ゲーム本編がはじまるまでは、レベル稼ぎの時間帯だと思えばいいです
星詠みたちは慌てて塩を撒いて、黒いもやを浄化していく。
「紅葉様、鈴鹿様、ご無事ですか?」
心配そうに、こちらに星詠みの中でもひと際小柄な少年が駆けてきた。
狩衣に烏帽子を被り、なんというか着物を着ているというよりも着られている雰囲気の男の子だ。
彼は
本当だったらチュートリアル戦闘に真っ先に来てくれたら、猪くらい本当は大したことないはずなのになあ。こっちは利仁に声をかけなかったらどうなっていたんだろうと思うと、ぞっとする……まあリメイク版は、紅葉が利仁に声をかけて戦闘に途中参加させるって形だったのかもしれないけど、その辺りは前世で全くプレイしていない以上は、想像しかできない。
私が腰を抜かしたままなのを見かねて「大丈夫ですか、紅葉様」と維茂が手を出して引っ張り上げてくれた。私は少し汚れた裾をパンパンと払いながら「ありがとうございます」とお礼を言う。
「神社にいてくださいと申したでしょう。何故飛び出したんですか?」
そう維茂が窘める。うう……それはもちろんおっしゃる通りなんだけれど……。
「……ごめんなさい、ただ。皆が魑魅魍魎に苦戦しているのを黙っていられなくて……せめて戦える人を連れてこようと……」
「あなたにもしものことがあれば、頭領になんと申せばいいんですか」
「ごめんなさ……」
私がなおも謝ろうとしたものの。
「あいにく巫女に怪我をさせようとした侍が、よくぞ頭領の娘に説教ができるな?」
利仁が皮肉を飛ばしてくるのに、私は顔を強ばらせた。
ああ、そうだ。維茂と利仁は、相性が元々無茶苦茶悪い。ひと言足りないせいで勘違いさせそうな言動しかしない維茂に、皮肉屋の超絶気分屋の利仁が、和やかに会話なんかできる訳がないんだ……。
当然ながら、利仁の皮肉がクリティカルヒットして、維茂はピキンと血管を浮き上がらせる。しかし利仁はその皮肉しか出てこない口を閉じるような真似をしてくれない。
「そなたたちが猪ごときに苦戦しているから、頭領の娘が飛び出していったんだろうに。よくもまあ……」
「なにを……?」
維茂はいらっとして刀の柄に手をかける……おい、やめいや。まだ本編開始もしてなければ、預言すら出てないっちゅうに。
私がおろおろと口を開こうとしたところで。
「やめなよ。これは私たちが不甲斐なかったという利仁の言はなにも間違ってない。紅葉が心配なのはわかるけど、維茂は怒らない。でも紅葉もあんまり心配させちゃ駄目だよ?」
鈴鹿のひと言で、ピタッと不穏な空気は治まる。
あーあーあーあー……これが主人公オーラというものか! 言葉選びといい、地雷の避け具合といい、完璧過ぎじゃないか! ……感動しつつも、維茂が鈴鹿と一緒に旅立っちゃったら、間違いなく鈴鹿に落ちると思う。私も、旅についていきたいな……まだ全然戦う方法なんてわかんないけど。
私がひとりで考え込んでいたら、こちらを困った顔で見比べていた保昌が、ようやく「もう大丈夫でしょうか……?」とおずおずと口を開いた。
「ああ、ごめん保昌。私たちになにか用だったかな?」
「はい。鈴鹿様に、預言が下ったので、その報告に伺いたかったのですが、あいにく魑魅魍魎が出現したせいで、それのお清めに手間取ってしまって……」
保昌の言葉に、私はピシャンと背筋を伸ばす。
……星詠みの預言が来たら、ひと月後に、都から使いが来て、鈴鹿と守護者たちは旅に出る……まだひと月あると取るか、もうひと月ないか、という話のはずだ。
ただ、さっきのチュートリアル戦闘といい、シナリオの改悪化といい、私の記憶の通りに進んでくれるかは、あのクソプロデューサーの采配に寄るのだけれど。
保昌は続ける。
「鈴鹿様。一年後までに守護者を選抜してください。さすれば、都からの使者が現れますので、彼らと共に四神の力を借りに参ることとなりますから」
…………。
クッソプロデューサー! いったいどんな修正ペンだよ!?
