10日、週間予報と確度が高まっても☔マークが消えない。

そもそも日本一雨が多いと言われる紀伊半島の山深い吉野熊野である。

その上、もう梅雨の走りだと気象予報士がしたり顔で言う。

多少の雨ならば登ろうと主張するワタシに、専門家のヒコイさんが慎重な姿勢を崩さない。

そうこうしながら、いよいよ決断の時が迫った5日前…

何と夢の☀マークが点灯!

5/7(土)決行が決定したのだった。


当日は朝早い出発となるが、せっかくの機会なので軽くプチ前夜祭をやろうという赤松さん発案に、時間限定、ケツカッチンで実施することになった。

逗子葉山からのヒコイさんはもちろん、たつさんとはっちゃんまでが、地元香里園の思い出の店である近江に駆け付けてくれた。


ちょいと飲み過ぎ、ほのかな二日酔いの朝だが、予定通り6時に香里園インペリアルホテル前を赤松スーパーカーで出発!

登山口までは第二京阪→近畿道→阪和道→南阪奈道→京奈和道(無料区間)→下道を使うが、途中一度のコンビニ休憩🚻を取り2時間半を見込む。

ワタシはコンビニ駐車場で早速、美人女将の🍙を頬張る。

ほぼ予定通り8時半頃に登山口である大橋茶屋に到着。

そして、入山届をポストに入れたらいざ登山開始やー!


女人禁制の結界をくぐり、目指すは標高1,719Mの山頂ケ岳。

登山口が標高900Mなので実際に登る高さは約800M強だが、距離的には10キロを超える行軍になる。

ずーっと心配してきた天気にも恵まれ、スタート地点は薄雲はあるものの、晴れ、気温も15℃以上はある最高のコンディションと思われた。

ヒコイこーちの綿密な事前リサーチでは、一応は低山の部類に入る登山とのことだが、こーちの指示に従い装備を整えてきた。

ここ1年半くらいはウォーキングを習慣的にやるようになった赤松さんだが、やはり体力的な不安あり、念のためのポールも購入し装備した。

登山予定時間は往復でおよそ8時間の計画。

当然こまめな休憩と山頂でのランチ🍙☕時間も込みである。

(そのうちの登山時間は5時間半。)

