4―4 初心者勇者、塔の罠を攻略する


 王都より馬車にて一日かけて進んだ、とある湖に囲まれた迷宮『満月の塔』。

 伝承に従い、満月の夜にて開かれた道を進み、ミナ達は迷宮の入口を訪れていた。

 いつも通りユルエールを先頭に、薄暗い廊下を進んでいく。

「ヴェリルちゃん。塔にはトラップも多いって聞いたけど、どんなのがあるの?」

 初心者用迷宮にもトラップはあるものの、指をぱっちんと挟んだり、頭上から木の板が落ちてくるような軽いものしかない。

 しかし中級以上だと『落とし穴』や『落石』、『睡眠ガスを浴びて行動不能の合間にモンスターにタコ殴りにされた』他『強制ワープさせられ石のなかにいる』など凶悪なトラップもあるという。

「そうね。例えば……」

 ヴェリルが説明しようとした時、カチリ、と足下で音がした。

 飛んできた鉄矢をひらりと避けたヴェリルは、すかさず正面から飛来した魔法矢をレイピアで切り落とす。

「トラップがひとつと思わないことね。こんな風に、避けたところに二重トラップなんてこともあるわ」

「おおー! ヴェリル先輩……」

「ふっ。もっと褒めてもいいのよ!」

 にやり笑うヴェリルに、ミナがしきりに感心していると。

 カチッ、という音とともに青白い魔法矢が数本放たれ、シャノの背中にぜんぶ刺さった。

 げっ! と思ったヴェリルだったが。

 矢はぽきっと折れて地面に落ちる。

 シャノの防御力が高すぎたのである。

「……?」

「しまった、罠踏んでる! 不発で助かったね、シャノちゃん!」

「いやバッチリ発動してるから! アタシの自慢を返しなさいよ!」

 まったくもう、と頬を膨らませるヴェリル。

 こいつらにかまって損したわ! と勇者一行を睨んだ彼女は、リリィがいないことに気づく。

「ちょっと、あの魔法使いはどうしたの」

「宝箱みつけたみたい。あっちで開けてる」

「だから気をつけなさいって……あ、ああっ!」

 ヴェリルが目にしたのは、宝箱に擬態したトラップモンスターを開こうとするリリィだ。

 トラップモンスターにも種類があり、頭からがぶりと食われる型、即死魔法をぶっ放す型、宝箱の底から足が生えて二足歩行しトンファーキックを放つ型など様々だが、いずれも開けた瞬間に致命傷を負うのは確実。

 並の冒険者では、帰還の翼送りが確定だ。

 ……なのだが。

 リリィは普通にトコトコと戻ってきた。

「ん。薬草あった」

「良かったね、リリィちゃん」

「?????」

 あれ、自分の見間違えか、とヴェリルは目をこすり……。

 念のため、薬草のあった宝箱をつついてみる。

 注意しつつフタを開くと、奥底に光る青白い瞳と目が合った。

「……アンタ何してるの。ミミックでしょ……?」

『オレ ニンゲン マルカジリ』

「だったら襲いなさいよ。即死魔法とか使えたでしょアンタ」

『オレ アイツニ マルカジラレル  アレ マジデ ヤバスギル』

「本能が危機を感じ取ったのね……」

 ミミックは震えていた。

 賢いモンスターだったらしい。

 ちょっと同情するヴェリルだったが、彼女とて魔族の端くれ。

 ニヤリ、といやらしく頬を三日月に釣り上げる。

「いいわ、見逃してあげる。でもこういう時は魔族らしく、貰うものは貰わないとねぇ? ……黙っててあげるから、あなたの誠意ってヤツを見せて貰えないかしら?」

 指先で丸印をつくり、金をせびるヴェリル。

 ミミックが瞳を細め、ぱかっと宝箱を開く。

「ん? どれどれぇ? いいものあるかしら? ……ん? 何もな」

 がぶり! と思いっきり噛まれた。

「あ゛ーーーーーっ! ちょっと! いったぁーーーい!」

「ヴェリルちゃん!?」



「ぐすっ……えぐっ……」

「もー、罠に気をつけようって言ったのヴェリルちゃんだよ?」

「そうね……アタシの心の油断が招いた罠だったわ……」

 ミミックから救出されたヴェリルであったが、その身体は魔物の唾液でべたべたなうえ、衣服に歯形までつけられてしまう。

 先輩としての面目丸つぶれなまま、浄化魔法を使うヴェリルであった。


 そんなトラブルに見舞われつつも、ミナ達は順当に階段を昇り、早くも塔の中腹へ。

「モンスターあんまりいないね」

「ですわね……もう少し手強いと聞いていたのですが」

 ミナ達は知らないことだが、満月の塔の下層モンスターはミミックを始め、プチデビルやリトルデーモン等、多少の知性と魔力感知能力を持つものが多く生息していた。

 知性あるものは、恐怖を理解し回避する。

 つまり、ミナ達を恐れて姿を消していたのだ。

 そうとは知らず、彼女達はミミック以外に戦闘を挟まず塔の五階へとたどり着く。

 一面の吹き抜けとなったそのフロアは、モンスターの影ひとつなく。

 塔の外から淡い満月の光が届くなか、後方の階段と、中央にミナ達の背丈を大きく越える、闇色の鏡がひっそりと佇んでいた。

「わ、すごい。おっきな鏡!」

「姿見にしては不自然ですけれど……」

 これは何かなと近づいたミナ達に、鏡がきらめく。

 ミナ達の頭の中に、厳粛な声が響いた。

『汝、闇の神との対面を望む者か』と。

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