遊園地のバギーで空を飛ぶ奴



 “全速力で下る坂道に突っ込んで

 放り出された青空は まるで天国みたいだった”

 

――tabbacojuice 『幻メルヘンシティ』




 私の女と遊園地に行ったときのこと。

 まあまあ寂れたところなのだが、私の女は

「小学生にきた時からほとんど変わってない」

 とはしゃいでいて美しかった。

 私の女と毎回書くのちょっと面倒くさいのだが。カノジョとかいう儀式恋愛の呼称とか、婚姻とかいう関係よりもっと大事だと思ってるのでやむを得ない。


 それはともかく、飽きられないよう遊園地だって頑張ってる。いろいろと新しいアトラクションを入れようとしている。

 その中にけっこう本格的なバギーがあった。

 いや本格的といっても、「アクセル踏んだら20kmぐらいでる、子供さんも安心なゴーカートよりは、本格的」というぐらいか。スポーツ用とかレジャー用というようなものか? とにかく子供用と大人用とあったが、免許のチェックもなかったので……どういう分類なんだろうアレ。

 すまないが排気量とかはよくわからない。サイズは軽トラの架台になら余裕でのるくらい小さい。2台は奥行き的に載らないかなー。そんなサイズ。原付よりは車両重量あるだろうし、大きいエンジンに見えたけど。それに大事なことだが、ちゃんと四輪駆動だった。

 ただ、ギアはドライブ・ニュートラル・バックだけの仕様にしてある。

 なるほど。運営がリミットをかけているんだろう。きっとこういうアトラクションを管理提供する会社があいだに入っていて、コースのデザインとか監修とか、保険手配とか、安全に作ってくれてるに違いない。

 書くのは同意書だけでよかったので

「私有地で管理者の説明ちゃんと受けていれば運転していいですよ」

 みたいなヤツか? そういうのに明るい方いたら教えてくださいませんか。宝くじ当たったら激安の山林買って、コース作って遊んでみたいな。

 で、説明を受けて乗ってみる。結構加速が良い。気分がノッてくる。最初のカーブでクセを確かめる。どうせコース一周で終わり、楽しまなきゃ損なんだ。意外なことだが、かなり急なカーブが連続してる造りになっていた。まずほどほどのラインで突っ込んでみて、内に寄せながらでフルブレーキし思い切り右に切る。

 見事にドリフトしながら急エッジをえがいた。

 たっ、楽しい。

 フルアクセル。さっきより奥で内側に攻めてみる。カーブ手前で一気にハンドルを切りフルブレーキ、ドリフト。いけるいける。コーナー明け即、最加速。体重をかぶせ、さらに重心を低く、前へかける。地をすべれ後輪。コツをつかんだつもりの俺はどんどんインへ突っ込んで攻めた。

 もうほとんど完全にZ字走行になり夢中になっていき、ついにそのヘアピンカーブはきた。

――ドリフト中に、左がふわりと浮いた。左の足裏を襲う浮遊感。ヤバイ。

 俺の脳内は

「ヤ」と「バ」と「イ」

 で埋め尽くされた。

 体重を左に? 間に合わん、押さえられるわけない。

 減速も何もすでにフルブレーキしてる。

 もう右前輪しかタイヤ効かない、ハンドル振ってもムダ。

 すまん愛機。下敷きはごめんです。

 なんとか右足で横に飛んだ。


 いやいや。短い間にそんなに色々考えられるかよ、と自分でも思う。とにかく言葉じゃないけど、上の可能性がぜんぶ頭の中をザザっと走ったのは覚えている。


 飛んだのかいい具合に投げ出されたのかも怪しいところだ。あと受け身とかカッコいい奴もしてない。ただ運がよかった。下手に受け身とってたら腕ケガしたかも。ヒドイ打撲もなく、手の甲をちょっとすりむいただけで済んだ。

 見返すとバギーはやはり横転してた。

「大丈夫ですか!」

 と係員二名が走ってきた。そりゃそうだよな。驚くよな。責任問題までありうるよ。本当ごめんなさい。

 ちゃんと謝罪し、大人の対応をがんばった。

「攻めてましたもんねー」

「ひっくり返った人は初めてですねぇ」

 とか係の人も苦笑して、一応安心してくれたのだろう。空気が弛緩した。

 ケガを心配いただいたが、本当にたいしたことはない、と伝えて当然リタイアし、その場を辞した。実際、擦りむいた傷をトイレで洗っただけで手当は済んだ。そりゃ全くどこも打ってないこともなかったが、そのまま、他のアトラクションを遊んで回ったくらいだ。

 あの時に空中で仰いだ空が忘れられない。きっと死ぬまで忘れないと思う。

 青一面の視界を太陽が一瞬で横切り、遠い山影が走りながら額縁を飾っていた。くだらないけれど、特別な風景だし、宝物だ。忘れてしまっても人の最期に走馬灯があるなら、またあの空が見られるだろう。


 いやでもGとか計算してさ、車が倒れないコースにしとくもんじゃあないか……?

 僕はいい思いしたけど。

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