登山者は思いの外少なめで、時々前後から人が来るのを道を譲りながら登る。


普通、山道で出会ったときは「こんにちは」と言うのが登山のマナーである。

しかし、ここ大峰山では『ようお参り』とか『ようお参りです』と言うのが習わしらしい。

最初はぎこちなかったワタシが少し慣れて、さも知ったように『ようお参りー』と言うのを見て、ヒコイこーちが「ベテランみたいにエラそうやな」とワタシをからかった。

すれ違ったり、追い抜かして行く登山者の中には、山伏のような白装束でまさに修験道に臨む修行僧のごとき姿も見掛けた。

その山伏は登山口の祠(ほこら)ではお経を唱え、道中ではホラ貝を吹き鳴らしていた。


低山とはいえ2,000M近い高さである。

油断していたわけではないが、登り始めからの結構な山道に息が上がる。

ランニングなどもそうだが息が整う、いわゆる同期するまでの走り始めがキツいが、登山もやはり同じなのだろう。

登り始めて20分くらいで赤松さんから小休憩希望あり少し止まって息を整える。

麓に近い序盤戦は緩やかと思いきや、なかなかの勾配である。

ヒコイこーち作成の登山計画では概ね1時間おきに10分の休憩だが、その合間にも小休憩をはさみながら登る。

そしてほぼ予定通りに1回目の休憩場所である一本松茶屋に到着。


トタンの屋根に側だけのほとんどトンネルみたいな建屋の中に木の長椅子が置いてある。

それに腰掛けて荷物を降ろし水分を補給する。

他には4、5人のグループがいた。

赤松さんは結構汗をかいていたのでタオルを出して首にぶら下げたが、予定の10分ほどの休憩で出発し前に進む。


それから暫くの間は少し縦走のような感じなのか、登り始めよりも勾配が緩やかな道が続き、距離は進んでいる一方、標高があまり獲得出来ていないように思えた。

さしあたり、追い越したり行き違う人の数はさほど変わらず、ほぼ自分たちのペースで歩を進めることが出来た。

次の休憩場所まではやはり1時間の予定だが、途中で都度小休憩を入れながら歩く。

隊列は基本的には赤松さんを二番目にはさみ、ヒコイこーちとワタシが前後をかわりばんこに受け持った。


登山口を当初予定から40分ほど遅れてスタートしたが道中はまずまず予定通り。

赤松さんもひと汗かいてカラダが少し軽くなってきたか、順調に歩を進める。

途中、『お助け水』という湧き水で、ひしゃくを使って手水のように手を洗うと冷たい水が気持ち良い。

そのお陰もあったのか、次の休憩場所の洞辻(どろつじ)茶屋にもほぼ予定通りに着いた。


ここでは水分補給、軽食補給とトイレも借りた。

トイレといっても水が貴重品の山中である。

便器はあっても、あとはそのまま自然に直通の垂れ流しだった。

ちなみにこの小屋には売店があり缶ビール500円、缶チューハイ400円、そしてペットボトルの水も400円だった。

ついでに言うとカップ麺は300円。


この地点で標高1,481M。

標高的には登山口から600M弱を登ってきて山頂まではあと200M強だから登り道中の2/3ほどは登って来た計算になる。

また、時間的にはここまでおよそ2時間なので、単純計算ならば残り1時間ちょっと頑張れば山頂にたどり着くはずである。

そう思うと、

「よし、もうひと頑張りや」

と前向きになった。


しかし、そう簡単に問屋は卸さないものである。

事前リサーチで知ってはいたもののここから山頂に向かっては岩場の連続である。

そしていよいよ鎖を伝って登る急斜面の岩場が3箇所ほど続いた。

『油こぼしの岩場』や最大難所の『鐘掛岩』では赤松さんはポールを一旦たたみリュックに入れて登る。

先にヒコイこーちが道案内も兼ねて鎖を使って登り、それを見て二番目に赤松さん。

ワタシは写真撮影と、もしものポール落下などに備えて最後尾から登ったが、鎖を持つ手には力が要るし足場も岩がガタガタで心許ない。

さらにその高さも相まって、足がガタガタするようなスリルがあった。

元来、修行僧が荒行をする岩場なので甘くないのも当然であり、集中して登らないと事故にもつながりかねない難所だった。

そして、荒行クライマックス『西の覗き』という断崖絶壁では、鎖を頼りに覗くと股のあたりがスーっとした。


したがって少し時間を要したが、目指す大峰山寺1,652Mはもう目の前だ。

程なく、宿坊と呼ばれる参拝者のために作られた宿泊施設が見えてきた。

その先が大峰山寺なのだが最後の難所というのか急勾配がキツい。

「もうすぐや、ラスト頑張ろう」と声を掛けながら、なんとか力を振り絞り、そしてついに大峰山寺に到着した。

それは、登山開始から4時間にも及ぶ、お昼をかなり回った12時半頃のことだった。


山門をくぐり抜けて万歳!

そして本堂の前で万歳!


一礼して本堂に入り参拝をした後、いよいよ念願の最強のお守り『九重守』を授かった。

せっかくなので運試しに3人でおみくじを引くと、3人仲良く『吉』で良かった。

さあ「ここから山頂はすぐ」の案内板にしたがい、いざ山頂へ!

そして噛み締めるように最後の坂道を登り、とうとう標高1,719Mの山上ケ岳の山頂を制覇したのだった。


赤松さん

「ホンマによう頑張った!」

おびただしく続く階段に

「階段ホンマ嫌やわ」

を、恐らく100回以上200回未満も連呼し、息が上がり腰も曲がり足も重くなっても尚、一歩一歩と前に上に歩を進めた赤松さんの根性、執念!

それこそが、この頂上の景色を見せてくれたんとちゃうか!


そして、ヒコイこーちには、事前準備から当日のリード&ナビゲーション本当にありがとう!


