第10話 先輩、すんすんする。



 思いがけず、颯太に身体が反応してしまった綾乃。


 しかも。


(……!……!!……これならオープンクロッチ股 開 きにしとくんだった!動く度にずれ……こすっ……れっ!)


 座り込んだはいいものの、少し身じろぎをするだけで綾乃は悲鳴を上げそうになる。


「綾乃、腰でも抜かしたか?御付き付き人を呼ぶか?」

「あ……は、は!だ、大丈夫!ちょっと腰が、ビキッていっただけ!呼ぶまでもないから!ありがと!」


(呼べる訳ないよ!お股が、うるっ!ときちゃったからとか……いや、いける?…………むりむりむりぃ!)


 モゾモゾと動いては身体を震わせるそんな綾乃に。


「そのままの訳にはいかんだろう。颯太、背中を貸せ」

「ひょあ?!ら、蘭ちゃ……待って!ふあ!」


 蘭から、ありがたくも窮地に追い打ちを掛ける提案がなされた。


「ぼ、僕ですか?」

「うむ。すまんが綾乃を保健室まで背負ってくれぬか」

「……わかりました。皇城先輩、大丈夫ですか?」


(何でわかっちゃうのよぅ!そんなことしたら颯太くんの背中がびしょびしょでアウトだよ!ふあ!う!……あの手が私のおしりと太腿を?……はっ?!思考がぁ!)


 スカートを両手でぐぐぐっ!と握りしめて、何とか耐えに耐える綾乃は蘭に言い募った。


「蘭ちゃん!颯太くんの背中を借りるなんてできないよ!もう少ししたら落ち着くから!悪いけどまた改めて……」

「手間を掛けさすな、早く保健室へ行くぞ。颯太頼む」

「は、はい!皇城先輩、乗り心地は我慢して下さい」


 蘭は当たり前のように言い、颯太がしゃがみこんで綾乃に背中を向けてきた。


 蘭と颯太の掛け値なしの優しさに感謝しつつも、より近くに来た颯太に綾乃の呼吸は浅く激しくなる。


(だめだめだめ!颯太くんに触ったりしたらきっと心では蘭ちゃんションボリしちゃう!それに……)


 綾乃は颯太の背中を、ごくり、と見つめた。


 今、颯太の身体に触れてしまったら。

 どうなってしまうのか、と綾乃は震える。


 今やティーバックは湿り気によりその強度を上げ、ほんの少し動くだけで綾乃の腰から頭へと快感が突き抜ける。


 綾乃は、もう限界はすぐそこ、と悟った。


(も、もうだめ!むり!こうなったら!覚悟を決めよう!芹を……!)


 だが。

 綾乃の決断は遅かった。

 

「綾乃、何をしている?早く颯太の背に乗れ……む?」


 鼻を、すんすん、とさせた蘭。


「蘭先輩、どうしたんですか?」

「うむ。何やら濃密な、身体の芯に語りかけてくるような薫りがしてな」


 半眼になり、自分の身体を支えるのがやっとだった綾乃の意識が覚醒した。


(ぎゃー!!蘭ちゃん何て事言うのよぉ!だ、だめえ!)


「蘭ちゃん!わ、私の借り!イチ!お口にチャック!」

「綾乃の、?……む、わかった」

「濃厚な薫りですか?…………あ、そう言われると」


 蘭は口を閉じ、すんすん、とした後に同意した颯太。


 綾乃は聡太の言葉に意識が飛びそうになり、びくん!びくん!びくん!と身体を跳ねさせる。


(あああー!蘭ちゃんと……颯太くんに!私のえっちぃ匂いを気付かれた!だめ!何かくる!くるぅ!はぅー!……や、まだまだまだーーー!綾乃、耐えろおおーー!)


 抗えば抗うほど増していく快感。


 それでも、渾身の心の叫びで頭まで突き抜けそうな快感を振り払おうとする。


 瞬間。


 言う事を聞かない身体が、カクン、となった綾乃は慌てて手を伸ばした。


 そう。

 颯太の背中に。


 とすん、と颯太に触れる綾乃の手と頬。


 その瞬間。


 綾乃の脳内に、より多くの情報が追加されてしまった。



 ワイシャツ越しに感じる体温。

 その薄いシャツの生地一枚先にある、肌。

 薄く頼りなげに見えた背中の、しなやかな筋肉。

 汗の匂いがほんの少し交じった、甘やかな薫り。

 すん、すん、と今度は直に伝わる呼吸。



 その結果、綾乃は。



(も、う……こうなったら!こんな気持ちにさせた颯太くんも悪い、のだ……!蘭ちゃんゴメン、私……今からいけない子になっていっぱいいっぱい妄想しちゃいます……!皇城の先祖代々のお墓まで持ってったらあああぁー!」



 ご先祖様からすればいい迷惑な開き直りである。


 そして結局は綾乃の自業自得でしかない。

 作戦負けだった。


 ちろちろ、ぺろりん!


