都合のいい魔法なんてあるわけない
虚無~うつな~
第1話 その力は誰が為に?堕ちた天才の悪夢
―魔法とは、心理科学を突き詰めた科学者が発見した人間の心が世界に影響を与える力である。人間の心は長い間謎に満ちていたが、この発見を機に世界は瞬く間に魔法と科学が融合した世界になった。ここ魔法学園・都栄学園では、様々な優秀な魔法使いを輩出していた。そして、この少女・新城歩未(しんじょうあゆみ)はその中でも今までに現れたことのない逸材。正真正銘の天才魔法使いであった。―
「あゆみ~」
「あ、うん。ちょっと待って。」
私は新城歩未。ただの魔法学生。周りからは天才って呼ばれて先生たちも私のことを頼ってる。
しかし、ある日突然その日常は崩れ去った。学園に突然、ドラゴンが現れた。
皆が驚き動けない中、第一に動いたのが私だった。
「私がこの学園を護る!」
魔法を放つため、あのドラゴンを倒すイメージを整えた。その時、周りの人の声が聞こえた。
「やっちまえー!」「新城ならやれる!」「やったぞ、新城が来てくれた!もう安心だ!」「俺たちは助かったんだ!」
(皆が私に期待してる。でも、すでに被害が出ているのに、怪我をしている人もたくさんいるのに、どうしてあの人たちは私を応援するだけで動かないの?)
一度生まれた疑念は、消えることなく私のイメージをかき乱していく。
「ああ!もう!どうにでもなれ!」
私は無我夢中で魔法を放った。しかし、その魔法はドラゴンに向かうことなく先ほどまで自分を応援していた人たちに直撃した。
「逃げろー!あいつは悪魔だ!」
悲鳴が聞こえる。私は人を殺してしまったのかもしれない。もはや、結果なんてどうでもいい程、そんな恐怖が心を占領していた。
更に暴れるドラゴン。
私の耳に入ってきたのは、先ほどまで一緒にいた女の子の助けを呼ぶ声だった。彼女の頭上にはがれきが崩れかかっていた。私は今の心を落ち着け、彼女を襲うがれきに魔法を放ち、彼女を救った。しかし、帰ってきたのは「やめて!殺さないで!」という声だった。
その言葉に私は完全に絶望してしまった。
今まで天才と呼ばれ頼られた私が、恐怖の対象になった。
「はは、もうどうでもいいや。」
私は自分が生きる意味すらどうでもよくなった。走馬灯とはこういうことを言うのだろう。自分がどうして生きているのかを自分の記憶から探し始めた。
「おねえちゃん、すごい!」
「ふふん、すごいでしょ。もっとすごいのも見せてあげる。」
最初は、弟を喜ばせるためだけに魔法を始めた。最初こそは簡単なものしかできなかった。でも、弟はすごい魔法を見るほど喜んだ。だから私は学び始めた。弟にもっと喜んでほしいから、すごい魔法、もっとすごい魔法と覚えていくうちに周りから天才と言われるようになった。
「ここは…」
ふと気づくと地面で寝ていた。たくさん響いていた悲鳴も聞こえなくなっていた。周りには、痛みに唸る声や泣く声しか聞こえない。それでも私は立ち上がった。
「誰も見ていなくたっていい、皆に非難されてもいい。弟にだけ伝われば…お姉ちゃんはいつでもどんなにも頑張れるから…」
私は杖を捨て、手を重ねた。自身に残る全魔力を放って、ヤツを倒す。それが今の私にできる最善の選択、最高の魔法。
その瞬間、辺りを光が包んだ。ドラゴンは消え、残ったのは目を閉じた一人の少女だけだった。
「お姉ちゃん!」
僕、新城黒霧(しんじょうくろぎり)は姉が病院へ搬送されたと聞いて一目散に病院へ着いた。病院の医者と一人の男子学生が僕に事の顛末を話した。この男子学生は、対人恐怖症で一人逃げようとしていたが、たまたま姉の一連の事件を見ていたようだった。
「僕が言うのもなんですが、彼女は多分周りからのプレッシャーに勝てなかったんだなと思います。彼女を応援していたのは学校でも評判の悪い人達ですから、緊急時でも何もしない彼らを見て困惑していたのも見てました。」
お姉ちゃんは、幸せそうに眠っているようだった。
それから5年が経ち、俺は姉さんと同じ15歳になった。その後、姉さんの意識は戻ったが、それでも姉さんの体がよくなることはなく足が動かなった。姉さんは家でずっと寝たきりだ。姉さんの身の回りのことはあの時の男子学生・三輪和彦(みわかずひこ)がしていた。俺はあの時の姉さんの姿が今でも忘れられない。天才と呼ばれた姉さんは、今では“悪魔”や“魔女”と呼ばれ蔑まれている。俺は憧れた姉さんの名誉を取り戻したい、そう思った一心にあの都営学園の入試に主席合格した。今日は姉さんにその報告をする日だ。
「あら、くーちゃん。どうしたの?」
ベッドの上の姉さんは俺が来ると体を起こし、話しかけてくれる。
「姉さん…。俺は姉さんの為にも俺、都栄学園に入学する。」
その一言で姉さんの表情が曇った。
「…。本当にあんなところに行くの?」
姉さんの声はいつもより激しく暗く、恐怖さえ感じた。
「ああ。俺の大好きな姉さんは今でもあそこで止まってる。俺はあの頃の姉さんを取り戻すために姉さんへの誤解を解きに行く。」
姉さんがそれを聞くと窓の外を眺めていた。
「私のやったことは許されることじゃない。あの場にいた皆が悪かったとしても。だkら、私がこうなるのは当然だって…」
「違う!姉さんはあの時に壊れたんじゃない。最初から…間違ってたんだ。姉さんは魔法を人を楽しませるために使っていた。あの場で姉さんが戦うこと自体が間違ってたんだ。」
姉さんは俺の言葉を聞いて俯いた。
「ねぇ…、必要とされるって悲しいね。」
顔を上げた姉さんは泣いていた。
「私だって必要とされたから人の助けになった。でも、みんなはそれを当たり前にして自分自身の力も忘れてしまう。そして、それに頼り切っていた人はすべての責任から逃げる。私はそれが本当に人を助けているのかがわからなくなっちゃった。」
「姉さんはきれいな人間だ。人間ってのは、誰もが皆汚いんだ。ただ、それでも自分がきれいだと証明するのが人間としての性だ。自らの愚かさを認めたくないやつがクズなだけだ。愚かさを本当に知っているやつはそれでも自分をきれいにしようと努力を重ねる。だが、クズどもは他人を使って自分をきれいにして、それでも足りないときは他人の汚さを誇張し比較させてでも己をきれいに見せる。こんな奴らに姉さんが負い目を感じる必要なんてない。姉さんは本当の意味できれいすぎたんだ。」
「くーちゃん…」
「姉さんが汚れを背負うくらいなら俺が背負う。姉さんが他人(そと)の汚れが気になるんだったら俺がそれをきれいにする。いくら俺が真っ黒に汚れても、姉さんの純白は俺が護る。」
姉さんは驚いた顔をした。
「もう、くーちゃんったら。私がいなきゃ何もできなかったのに、こんなに立派になっちゃって。…うん、せっかくだから行っておいで。でも、私を本当に嫌っている人はいるだろうから気を付けてね。」
「分かってるさ。そいつには嫌というほど叩き込んでやるよ。」
俺は姉さんの部屋を後にした。
都合のいい魔法なんてあるわけない 虚無~うつな~ @endenemy
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