頂上に広がるお花畑でお待ちかねのランチ🍙☕。

素晴らしい絶景と達成感の中で味わう、美人女将お手製おにぎりの格別の旨さは忘れることはないでしょう。

赤松さんは2個、ワタシは1個、そしてヒコイさんは3個をペロリと平らげました。


なんで数が違うって?


そもそも特別製のヒコイさんは4個、赤松さん、ワタシはそれぞれ3個の美人女将おにぎりを作ってもらったけど、山頂ランチまで我慢出来ずにつまみ食いしたワケ。

ちなみに、3人とも洞辻茶屋では1個ずつ食したが、いやしんぼのワタシは行きしなのコンビニですでに1食べてしまったのだった…


さておき、さらにこれに加えてのお楽しみはお手製ホットコーヒー。

お日様が雲に隠れるとやはりヒンヤリする頂上お花畑で飲むコーヒーは腹に染みわたる旨さでした。

ひとりだけペーパーカップで頂いたワタシですが、昔の思い出と相まってこれまた格別の旨さでした。


さあ、名残惜しい頂上お花畑に別れを告げ、ここからは下山の途である。

お昼休みとお寺さん参りに予定より少し時間を要したので、頂上出発は当初予定から90分遅れの14時半頃になっていた。

よもや日没の心配はないとは思うが頑張って下山を開始する。


一般的に登りの方が息が上がりやすくエネルギー消費が多い。

いわゆる心肺への負荷が高いので単純に言うと『しんどい』わけである。

逆に、下りは楽に下りれる感覚でエネルギー消費も少なくスピードも出やすい。

しかし、だから『楽』なのかと言うと実はそれが落とし穴なのである。

エネルギー消費が登りの半分である一方で、体重が登りよりも重く掛かる下りは足に与えるダメージが大きいらしい。

だからなのだろう、頂上にあった案内板にも『下りの事故多し』と書いてあった。


最も日が長い季節ゆえ、さして日没を気にすることもなかろうと、ゆっくり慎重に下山を始めた。

基本的には登ってきた道を帰るプランである。

但し山頂から行きしなにも休憩した洞辻茶屋までは、登り下りの経路が二股に分かれており、行きには登って来なかった道を下る。

つまり、さっき鎖を伝って登った岩場などは一方通行にしているということだろう。

その別ルートになる下りの道は、長い長い階段が続く。

登るのを想像するだけでもゾッとする位の階段だが、それでもやはり下りは楽である。

赤松さんも既に使いこなし始めていたポールを上手く使い順調だ。

登りでは小まめに取っていた小休憩もほとんど取らず、下り一回目の休憩場所で洞辻茶屋に着いた。


この時間になると登山者の姿は少なくなり売店も閉まっていた。

少し肌寒かった頂上と比べると気温も高いみたいでヒコイこーちは再び半袖姿に。

逆にカラダが冷えないうちに、一服したら下山を再開する。


山頂洞辻茶屋までの標高250M約1時間でを一気に下ったが、ここからは徐々に緩やかになる分、距離を歩くことになりそうだ。

依然、赤松さんの足取りは好調である。

しかし、ちょっと気を抜いたわけではないとは思うが、

「この靴滑らへんから良かったわ」

と言うてる尻から階段で滑ってしまった。

尻もちをつくまでではなかったけど油断は禁物、集中して行こう!


