バグチェッカーズ編2話 バグVSデバッグ

 今朝から雨が降っていて天気はあまりよくない。

 オサムが図工の時間に描いた水彩の絵は、水でひどくにじんでいた。

 いつも仲が良いはずのハチとオサムの空気に、クラスは険悪なムードが漂っていた。


「ご、ごめん」

「謝って済む問題じゃねぇよ。いつかやらかすと思ってたよ。どうしてくれんだよこれ」

「唐揚げ一個……あげるから」

「お前はいつもそうだ! いつも食べ物で釣ればいいと思ってんだろ! 俺のこと舐めてんだろ!」


 ハチに弁論の余地は無かった。無理もない。バグの実験中に机にぶつかってしまい、その衝撃でバケツから水がこぼれ、絵が台無しになったのだから。

 危険と思われる行動はやめた方がいいにこしたことはない。しかし、それでも誘惑に負け、行動してしまうのが子供というものだ。


「もうお前とは関わんねぇから」


 オサムは教室から出ていった。


「ハチくん……」


 アカネもハチにかける言葉がなかった。


「いいよ。謝ったのに許してくれないんだから」


 それからというもの、ハチとオサムは話をすることはなかった。給食の時間、体育の時間、理科の時間、放課後になっても、とうとう会話を交えることはなかった。

 下校時間になると、オサムはさっさと一人で帰ってしまった。

 空は灰色に覆われていた。




 オサムが帰り道を一人歩いていると、向こう側から同じ年くらいの三人組の小学生が歩いてきた。隣の小学校の子だろうか、と思いながら聞き耳を立てていた。


「バグ、見つかんねーな」

「そんな頻繁に見つかるわけないやろ」

「雨降りそうだし、早く帰りたいヨ」


 バグ。確かにそう聞こえた。バグを探しているようだ。


「君たち、バグを探してるのか?」




 ハチは退屈そうに傘を振りながら一人で帰り道を歩いていた。アカネは日直があると言って学校に残った。


(雨降ると面倒だし、SSスーパースライドで早く帰りたいな。)


 しかし、今日の事件のこともあり、バグは使わずおとなしく帰ることにした。

 ふと、子供たちがたむろっているのが見えた。よく見るとその中にオサムがいるではないか。もう新しい友達を見つけたのかと思った。


「やっと来たか。ハチ」

「オサム氏……何してんの?」

「お前が来るのを待ってたんだよ。こいつらがさぁ、バグを見たいんだって」

「!?」


 オサムを除く三人の眼が一斉にこちらを向いた。好奇心なんてもんじゃない。怒りや憎悪といった表現の方が正しいように思えた。

 オサムはこの狂気に感づいているのだろうか。


「……その人たちは……友達?」

「ただバグを探していて困ってるみたいだったから、バグならハチが見せてくれると思ってさ。よかったら友達になってやったら?」

「いや、友達は選ぶ主義なんで……」


 蝉丸は竹刀袋から竹刀を取り出した。


「どうしても見せてくれんのやったら、力づくで見せてもらおか?」

「おいおい……無防備な小学生相手に竹刀向けるとか――」

「大丈夫や。僕はあんたを人として見てへん――よ!」


 蝉丸はハチの頭めがけて竹刀を振り下ろした。しかし、頭に届く寸前で弾かれてしまった。


「なるほど。一筋縄ではいかんっちゅうことやな」


 オサムは思わず腰を抜かした。彼らがそこまでするとは思わなかった。

 ハチが傘を持っているところを見ると、傘で残像剣ざんぞうけんを使っていることがわかった。前に見た残像拳ざんぞうけんを傘でアレンジしたものだろう。防御できたからよかったものの、いくらバグが見たいからって無防備な相手を竹刀で殴ろうとするなんて、イカれている! もし防御できなかったらどうするんだ!

 ようやく今の状況がいかに危険かを理解した。


「そのバグ、なかなか面白おもろいなぁ。やっぱあんたやったか。あのとき商店街を滑っとったんは」

「? あぁ、あの時の――見てたのか」


 カゲロウは蝉丸を問いただした。


「蝉丸、どういうことだ?」

「あの時は言うても信じて貰えんかったんやけどなぁ……。僕が商店街で子供を見たって言ってたやん? あれ、彼やったんやって。彼、バグ製造機やで」


 カゲロウは商店街で蝉丸が変なことを言っていたのを思い出した。その時は確か、物や空間はバグっても人はバグらないと答えた。しかし、その考えが間違いということが目の前で証明された。

 ハチは焦った。


「バグ製造機なんて……僕は、ただ――」

「問答無用!」


 蝉丸は竹刀で攻撃を仕掛けるが、残像剣ざんぞうけんの前には無駄だった。

 オサムは安心した。残像剣ざんぞうけんがある限りハチは無敵だ。そう思った瞬間だった。


「隊長、今や」

「『バグ・キャプチャー』!」


 目の前の蝉丸に気を取られ、背後に回り込んだカゲロウの気配に気づかなかった。頭に虫取り網をかぶせられ、エネルギーが放出された。


「何――」

「これでしまいや!」


 ハチは横っ腹に飛んでくる竹刀をとっさに腕でガードした。

 オサムは驚愕した。


残像剣ざんぞうけんが――消えた!」

「やっぱバグやったんやね。隊長の『バグ・キャプチャー』を前に、バグなんて無意味やで。観念したらどうや」

「オサム氏……逃げろ」

「でも――」


 オサムは悔しかった。目の前で友達が傷ついているのに何もできなかった。

 オサムは自分を責めた。意地を張っていなければハチはこんな危険な目に遭わなかっただろう。


「うわあああ!!」


 とうとうオサムは逃げ出してしまった。


「あーあ、お友達逃げてもうたで。よっぽど信頼されてへんみたいやなぁ」

「あいにく今はケンカ中でね」

「チッ。減らず口叩きおって」


 蝉丸が竹刀を降りかざしたが、カゲロウに止められた。


「よせ。コイツはもう動けねぇ。一回頭冷やせ」


 蝉丸は一息つき、竹刀を下げた。


「……了解。確かに、先に情報を吐き出させた方がええかもな。バグについて何か知ってることあったら言い」

「……知らない」


 蝉丸は眉間にしわを寄せた。


「コイツ、ホンマやで!」

「落ち着けって。お前が乗せられてどうする」


 カゲロウはハチの首根っこを掴んだ。


「あんなもの見せられたからには、何も知らないとは言わせねえよ。バグについて知ってることがあったら教えろ」

「……目的は? 聞いたら何になるの?」

「そうか。それもそうだな。俺たちはバグを撲滅するために動いている。バグなんかあっても何もいいことないからな。これは慈善活動なんだ。協力してくれるよな?」


 ハチは微笑を浮かべた。


「僕はただバグを使って遊んでるだけだよ」


 カゲロウは吠えた。


「バグは遊びに使っていいもんじゃねぇ! バグで命を落とすことだってあるんだぞ!」


 ハチは相変わらず落ち着いた口調で反論した。


「それは、危ないからって公園のブランコを撤去するようなものなんじゃないの?」

「ブランコとは比べ物になんねぇんだよ! あれは爆弾だ! お前はいつ爆発するかもわからない爆弾で遊ぶのか!?」

「僕がいつも使うバグは決まった事前準備がいる。儀式みたいなものだ。偶然発生するバグも見た事はあるっちゃあるんだけど――」

「そうか、その程度か! お前のバグへの態度は! 話がかみ合わねぇはずだよ! お前はバグを甘く見てる!」


 カゲロウは続けた。


「俺の両親はバグに殺されたんだよ」

「――え?」

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