希望の名はアイラ―ビュー

@I-By

1話完結

〇産婦人科病棟(夜)

   暗い診療棟の中で、電気がともる一室があり、光が漏れている。

   女性の力む声、そして歓声。赤子の鳴き声。


〇出産室部屋内(夜)

   (生まれてきた赤子の視点)

   産婆の笑顔と、汗に濡れて母親、宗田真子(19)の顔。笑顔の真子の目から

   涙が流れ落ちる。赤子はその顔に小さな手を伸ばす。真子の指を掴む。


〇公園(夜)

   真子(18)がしゃがんで、地面を歩くありの行列に指を立てて、歩く邪魔を

   している。

   その横で旦那(21)が立って、煙草を捨っている。真子は煙をかき消すように

   顔の前で手を振る。真子は旦那を見上げて。

真子「もう父親なんだよ。自覚あんの?」

   男は真子の方を見ることなく、

男「ほんとに俺の子なの」

真子「は?」

男「ほかの男の子じゃないの」

真子「お前と違って、色んな奴とやってないし」

男「何やってんだよ」

   男は舌打ちをして、ため息を吐く。

真子「おい、いまなんつった」

男「なんも言ってねえよ」

   旦那は煙草を投げ捨て、どこかへと去る。

   真子は握りしめたこぶしを緩め、座り込む。視線をアリの行列に向けると、男

   が捨てた煙草にアリたちは道を阻まれている。真子はそれを灰皿に片づける。

真子「何も言わないんだ。耐えるしかないもんね、私たち」


〇花屋・店先

   しゃがんで花の整理をしている真子(22)

   宗田実花(3)の鳴き声が聞こえてくる。

   店内から、店長(42)がでてくる。

店長「大変! 実花ちゃん泣き出しちゃった」

真子「お腹すいちゃったのかな」

   実花は店の奥に入っていく。


〇同・休憩所

   実花がテレビの前で泣いている。

真子「どした」

   真子は実花の横にしゃがみ、テレビに目を向ける。

   テレビでは幼児向けのアニメが流れている。敵を倒して大団円を迎えようとし

   ている。

実花「ばーばが、ばーばが」

真子「ばーば? あー、バイキンマンならアンパンマンがやっつけたよ」

   実花は真子の顔を見て、さらに泣く。


〇同・店先

   客と店長が話している。

客「あら、今日も元気そうね」

店長「おかげさまで」

客「今日は看板娘には会えなさそうかしら」


〇同・休憩所

   実花が真子の膝に顔をうずめて泣いている。

真子「やられたバイキンマンが可哀そうで泣いちゃったんだ」

   真子は実花の頭をなでる。

実花「うわぁぁぁ」

   実花は泣く。

真子「実花は優しいね。最初に悪いことしたのはバイキンマンなのに」

   実花は顔を上げ、赤くはれた目で真子を見る。

実花「悪いことしたけど、可哀そう。アンパンチ良くない」

真子「でも、実花もたまにお母さんのことパンチするじゃん。お菓子かって貰えない

 ときとか」

実花「あ……それは、ごめんなさい」

真子「アンパンマンの気持ちも分かった?」

実花「うん、わかった。みんな悪いし、みんな悪くない。誰が悪いか決めるの難し

 い。パンチ良くない」

   実花は空をパンチする。

   真子は笑って実花の頭をくしゃくしゃとなでる。


〇宗田宅・キッチン(昼)

   キッチンで朝食を作る真子(25)。

真子「ほら実花―! そろそろ起きないと入学式に遅刻するぞー!」

実花「んーーー」

   リビングに布団を広げ、寝転がる実花は声だけ挙げて起きてこない。


〇同・リビング(昼)

   机に並べられた朝食。

   朝食をとる実花と真子。

真子「昨日まではあんなに、楽しみにしてたのに」

実花「うん。なんか、知らない人ばっかりだろうし、本当に友達にできるのかなっ

 て」

真子「ふふ、ビビってんだ」

実花「ビビってないし! よゆーだし」

真子「余裕なら早くはー磨いて、服着替えて。既に予定より15分遅れてるから。あと

 5分遅れたら入学式で遅刻だから」

   実花は慌てて、残りを口にかきこんで立ち上がる。


〇小学校・校門前

   多くの生徒と保護者が集まっている。

   真子がスマホを構えている。

   その先には"入学式"と書かれた立て看板とその横で恥じらう実花の姿。

真子「ほら、何恥ずかしかってんの。なんかポーズ取って」

実花「えー、恥ずかしいよぉ(小声で)」

   実花は周囲を見て、写真のために列ができていることに気づき、控えめにピー

   スする。

真子「はい、笑顔でー、チーズ!」

   シャッター音。


〇同・敷地内

   実花が真子の背中を軽く小突く。

実花「やめてよ。恥ずかしいじゃん」

真子「こんなので恥ずかしがってたら友達出来ないぞー」

実花「私たちのこと、みんな見てたんだから」

真子「実花が可愛いからじゃないの」

実花「適当言わないで、もう」

真子「お母さん入学式終わったら、仕事あるから先帰っちゃうけど、大丈夫?」

実花「うん、大丈夫。お仕事頑張って」

真子「よしよし」

   真子の手を払いのける実花。

実花「髪型崩れちゃう」

真子「あれれ、友達飛び越えて彼氏の心配?」

実花「お母さん!」

真子「ごめんごめん」

実花「お母さんの悪い癖だよ、そういうところ」

真子「お母さんのこと嫌い?」

実花「そんなこと……ないけど、でもお母さんみたいな女性になりたくないかも」

真子「がーん! そんな」

実花「もっと淑女に振舞わなきゃ。れでぃだよ、れでぃ」

   実花はスカートを広げて、華麗に会釈する。舞い散る桜が彼女を包む。

   真子は眼を奪われる。視線を外せない。

   顔をぬぐう真子。視線を戻すと実花がのぞき込んでいる。

実花「お母さんどうしたの」

真子「ん、目に桜が入っちゃった」

実花「そんなことある?ていうか、もう周りに誰もいないんだけど」

   真子は腕時計を見て、

真子「やばい、ゆっくりしすぎた!」

実花「えー!」

   真子と実花は校内へ駆ける。


〇宗田宅・キッチン(夜)