 舌なめずりをした綾乃が、はあっ!と熱い息を漏らす。


 きっとこうすればもっと気持ちいいと確信し、上半身までせり上がってくる快感を押さえつけ、綾乃は没頭した。






(私のえっちぃ匂いを嗅がれて颯太くんの中で溶けあって私達は今ぜったいひとつひとつ、いい匂い噛みつきたい引っかきたい叫びたいぐちゃぐちゃになりたいいっぱいしてあげたい掻きまわしてほしいの、ダメ蘭ちゃんが見てる今だけ今だけ最初で最後颯太くんだめ、嗅いじゃやだいじめちゃやだ、またすんすんしてわかってるくせにいじわるばかばかえっちへんたいもっといじめてください嗅いでください軽蔑してください何これ何かきたくるくるくるくるくるくる終わっちゃうんだやだやだ待って待って待っ、いっ、ああああああああああああああーーーっ!!)







 ガラスを引っ掻いたような、小さく細い叫び。


 綾乃の心の中と対象的なそれは、微かなビブラートと共に消えていった。



 颯太の背中に頭を預けつつ、びくり、びくり!と身体を震わせる綾乃と、より濃密さを増した薫り。


 その理由を気付けない蘭と颯太。

 

「?」

「え?皇城先輩?!……蘭先輩、何があったんです?!」


 蘭は颯太の問いかけに口を閉じたまま身体を動かす。


「お尻ふりふり……?手をそこでふりふり、尻尾?……で、口を指さして……お、口、チャック?!ええ……」


 そこに。


「蘭様、青空様。僭越ではございますが、後は我等にお任せ下さいませ」


 芹と女生徒達が物陰で両膝をついて控えていた。


「……」

「いえ、御口チャックの御意向は既に効力が失われたかと存じます」

「そうか。芹、綾乃を頼む」

「ハハッ」


 そんな光景をポカーンと見つめていた颯太。


「颯太、ゆくぞ」

「あ、はい!付き人さん達いたんだ……皇城先輩大丈夫なんですか?あ、手ぇ?!」


 蘭は颯太の腕ではなく手を、ぎゅ!と握りしめて颯太を引っ張っていた。



「皇城先輩、大丈夫かなぁ……どうしたんですかね……」


 演劇部の部室を出て心配そうに振り返る颯太。 


 すると。


 返事の代わりに、蘭が颯太の背中に張り付いた。

 腕をオンブの状態にして、肩に顎を乗せる。


「わー?!蘭先輩、何を!歩けませ……うわ!」


 ぷっくぅ!!


 蘭は颯太の肩の上で、頬を膨らませていた。


「え?せ、先輩……?」

「……蘭だ!」

「あ、ら、蘭先輩、すっごい膨れっ面してますよ?」

「……?膨れっ面とはどのような顔なんだ?」


 そう不思議そうに首を傾げる蘭。


 が。


 ぷっくぅー!!


 蘭は言い終わるとまた、めいっぱい頬を膨らませる。

 

「そんな顔ですよ!フグも驚きです!……何か、怒ってたりしますか……?」

「……奇っ怪な事を言うな、私は魚介ではない。そもそも、私が憤慨する理由が何処にある?」


 ……ぷくぅー!


 ぐりぐり!

 ぐりぐりぃ!

 ぽよ。

 すり。


「くすぐったい!頭や首筋にぐりぐりしないで下さい!ぐう!首、締まってます!それに……む、ねが!頬が!」

「颯太は疲れておるな。よし、存分に膝を貸してやる!」


 蘭は片脚を曲げ、颯太の腰辺りに寄り添わせた。


 ぺちぺち。

 ぺちぺち。


「お断りします!そもそも湯文字履いてないじゃ……あー!足上げたら大変な事に!ダメ!」

「綾乃の御付き以外に、誰もおらんぞ?落ち着かんか」


 蘭はその言葉とは裏腹に、颯太を構い続ける。


 ぐりぐりぐりぐり!

 ぎゅぎゅー!

 ふにふに。

 むぎゅぎゅ。

 いいこいいこ。

 むにー。

 すりすり。


「お、落ち着きがないのはどっちですか!」

「む、そうだ。昼餉の後は存分に乳繰り合いといくか!」

「僕の弁当が!それに乳繰り合いませんよ?!く、苦しい……あーもう!蘭先輩、勘弁して下さいよ!」

「うむ、わくわくだな!颯太!」


 颯太と蘭は、よたよたフラフラと二人羽織状態で中庭へと向かうのであった。

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