蘭先輩、勘弁してください。
マクスウェルの仔猫
一の鐘 由布院蘭、そして青空颯太
第1話 先輩、現る。
「今回も、最っ高!次の話、早く読みたいなあ……う、うーん!」
友達と弁当を食べ終わった颯太が、ひとりいつもの特等席に移動して今ハマりにハマっている小説の続きを見終わったところである。
颯太の特等席。
コの字型に建っている校舎の、中庭のベンチの一つ。
中心に木があり、その木を挟むようにして六つのベンチが向かい合っている。
校舎に沿って色とりどりの花壇があって楽しむことができ、コの字の突き当たりの一階部分が吹き抜けとなっている為に風が心地よく通っていく空間だ。
颯太が去年、学校見学に来た際に一目で気に入った中庭だった。
”この学校に入学出来たら、ここでベンチに座って小説を読みたいな”
無事入学した颯太は望み通り、毎日のようにここに訪れていた。
颯太がこの高校に入学して分かった事だが、この中庭は生徒があまり訪れない場所だった。
廊下を挟んで職員室が目と鼻の先にあって常に廊下を先生が通る為か、不良や騒がしい生徒、カップルのみならず生徒自体があまり立ち寄らない穴場的な場所。
ゆっくりとできる時は、じっくりと小説を読んだり自作の小説を考えてみたり、と集中したい颯太にしてみればまさに天国であった。
今もベンチには、颯太程ではないがここで時折見かける女生徒達しかいない。
そんな中で、颯太は読み終えた小説を噛みしめる。
だが。
この大好きな場所が今日をもって魔空間と変わる事を、颯太はまだ知らない。
●
(『我は、主に仕えしと言えど……』敵の呪術によって主だけが飛ばされて、使い魔の白虎が主のもとへ向かっている最中に言った、敵への台詞。カッコいいなぁ!)
そして颯太は、キョロキョロ、と周りを見渡す。
木を挟んで、向かい側の女生徒達。
いつものように、ふわふわの笑顔で話に夢中だ。
よし。
背中側の職員室の廊下。
窓は閉まっていて、人通りはほぼ無い。
よし。
周りは、遠くで生徒達の声が微かに聞こえるくらい。
よし。
颯太は顔を上気させて、二つの新たな人影に気付かずにスマホに目をやり、指紋認証でロックを解除した。
そのまま、つつつい、と画面をイジれば、今読み終えたばっかりの『
そして。
「ん、んっ。我は、……我は。あー、てす、てす。……もっと渋く、声を絞り出して……うん。『我は、主に仕えしと言えど暴虐の王よ。行く手を阻む者あらば、只その喉笛を喰い破るのみ……!』」
などと、いろんな意味で顔を赤らめながら台詞を真似した颯太に、
ぱちぱちぱちぱち!
拍手が送られてきた。
「うえっ?!」
背中からの拍手に、ギョッ!として振り向いた颯太。
窓から顔を覗かせていたのは文芸部の同級生、
「いやいやいや、
「初めて聞いたけど、そんな単語……ていうか!いつからそこにいたの?!声かけてよ!」
颯太は耳まで真っ赤になって、近に文句を言う。
「ん?そーた君の背中が見えたから窓を開けようとしたら咳払いしてたから、”あ、これは?いいモノが聞けるのかな?”と思った次第でござりまする。しかもそれ、今回の『
「そうそう!遠鳴さんも読んだんだ!」
颯太は恥ずかしさも忘れ、近に食いついた。
「読んだ読んだ!その後のさ……おっとと!そだそだ名残惜しいけど用事の途中だった!今日文芸部の部室来る?」
「今日はバイトないから行ってもいい?」
「先輩に言っとく!その時に続き話そ?じゃあ!」
そう言って近は、からから、と窓を閉めて小走りに去っていった。
●
近の背中を見送った後に、台詞を聞かれた事を思い出してまた顔に熱が籠るのを感じつつ、颯太はベンチに背を持たせかけた。
(やっちゃったぁ……まぁ遠鳴さんは変にからかったりしないし、逆に自分の黒歴史を披露しちゃうような人だから……だから……ぎゃああ!やっぱりキツイ!)
と、そんな事を思い赤面した颯太は。
ふと、自分に向けられる視線に気付いた。
向かいのベンチに座っている女生徒達が、目をまん丸にし、驚愕の表情で颯太の方を見ているではないか。
颯太は『こっちにも台詞、聞かれた?!』と慌てるものの、向かい側のベンチとはかなりの距離がある。
そもそも、颯太が今までに同じような事をしても、あの女生徒達に注目された事などなかった。
そして。
颯太は違和感に気付いた。
女生徒達と自分の視線が合っていない。
颯太から見て、少し左を見ているようだ。
(ん?…………)
不思議に思った颯太は、ゆっくりとその視線を追う。
すると。
「うっわ!!」
中央の木の陰にしゃがみこんだ女生徒が
颯太は驚いてベンチに手をつき損ね、転げ落ちる。
「む……?」
女生徒はスカートを払って立ち上がり、すたすたと颯太に近寄ると、
「青空、とやら。粗忽者だな。大丈夫か?」
と話しつつ、颯太に向かって手を差し出した。
颯太はその姿を見て驚く。
(赤のブレザー……特別待遇生?!)
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