桜の咲く頃

アオヤ

第1話 桜散る

私は3月下旬の暖かな日曜日、文房具を買いに近くの商業施設にやって来た。

その商業施設には桜の木が植えてあって、丁度満開の桜がヒラヒラと舞っている。

私は春の訪れを肌で感じながら、花びらを践まない様に歩いていた。


その商業施設にはシネコンが入っていて、その入口で同じクラスの小林樹こばやしいつきを目にする。

「あら、いつきくんじゃない。どうしたの?」


「なんだ、亜希か? 亜美かと思った。」

樹くんは私を見て少しガッカリした様に俯いた。


「えッ、もしかして亜美と映画デート? 」


樹くんは私の方を見てボソッと呟いた。

「その予定だったんだけど、どうやら待ちぼうけみたいだ! 」


「ふぅ〜ん? チケットもう買ってあるの? 」


樹くんは上映開始時間が5分過ぎたチケットを私にさしだす。


樹くんは私のクラスでは一番のイケメンだ。

そんな樹くんが待ちぼうけなんて、私にもチャンスが訪れたかな?

「チケット無駄に成っちゃたね。ねぇそれ、嫌じゃなかったら私と一緒に見ない? まだ、今なら入れてもらえるよ! 」

どうせ断られると思って私は樹くんに聞いてみた。


「えッ、いいの? ほら、時間が無いから早く行こう! 」


急に樹くんは私の手を引っ張り、映画館に向かった。

樹くんの手は大きくて温かだった。

意外な展開に私は唖然としていたが・・・

実は私、樹くんをココで見かけた時から『こうなったらいいな』って思ってた。


樹くんは映画デートのお誘いメールを亜美と私(亜希)と間違えて送っていたのだ。

私はこのメールにどう対応していいか分からずに「そのうち気づくでしょう? 」って放っておいた。


そして今日、「まさか気づいてるよね? 」って確認する為にココを訪れたら・・・

こんな展開になってしまった。


私は樹くんの顔を覗き込みながら聞いた。

「ねぇ、何の映画観るの? 私、怖いのダメなんだけど・・・」


「これから観る予定の映画は新川誠監督の『桜の花の散る速さ』っていうアニメなんだ。」


「ふぅーん、そうなんだ? 」


「この映画は今日だけのリバイバル特別上映なんだよ。」


「なんでそれを選んだの? 」


「ちょっとね・・・ 二人で見てみたかったんだ。」

私達はホールの扉をそっと開けて指定された席に着いた。


映画のストーリーは・・・

桜の舞い散る通りを恋人二人でじゃれ合いながら登校するシーンから始まる。

二人は両想いみたいだ。

楽しそうな小学校生活をおくっているが・・・

中学校に上がると女の子は東京から100km位離れた場所へ転校して遠距離恋愛に成ってしまった。

男の子は女の子の元へ会いに行く事にしたが、トラブルで6時間程到着が遅れた。

何回か連絡しあうが携帯電話の電池は呆気なく終わってしまう。

男の子は女の子が待ってくれては居ないだろうと諦めていたが・・・

奇跡的に再開する事ができた。

『再開してしまったが為に、男の子は遠距離恋愛にずっと縛られる事になる。』

一方の女の子は区切りをつけて歩みだす。

最後はすれ違いで終わる。

という物語りだった。


私は観ている最中、涙が止まらなかった。

実は私、4月に引っ越して転校する事になっている。


この主人公達と一緒だ。

違うのは樹くんと私がつきあってもいない事だけど・・・

想いだけなら決して負けない気がする。

でも、今から何を言おうが樹くんとの恋なんて始まる訳は無い。

私は溢れる涙をハンカチで押さえる事しかできなかった。


途中、見覚えのある景色が映しだされた。

その場所はここから4駅しか離れていない小さな無人駅の風景だった。

そこは私が小学生だった頃、何回か訪れた事がある懐かしい場所だ。


「えッ・・・? ここは・・・? 」

つい声を出してしまった。


樹くんは囁やく様な声で私に語りかけた。

「オッ、思い出したね? この景色、いつまでも忘れるんじゃね〜ぞ! 」


その言葉に私はまた涙が出て・・・

映画が終わっても涙が止まらない私を樹くんはそっと支えてくれた。


映画館を出た所に一口カステラの移動販売車があって・・・

樹くんは「一口カステラ買ったからもう泣くな! 」って私に紙袋を差し出す。


「ありがとう、半分もらうね。」


二人でベンチに座って一口カステラを並んで食べた。

本当は甘いはずなのになんだか塩っぱい気がした。


樹くんは涙の跡がついた私を見つめて・・・

「今回の映画では遠距離恋愛ダメだったけど・・・ この監督はこの後トンデモナイ遠距離恋愛を成功させる映画を創って大ヒットとばすよな? だから気にすんな! 」


樹くんが何を言いたいのか分からなかったが「樹くんは優しいね。あらがとう。」なんて私は言ってしまった。


本当は『好きです』って言ってしまいたい。

でも、言ったところで何か変わる事があるの?

言っても言わなくても離れ離れなのは変わらない。

心の葛藤をくり返し、どうしても『好きです』の一言が言えなかった。


「樹くん、今日はありがとう。またね! 」

まるでまだ続きがあるかの様な言葉で私達は別れた。

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