   真子(32)が帰ってくる。

真子「ただいまー(小声で)」

   真子はキッチンの電気をつけると、ラップされた夕飯と、メモ書き。

   メモには、おかえり、先寝とく、の文字。

   夕食をレンジにかけると、真子はカバンを片付け、服を着替える。

   足元で寝ていた、実花(16)は目を覚まし、目をこする。

実花「お母さん帰ってきたの」

真子「ごめん。起こしちゃった」

実花「大丈夫、おかえり」

   実花は体を起こす。

実花「夕飯置いといたでしょ」

真子「いつもありがとね」

実花「ううん。お母さんの方が大変だから」


〇同・リビング(夜)

   真子は夕食を取り、実花は向かいに座っている。

真子「友達できた?」

実花「当たり前じゃん、もう2年生だよ。みんな友達」

真子「そうだっけ」

実花「そうだよ。……あのさ、来週三者面談があるんだけど、お母さん来れる?」

真子「調整してみる」

実花「おっけ」

真子「実花はもう進路とか考えてる?」

実花「うーん。悩み中かな」

真子「任せるけどさ。高校は行くんだよ」

実花「なんで」

真子「ろくな就職先に就けないから」

実花「でもお金が」

真子「大丈夫大丈夫。お母さんが何とかするから」

   実花は机を叩き、勢い良く立ち上がる。

実花「大丈夫じゃないよ! 毎日こんな遅くに帰ってきて! 最近はほとんどお母さ

 んと話せてないし。私のせいで、お母さんが苦しむのはやだよ!」

真子「別に苦しんでないよ」

実花「苦しんでる! 実花が学校で友達と笑っている間も、さっきまで寝てた時間もお母さんはずっと仕事してる。お母さんがやりたいこと何一つできてない! 私なんかいなきゃ良かった」

   実花は泣き出す。

真子「もう、泣いちゃうくらいなら言わなきゃいいのに。それに……」

   真子は実花をなでる。

真子「私なんか、なんて言わない。確かに実花と過ごす時間が少なくなったのは寂し

 いけど、実花が頑張ってるのは想像つくし、ほら、夕食作ったり、手伝ってくれる

 しさ」

実花「そんなの誰だってやってるよ」

真子「私はやってなかったなー。いっつも親に迷惑かけて、怒られて、家出して。実

 花はとってもいい子だよ」

実花「ほんと?」

真子「ほんとほんと。顔もお母さんの若いころに似て美人だし」

   実花は笑う。

実花「もう、お母さんったら。そういうところ悪い癖だよ」

真子「えー」

   二人は笑う。


〇葬儀場・休憩所

   一人、葬儀場のベンチに座る真子(34)。顔がやつれている。


〇宗田宅・リビング

   真子(33)は横になり、その背中をマッサージする実花(15)

真子「すごいね! 進学校の推薦貰えたんだ!」

実花「うん、だから、そこに行っていきたくて」

真子「いいんじゃない。私立だったっけ」

実花「うん……でも大丈夫! 成績上位者は奨学金が免除になるから。私それ狙って

 るの!」

真子「学費は気にしないでって言ってるのに」

実花「お母さんは、私の成績知らないからそんなこと言えるんだよ。学年何位だと思

 う?」

真子「うーん、真ん中くらい? 痛!」

   実花はマッサージの手に力を入れる。

実花「馬鹿にしないで! 学年1位! しかも毎回」

真子「えー、すごっ! 誰の血を引いたんだか」

実花「お母さんでしょ。だから、学費は私で何とかできると思う。高校生になれば、

 私もバイトできるようになると思うし」

真子「気にしなくていいのに」

実花「私がしたいの! だから、お母さんも少しは休んでよ」

真子「ありがと。でも気持ちだけにして。バイトのせいで、勉強がおろそかになった

 ら本末転倒でしょ。学費のためにもさ、働くのはもうちょっと待って」

実花「えー、大丈夫だって。やばそうだったら専念するからさ。お願い!」

   真子はうつぶせから仰向けになって、上に座っていた実花は落とされて、

真子「それが条件だからね」

   真子と実花は指切りげんまんする。


〇歩道

   雨が降っている。

   足元に傘を落とし、ずぶぬれになる真子(34)の後ろ姿。

   スマホから声が聞こえる。


〇宗田宅・玄関

   雨の音が聞こえる。

   実花は靴を履き、真子の方を振り返る。

実花「じゃあ、初めてのバイト行ってきます!」

真子「忘れ物ない? 傘とタオルとハンカチと……」

実花「大丈夫! 私に任せて! バイトもばしっと決めてくるからさ」

真子「うん、初お仕事頑張ってね!」

実花「行ってきます!」

   玄関を出ていく実花の姿。

   見送る真子の背中。


〇同・リビング

   真子がリビングに戻るとタオルとハンカチがたたんで机の上に置いてある。

真子「そそっかしいんだから」

   真子は仕方なさそうに笑う。

   真子は着替える。


〇JR駅

   雨が降っている。

   電車を待つ人が散見する。

JR職員の声「まもなく列車が参ります。黄色い線より下がってお待ちください」

   近づく電車。

真子の声「耐えられなかった」

   飛び込む真子。




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