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 合コン開始から一時間が経とうとしていた。メンバーのテンションは分かりやすく上がっていた。元々の知性に酒が加わり、いつも以上に声のボリュームが大きい。耳障りな声に腹が立つが、それを表に出してはならない。


 場の雰囲気をしらけさせないように、俺も周りに合わせて盛り上がってみせた。

 

 ボリュームを上げ、笑顔を増やし、心の底から楽しんでいる様を演じる。けれども行き過ぎはしない。店員や他の客への配慮も決して怠らない。馬鹿騒ぎに興じるのではなく、一定の距離を置きながら盛り上がってみせた。


 最初こそは全体として盛り上がっていたが、会が進むにつれ、個人間での会話へと移行していた。席替えを行い場を変え人を変え、それぞれの仲を深めていった。


「慶太朗君はさ、どういう人が好きなの?」


 二回目の席替えで隣の席になった女が酒臭い息を吐きながら俺に尋ねる。


 お前ではないことは確かだよ。


 酒気帯びで赤い顔をさせたブスの対応は、深酒のように胃に来る。もっと平たく言えば吐き気がこみ上げる。それでも爽やかイケメン山岸君のすることは一つだけだ。


 爽やかに嫌味なく、明るい笑顔を携え接するだけだ。


「好きになった人がタイプ、とかは駄目だよな?」


「それはつまんない回答だよー」


「でも実際難しくない? 聞かれたらなんて答える?」


「私は言えるよ。高身長で優しくて、身体の相性が合う人!」


 酒を飲んでいるからか、女は赤裸々に語る。恥も外聞もなく、恥ずかしいことをほざく。


 一つも興味がない。豚が好きな豚のタイプとか知らん。毛並みとか鼻の立派さとかじゃねぇのかよ。トリュフ見つけられる豚とかの方が良いだろ。


 文句を言いだせばキリがないので、心を無にしていつも通り嘘を吐こう。


「なるほど。でも身体の相性は付き合う前にはわからなくない? その後に付き合ったりすんの?」


「それはまあそうだけど、それを言うのは野暮だよ慶太朗君!」


「ごめんごめんつい。話しやすくて思わず素の声が出てたわ」


「もう!」


 鼻息荒くブヒブヒ言ってるが、嫌な顔はしていない。イケメンの俺様と話せているのだから光栄に思え。


 この豚には自然体を装いながら接した。気の合う友人と話すかのように、肩肘張らず、リラックスした様子で接した。


 誰からも受け入れられるには、人によって対応を考えるのが重要だ。距離感の近い奴にはこちらも距離を詰め、フランクに接し軽口を叩いてやればいい。誰彼構わず同じ対応をするのは思考の放棄だ。昔それで痛い目を見た。

 

 相手をよく観察し、相手の望む山岸慶太朗を提供する必要がある。


 それはいつからか日常と化しており、特別に苦だとも思わなくなった。



「慶太朗君さ、本当に彼女いないの?」


 三回目の席替えにより、また新たな豚が隣に出荷されてきた。


 断っておきたいのだが、終始豚と呼んでいるが、別に太っているわけではない。その振る舞いが美しくないから豚と呼称しているだけだ。容姿や体型で罵っているのではない。行動も含めて罵っているのだ。誤解しないでいただきたい。


 今度も先ほどと同じだ。相手に応じて言葉と態度を選択するだけの話。頭を使う必要もない。それぐらいオートパイロットで操作可能だ。


「それがマジでいないんだって。意外だろ? 俺も意外」


「ははは、自分で言うなし。まあそうだけど」


「ははは、冗談だって。いないのは本当だよ。だからこうやって参加させてもらってるし。あ、そうだ幹事やってくれたんだよね? ありがとう。おかげで楽しい時間を過ごさせもらってます」


「いえいえ、ご参加いただきありがとうございます。千明のことどう思う?」


 豚は自分のものであるかのようにある女の名前を出した。思い切ったような口ぶりからして、二人の仲を推そうというのだろう。そういうお節介で成り立つのが女の人間関係なのだろう。


 俺だけじゃなく、みんな窮屈なもんだ。


「千明ちゃん? すごい素敵だと思うよ」 


「実際どうなの? 千明は私たちの癒しだから、半端な人には上げたくないけど、慶太朗君なら託せそう。皆言ってたよ。噂通りの人だって」


「いや俺がどうってより、相手の気持ちもあるし」


「だーかーら、慶太朗君はどうなの?」


 幹事女は強い目力で凄んでくる。はっきりしない俺を責め立てるように視線が突き刺さる。

 

 普通に他人に口だされてぶん殴りそうになったが、明日は休日なのでなんとか持ちこたえられた。明日が月曜日だったなら耐えられなかったに違いない。


 お前ごときが俺に意見するな。なんの権限があって俺に話しかけてやがる。身の程をわきまえろ豚が。


 とは思うが、この問答は自分にとって不利益なものではない。彼女を作るのは決定事項だ。先々のリスクを踏まえ、今回の会で彼女を見繕う必要がある。その相手を誰にするかは選択の余地もない。


 他に豚しかいないから仕方がない。奴が特別なわけではない。比較的マシなだけであって、特別な感情はない。

 

 手を貸すというなら使ってやる。優秀な俺には猫の手も豚の手も不要だが、差し出してくるなら使ってやる。


 観念したとばかり俺は苦笑する。


「良い、と思ってます」


「よしっ! ねぇ皆、そろそろ席替えしなーい?」


 こうして訪れる四回目の席替え。


 席を立ち、俺は鈴原の隣に向かう。


 気のせいか、他の女連中の視線が下世話に輝いている気がした。


 テーブルの上は、残った揚げ物の入った皿や、空のグラスが所狭しに置かれている。そんな雑多な雰囲気の中なのに、そこに座る鈴原の印象は異質だった。散らかったテーブルとは不釣り合いで場違いなのに、彼女の座っている様は絵になる綺麗さだった。


「どうも」


「どうもです」


 相手に応じて言葉と態度を選択するだけ。頭を使う必要もない。


 そのはずなのに、俺は気を引き締めるためなのかなんなのか、手にしていたチューハイを一気に流し込んだ。自分でも行動原理は謎だった。



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