第10話 試験勉強の前に掃除をしたくなる
学生時代、苦手科目の試験勉強をしなければならない時に限って、普段は滅多にやらない部屋の掃除を始めてしまうという悪い癖があった。
すっきりと整頓された環境の中でこそ集中力が増し、学習も捗るというものであろう、などと後付け的理由をつけて、その行為を正当化していた。
しかし、掃除で時間と労力を費やし、さらには妙な達成感のようなものもあって、肝心の勉強の方は……。
当然、試験の結果は目を覆いたくなる惨状だった。そして、そんな状況を嘆きつつも「掃除してたから」と、自身に言い訳をしていた。
このような、どうしようもない癖を持つのは自分だけかと思っていたが、実はそうではなかった。
『獲得的セルフハンディキャッピング』―― 目前の課題に取り組む前に、別のことをしてしまう現象。
困難な事柄を前にして、あえて全力を出さない心理が働くのだという。
貴重な時間を無関係な用事に割くという不利 (ハンディキャップ) を自らに課し、やるべきことを先延ばしにする行為をセルフハンディキャッピングと名付けたのは、アメリカの社会心理学者エドワード・E・ジョーンズ氏である。彼がスティーブン・ベルグラス氏との共著の中で提唱した理論だ。
目の前の課題に対して良い結果を出せる自信がない時に、簡単に達成できる他のことを行い、予め言い訳の素を用意しておくことで、自信を喪失しなくても済むように防衛策として脳がそのような処理をするのだそうだ。
さしずめ学生時代の自分の場合は「掃除してたんだから点数が悪くても仕方ないよね。全力で勉強してたら、もっといい点が取れたはずなんだ。だから頭が悪いってわけじゃないもんね、たぶん……」と言い訳し、なけなしの自尊心を保つのに精いっぱいだったのだろう。
たとえ結果が思わしくなくても自尊心だけは持てるように、試験勉強の前に掃除をするというハンディキャップを無意識のうちに作り出していたというわけだ。
これが、自我の防衛のために必要な、謂わば本能的に備わった機能なのだという。
だが、こんな機能などいらん!
セルフハンディキャッピングには、もう一つ、
『主張的セルフハンディキャッピング』―― 自分が困難に直面しているということを周囲に向けて主張すること。
というものがある。
「忙しくて」や「体調が悪くて」などと周囲にアピールして、課題が達成できなかった際の言い訳にし、あくまでも自分の所為ではないと予防線を張ることをいう。
獲得的セルフハンディキャッピングが原因を先に作っておくものであるのに対し、主張的セルフハンディキャッピングは周りに言い訳の文言を発信し、そのことにより他者から慰めやいたわりの言葉を得、結果を出せずとも自分を責めることから免れるというものだ。
この主張的セルフハンディキャッピングを行なえる人というのは、さぞかし周囲から愛されているのだろう。
若干うらやましい気がしないでもない。自分は苦境や弱みを他人に知られるのが恥ずかしい
但し、主張的セルフハンディキャッピングは他者が絡むことから、何度も行なうと「またか」といったネガティブな印象を持たれる虞もあるという。
そもそも、獲得的にせよ主張的にせよ、セルフハンディキャッピングを行なう傾向のある者は、目標の達成よりも自我の防衛に意識が向いているのである。これでは全く以って本末転倒だ。仕事や学問で良い結果を出したいと本気で思うのなら、セルフハンディキャッピングなどしている場合ではないのだ。
もしも、過去の自分に忠告できるとしたら、どう言ってやろうか。
「留年したら勘当だってばよ」
とでも脅して、死活問題をほのめかせてみよう。
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