このあたりからは登りでも書いたように、縦走的なのか割と勾配の少ない緩やかな道が続く。

とはいえ道幅は結構狭くすぐ横は急斜面。

万一足を踏み外したら谷まで滑落は必至である。

登りの疲れに、順調がゆえの下りのダメージがそろそろ足に腰に忍び寄ってくるので油断は禁物である。

おおよその中間地点である『お助け水』には洞辻茶屋から30分程で着いた。

「思ったより結構早く着いたなー」と赤松さんも元気そうだ。

でもまだ先は長い。

やはり下りはスピードが出るけど、その分が足にくるから調子に乗ったらアカンと言い聞かせた。

小休憩がてら、登りの時と同じようにひしゃくで手水のように手を洗うと朝よりも冷たい感じがした。


上の方では開けて日当たりが良かったのが、下山するにしたがって杉林に覆われ暗くなる。

すると足元の湿気で滑りやすくなるので特に下りでは注意が必要だ。

緩やかな縦走エリアを過ぎると岩場が増える。

そして勾配もややキツくなってくる。

「行きと帰りは全く景色が違う」とヒコイこーちが言っていたがまさにその通り。

全然覚えがないような道が目の前に続くので

「登りと同じ道を下りる」

という簡単なものではなかった。


次の休憩場所の一本松茶屋までは30分位のはずである。

赤松さん、そろそろ疲れてきたはずだが小休憩無しで行くという。

なかなか見上げたものである。

(って、登山ビギナーのお前が言うな!)

宣言通りノンストップで一本松茶屋に到着。

ほぼ目算通りの16時半頃、山頂を出てからかれこれ2時間である。

日が西に傾き出してきたこの時間、茶屋にはもう他の登山者は居なかった。

平台のような長椅子に少し仰向けに寝てカラダを休めた。


下山までの休憩予定はここが最後である。

麓の登山口までは恐らくあと1時間。

まさに最後のもうひと頑張りである。

さすがにカラダは重いが、気持ちで歩き始める。

登りの時に感じたように、麓の近くの勾配が意外とキツいので、まだまだ安心が出来ない。

三番目を歩いて後ろから赤松さんを見た。

自分なりのペースはつかんでいるとは思うが、疲れは相当にありそうだ。

少し段差のあるところではポールに頼らないと下りにくい感じである。

つまり、足が自重を支えるのに腕の助けがないとキツいように見えたのだ。

ポールに寄り掛かって飛び下りるように進む。

ただそれは今日の登山で会得したひとつのテクニック(コツ)なのかも知れないとも思った。


道中、GPSで位置や距離や高さ、そして予想到着時刻などを教えてくれる『YAMAP』というアプリで、ヒコイこーちがサポートしてくれた。

登りでも都度、現在の自分たちが標高いくらで、さらこのままのペースならこれくらいに着くという到着予想まで教えてくれた。

赤松さんが疲れてきたラストではゴールの大橋茶屋の到着予想を小まめに伝え、最後の力を引き出そうとしてくれた。

それに応え、赤松さんも文字通り最後の力を振り絞ってゴールを目指す。

時計の針は夕方5時過ぎを指し、登り始めてから8時間半が経過していた。


杉林から漏れる西日が我々のフィニッシュを柔らかく暖かく迎えてくれるようだ。

さらに歩を進めると、ついにフィニッシュゲートにも思える『女人禁制の結界』が見えてきた。

いよいよホンマのラストスパートだ。

朝、これをくぐって登頂を開始し、難所をいくつも乗り越え『九重守』を授かった。

そして、足がダメージを受けて苦しかった下りを励まし合いながら乗り切った。

そうして今ついに、大峰山山上ケ岳の完登に至ったのだ!


先に行ってカメラを構えてくれるヒコイさんに向かって、赤松さんが両手を大きく広げる。

ワタシも赤松さんの後ろに続いて同じように両手を大きく広げた。

門をくぐったところで3人がそれぞれに健闘を称えたら、ホッとして喜びと達成感が溢れた。

でも涙は溢れなかった。

というか頑張ってこらえたのだった。


~エピローグ~


もう店仕舞いしていると思った登山口の大橋茶屋は、お客は一組だったが開いていた。

途中、山頂付近で拾った落とし物を茶屋の主人に託してから、大峰山を後にした。


大橋茶屋から車で5分も下れば、大峰山修験の宿場として栄えた『洞川温泉』がある。

実はこれも赤松さんの目当てのひとつだった。

足の疲れなど心配無用だった赤松さんの運転で温泉に向かうが、ヒコイさんの「小腹が空いた」の一言で温泉手前の食堂に寄り、とりあえず軽く小腹を満たした。

(赤松さんとワタシはソバだがヒコイさんはカツ丼を食った!)


それから、これも念願の温泉に3人で一緒に浸かり、霊峰大峰山完登の疲れを癒やしたのだった。















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大峰山に九重守を温ねて ちーしゅん(なかむら圭) @chisyunfumi

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