私は頭の中で火山を爆発させる。
チュートリアル戦闘させておいて、「もうちょっとしたら旅に出るんだな、緊張するなあ」ってところで一年間ってなんだ! あれか、アカンプレイヤーから「ひと月後に旅立つとか、修行期間短過ぎ。最近は修行シーンはショートカットしても、時間だけはちゃんと取ってる」とかいう声を真に受けたのか。
時系列のバランスー! 最後の正規攻略対象が一年後まで出てこないー!
私が勝手に怒っている中、鈴鹿は困惑の色をして、田村丸や維茂、利仁や保昌を見比べていた。
「私はあんまり預言のことはわからないけれど……一年後って結構長いね?」
ほらー、主人公にまで突っ込まれてるじゃん、ほらー!
鈴鹿の言葉に、田村丸は「んー……」と唸る。
「まあ、一年もあったら、いろんなことができるからいいんじゃないか? 修行だってできるし、お前さんが一緒に旅立ちたい相手をぎりぎりまで選別できるし」
「そうなのかな? 私の一存で選んでいいものなのかな……」
「まあ、鬼無里の巫女はお前さんだ。お前さんがもっとも戦いやすい相手を連れて行けばいいさ」
「うん……考えてみるよ。ねえ、保昌。守護者って人数制限ってあるのかな?」
うん? こんな会話あったかな?
これもリメイク版だからなのかな……私は首を傾げつつ、鈴鹿と保昌を眺めていたら、保昌は「そうですねえ……」と答える。
「鈴鹿様が連れて行きたいだけ、ですね。ただ、大人数で四神の前に向かっても不敬ですから、それはお勧めできません」
「大人数じゃ駄目だけれど、特に決まった数じゃないってところかな。わかった。考えておくよ。ありがとう」
そうこうしている間に、辺りのお清めも終わったので、保昌は「またなにか質問があれば、いつでも星見台にまで来てくださいー」と言い残して、星詠みたちが待機している星見台にまで帰っていった。
鈴鹿は田村丸と、私は維茂と、利仁は広場へと、それぞれ帰っていく。
私は維茂と一緒に帰りながら「うーん……」と考え込んだ。
ずっと思っているのは、なんとか紅葉の目のよさが使えるのをアピールして、守護者たちの中に混ざれないかということだ。
維茂は怪訝な顔をしてこちらを見る。
「どうかなさいましたか、紅葉様」
「いえ……鈴鹿は一年後に、鬼無里を旅立ってしまうんですよね」
「星詠みの預言は、決して外れませんから、おそらくは」
「それなんですけれど……今日の魑魅魍魎退治を見ていて思ったんです。私も、なにか力になれないかと……」
「駄目です」
全部を言い切る前に、きっぱりと維茂はぶった切った。
なんで。
「維茂、私はあなたや鈴鹿が命をかけて旅立つのに、ひとりでずっと待つのは……」
「あなたはひとりではないでしょう? 頭領も奥方も里の皆もいらっしゃいます。だいたいあなたは戦えないでしょう? あなたを守っていたら戦えない。足手まといはごめんです」「……っ」
……わかっている。紅葉は元々頭領の娘なんだから、四神契約の旅のために、戦うことを覚えさせられた鈴鹿と違い、蝶よ花よと育てられて、ついさっき利仁に借りるまでは一度たりとも弓矢すら引いたことないってことくらい。
でも。でもさ。私は遠距離恋愛なんて信じられないし……これだけ修正ペン使われまくっているリメイクシナリオを、一度たりとも信用できない。
維茂は絶対に反対するから……鈴鹿に守護者に選ばれるようアピールしつつ、絶対に維茂に告げ口しない相手に頼んで、戦う準備をしないといけない。
私は自然と、握りこぶしをつくっていた。
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