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「えーっと、俺は山岸慶太郎です。三人と同じ代で、東大学の三回生です。趣味スポーツとかで体を動かすことです。好きなご飯の炊き加減は柔らかめです。呼び方はー……そうだなぁ……気軽に、山岸様でいいよ」


「全然気楽じゃないじゃねぇか!」


「きゃははは! ほんと皆面白ーい!」


 大したことのないありふれたボケであったが、女達はやけに嬉しそうに笑った。


 別に面白くはない。今の中で面白かったのはツッコミ役の顔くらいだ。イケメンのフィルターがあればこの程度でもウケるから楽だ。


 声を上げて笑う豚共はどうだっていい。俺が何を言おうがどうせ笑う。顔良いし。


 奴はどんなリアクションをしているのか。


 最後に入ってきた女の方をちらりと覗くと、おしとやかに口元を押さえながら笑みをこぼしていた。一緒に来た豚共とは違いどこか品を感じさせる佇まいだ。合格点といったところか。


 別に興味があるわけではない。惹かれているわけではない。そんな尊い感情は持ち合わせていない。他人のことを好きになれる気がしない。ただ、今日俺は彼女を作りに来た。


 周りからの勘繰りや、不要なアプローチを避けるための防波堤を探しに来た。愛すべきパートナーというより、盾を見つけに来た。その相手としてあいつが相応しいのか、それを見定めようとしているだけだ。


 確かに面は食らったさ。少しばかり容姿が整っていたから、少しだけ驚いた。ほんの少しだけ、地球時間では秒にも満たないほどの刹那、言葉を失った。好意なんてこれっぽっちもない。本当は誰かと付き合うのなんて願い下げだ。


 適当に付き合って、適当に別れればいい。


 別れるには納得の理由がいる。仕方がなく誰もが俺に共感する理由が必須だ。そうでないと築き上げてきた山岸慶太郎像にひびが入ってしまう。


 落とせるかどうかは論外だ。俺に落とせない奴はいない。皆俺のことが大好きでどうせ惚れてる。

 

 その後、女性陣の自己紹介タイムが始まった。聞いていないので内容は知らん。多分趣味とか語っててんだろうけど興味がない。ブラのカップ数とかなら聞いてやらんこともないが、そうでないなら聞いてやる道理はない。


 ただ、奴の話だけは詳細に聞いた。どういう人間なのか、こういった時に何をどのように言うのか、見逃さぬように目を向けた。


「えー、はじめまして、鈴原千明です。こういうの慣れていないので何を話したらいいのか……」


「いよっ! 可愛いー!」

「最高ー!」

「視線頂戴ー!」


 緊張した様子で頬を赤らめ、声を上ずらせながら鈴原は話し始める。


 他の豚の自己紹介の時以上に沸き立つ観衆。だらしなく頬を緩めながら、野次を飛ばす連中。猿山のごとく騒がしさだ。大学に入学したと思いきや、同級生が猿だったとは、大学選びを間違えた。


 露骨に色めき立つ猿共を見て、他の女達は良い顔をしないだろう。合コンという出会いの場を独り占めされるのは心中穏やかではないはずだ。女なんて嫉妬の生き物だし。


 嫉妬に歪んでいるであろう顔に目をやると、思いの外女共は穏やかであった。自慢の娘の講演会を見に来た保護者のように、母性が感じられるものだった。


 はあ? なんでやねん。


「ちょっと千明の邪魔しないでよね!」

「そうよ! 黙って聞いてなさいよ!」

「千明気にせず続けてー」


 野次というより女達の声援はエールに近い。建前や見栄えのためにしている様子でない。本音に聞こえる。


 理解が追いつかなかったが、もしやそういうことなのだろうか。


 鈴原という女は、彼女達との間に信頼関係を構築しており、嫉妬の域にはいないということか。むしろ愛されているということか。


 にわかには信じ難い。女なんてものは妬み嫉みの生き物だろ。友達だろうがちやほやされるのを許容し難いはず。それなのに手放しに認めている。そう思わせる振る舞いをしてきたということか。


 例に出したくないが、俺のように、円滑に人間関係を構築してきたからこその人望というのか。

 

 考えすぎかもしれない。自己紹介の下手くそ加減を見るに、そんな優秀な奴には思えない。けれども友人達の眼差しが他ならぬ証拠となっている。


 俺は噓つきだ。日々噓をついている、だからこそ他人の嘘には殊更敏感だ。見抜くのなんて容易い。そんな俺の目から見て、女達の姿は嘘には見えない。


 鈴原が積み上げてきた背景がうかがえる。


 言葉に詰まった鈴原を見ている限りそうは見えないんだが。単純にこういう場が苦手なだけなのか?


「好きな文房具のブランド教えてー!」


 黙られていては話が進まない。こいつの全容が見えない。


 だから俺はツッコミ所のある野次を飛ばした。


 その発言に対し、場がワッと笑に包まれる。

  

 黙ってしまったことへの助け舟ではない。俺の魅力を披露しただけだ。ほら、場を和ますイケメンってカッコいいじゃん。


 俺の冗談で場は流れると思いきや、そうではなかった。その女は小首を傾げた後、俺の質問に対して切り返した。


「んんー、トンボ鉛筆ですかね!」


 一瞬、全員面を食らったかのように静まり返る。


 その直後、何故か自信満々に言ってのけた彼女の可笑しさに声を上げて笑う。


「あっはは!」

「ははは! 何それ! なんでそんなにどや顔なの」


「え、いや、あれ? 間違ってましたかね?」


 笑いに包まれる中、俺だけは違う感情を抱いていた。


 自分のボケが出汁に使われた感じがして、利用された気がして妙な気分だった。

 

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