4―5 初心者勇者、試練を受けて闇神様と対面する
『汝、闇の神との対面を望むか』
「えーと……神様?」
「勇者ミナ。満月の塔には、闇の神様が住んでいるという話を聞いたことがある?」
ミナ達を差し置き、鏡の前に出たのはヴェリル。
その口元には、怪しい笑みが浮かんでいた。
「その神は、かつての魔王様と勇者がいた頃から存在する、なんて噂もあるけど……その闇神様こそ、闇の魔力をパワーアップさせてくれる存在。そしてこの鏡こそ、闇の神様との対話ができる『満月の鏡』よ」
「へえぇー!」
「そしてご苦労だったわね、勇者ミナ! アタシの目的は最初から、アタシ自身のパワーアップだったのよ!」
振り向いたヴェリルが、びしっとミナに指先を突きつけた。
「そろそろ忘れてるかもしれないけど! アタシは魔族、ヴェリル=カノン! 勇者を倒し、世界を混沌に導く女! 最近なあなあで仲良しみたいに思われてるけど、今日こそ勇者を倒す! そのために、アンタ達を騙してここまで案内させたのよ!」
「えええーっ!? あれ、ヴェリルちゃん、バイトで受けてくれたんじゃないの?」
「本気で信じてたの!?」
ミナ達は顔を見合わせる。
「思った……」
「思いましたわ」
「……(頷くリリィ)」
「すいません、私も正直そう思ってました……いい人だなって……」
「アンタ達アタシを何だと思ってんの!? まあ、バイト料はバイト料で貰うけど、案内はしたんだから!」
そして高笑いと共に、邪教の主のように鏡へと手を掲げるヴェリル。
「でも、仲良しごっこもこれでお終い! さあ闇の神よ、対面を望むわ! そして、アタシに力を!」
『承った。では試練を受けるがよい』
「……は? 試練?」
鏡がカッと光を放ち、ヴェリルを映す。
直後、ミナ達とヴェリルの間を阻むように、闇の壁がせり出した。
『それは汝の心の闇。己の欲が深いほど、強き力を持つだろう』
さらに闇から溢れた煙がゆっくりと立ち上り、溶けるように融合して。
ヴェリルの前に、雲の巨人となって立ちはだかった。
『GOAAAAAAAAAA!!!!!』
「は? え、ちょ、聞いてないんだけど!」
大暴れする雲の巨人が、闇夜に吠える。
『金をヨコセ! 名誉をヨコセ! アタシをチヤホヤしろ! 巨乳ニナリタイ! トモダチ欲シイーッ!』
「ちょ、何言ってんのこの怪物! あたし友達とか欲しくないし胸小さくないし! ああもう先制攻撃でぶっ倒してやるわ!」
ヴェリルが細剣を抜き、
「我が闇の心に応じよ炎、正しき者を塵と化す、紅蓮の宵刃となるがいい! 【ダークフレアエンチャント】! そして【零距離突撃】!」
闇と炎の混合付与魔法から、ヴェリル神速の突撃技が放たれる。
スキル【零距離突撃】は閃光の如き早さで突きを放つ、シンプルながらも対近距離における決め技のひとつだ。
鋭い刃はあらゆる敵の外皮を貫き、内側より闇の炎が食い破る複合技は、格上相手でも十二分に屠れる威力を誇るだろう。
惜しむなら、相手が霧状かつ闇属性モンスターのため、突/炎/闇属性すべての耐性が高かったことだ。
生物には致命傷でも、雲の巨体にはぶにゅっとした感触しか残らない。
「あ、ヴェリルちゃん危ない」
「へぶっ」
あっさり受け止められ、オマケに腕までずぼっとはまったヴェリルは、頭上から振ってきた巨人パンチを避ける術を持たなかった。
ミナが聖剣を振りかぶるも間に合わず、グーパンでヴェリルはあっさり撃沈し、帰還の翼が輝いて退場した。
「もおおおおっ! 覚えてなさいよ勇者ミナぁーっ!」
ヴェリルの消滅とともに闇の壁と巨人が消え、ミナ達も鏡の前へとやってくる。
「えっと。……シャノちゃん、どうする? やってみる? ヴェリルちゃんやられちゃったけど、大丈夫かな」
力を手に入れるには、試練を乗り越える必要があるらしい。
シャノは迷うそぶりを見せたものの、こくりと頷いた。
「皆さんのお力添えで、ここまで来られましたから挑戦してみたいと思います。もし失敗しても、帰還の翼がありますし」
「いざとなったら、必ず助けてあげるからね、シャノちゃん!」
ミナが銅の剣を構え、ユルエールとリリィも武器をとる。
仲間達にニコリと微笑み、シャノは鏡の前へと向かった。
『汝、闇の神との逢瀬を望むか』
「はい。よ、よろしくお願いします!」
『承った。では試練を受けるがよい』
先程と同じように鏡が瞬き、黒い煙ゆらめく。
ぐっと杖を構えるシャノ。
シャノ自身の持つ、深い闇。
ヴェリルの時にはあれだけの怪物が現れたのだ。
シャノの内に眠る悪意や欲望が具現化したら、どれ程に恐ろしいのか。
(緊張します。でも、負けてられません……!)
みんなのお陰で、ここまで来れたのだ。
絶対に負けられない、と杖を構えるシャノ。
が……
鏡から零れてきたのは、コップ一杯にも満たない、ぷにょん、としたスライムのようなものだった。
うん?
「これって……私の闇、ですか?」
「あ。そっか! シャノちゃん優しいから、闇がちっちゃいんじゃない?」
「そうなんでしょうか? でも……」
シャノは杖先で、闇スライムをつついてみる。
ぷにぷにしていた。
「闇神様。これを倒せば良いんでしょうか? ちょっと可愛そうな気もしますけど」
『……待たれよ。予想より闇が薄くて、我はそこそこ焦ってる。想定外のため神妙に待たれよ』
思ったよりフレンドリーな闇神様の返事だった。
シャノは言われた通り、ちょこん、と大人しくスライムと一緒に体育座りをした。
なんとも平和な光景であった。
そうして待つこと五分。
『うむむ。神たる者、本来ならば易々と姿を現すものではないのだが……』
再び鏡から煙があふれ、現れたのは、魔法使いの三角帽子を被った老婆だ。
暗褐色のローブ姿はミナ達よりも小さく、近所のお婆ちゃんにしか見えない。
しかし老婆から纏う闇の魔力は段違いに色濃く、ミナが驚くほど。
「よくぞ来られた、冒険者よ。我の名は闇神ベイルティア。満月の塔の主である」
「おおー……!」
これが噂の神様。
『勇者物語』にも幾度となく綴られ、強大な力と伝説を持つという……
「思ったよりもちっちゃいですね」
「人が気にしてること、ずばっと言いおったなコイツ!」
闇神様は姿を現してもフレンドリーだった。
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