第22話

***


「相変らず、ゲームか」


ミルは、ウィルの部屋へ入るとそう呟いた。


「……勝手に入ってこないでよ」


「アキラ君との仕事は順調か?」


「……報告書、読んでるでしょ。

アレが全部だよ」


ウィルがアキラと組まされて仕事をするようになって、二ヶ月が経過していた。


「あぁ、読んだな。

使えないから、さっさとクビにしろって書いてあった。

なにがそんなに気に入らないんだ、お前は」


「全部」


画面から視線を外さずに、ウィルは答えた。


「稲村明は、とにかく使えない。

魔法も、体術も、適性がないし。

どんくさい。

早く元の世界に戻した方がいい」


「そうすると彼は死んでしまう。

死を選んでしまう」


ピタ、とウィルのコントローラーを持つ手が止まった。


「ここにいるより、ずっといいだろ。

こんな、元の世界の常識が通じず、妙な変態に付け狙われるような世界よりずっと」


「元の世界の方が安全だと思ってるのか?

自分で死を選ぶほうが、幸福だと?」


そこで、画面にゲームオーバーの文字が映し出された。

ウィルは、コントローラーを投げて立ち上がる。

キッチンに行って、冷蔵庫に入れてあった炭酸水を飲んだ。

そして、


「……まるで、彼が自殺志願者だとでも言いたげだね」


「事実、そうだからな。

それこそ、辞令が来た時に耳に入れておいただろ。

忘れたか?」


「忘れた。

ねぇ、もう帰ってよ。

今日は非番なんだよ?

これから、レイド戦に参加するし」


ウィルは、ミルに1度も視線をやらずそんなことを口にした。


「それこそアキラ君と一緒にゲームでもしたらどうだ。

お前にも、友達が必要だろ」


「余計なお世話だよ。

それに」


言いかけたウィルの一瞬の表情を、ミルは見逃さなかった。

まるで昔を懐かしむ老人のような表情を、ウィルは浮かべたのだ。


「僕に友達は必要ないよ」


人間はすぐに死ぬから。

大事で大切だった人も、すぐに死ぬから。

そして、仲間はすぐに裏切る。

それを、彼は嫌という程経験してきた。

裏切られたくなかった。

手放したくなかった。

そんな存在達が、彼にもかつていたのだ。


「いままでも、それでなんの不自由もなかった」


嘘だ。

心は傷ついた。

いつだって、悲しくて悔しくて。

でも、なにも出来なかったのだ。

ウィルは何も、出来なかったのだ。

それを知っている。

覚えている。

だからこそ、必要以上に人と関わるのを彼はやめたのだ。


「人付き合いを学べと言ってるんだ」


ミルの言葉に、ウィルは嘲りを含んだ視線を投げた。


「だから、彼を、アキラで練習しろって?」


ミルは頷いた。


「そろそろ頃合だ。

将来のためにも、他人との共同生活を送るのも悪くないぞ」


続いたミルの言葉に、ウィルはぽかんとなる。

言葉の意味がわからなかったからだ。


「なにを、言って」


ウィルが動揺した。

その時だ、家のチャイムが鳴った。


「来たな」


「来たって、誰が?」


ダラダラと冷や汗を流しつつあるウィルへ、ミルが答えた。


「アキラ君だ」


「は?」


父親魔王から聞いていないか?

今日からアキラ君も、ここに住むことになったんだ。

部屋はあるんだし、別にいいだろ」


「聞いてない!」


「そうか、まぁお役所仕事だから。

仕方ないな!」


ミルが悪びれず言って、玄関に向かった。

ウィルの冷や汗は止まらない。

顔色も真っ青だ。

ほどなくして、荷物を持ったアキラが現れた。


「き、今日からお世話になりま」


「出てけ!!」


挨拶してくるアキラに、ウィルは怒鳴った。


「え、え??」


てっきり話が通っているものと思っていたアキラは戸惑い、ミルへ視線を投げた。


「話が伝わっていなかったらしくてな」


「あ、あー、なるほど」


少しビクついた表情で、アキラはウィルとミルを交互に見た。

そして、彼の決断は早かった。


「それじゃ、今日は別のところで寝ます。

お邪魔しました」


「ち、ちょちょ、別のところってどこの宿に泊まる気だ?」


ミルが慌ててアキラを制止する。


「公園の遊具でふた晩くらいなら、過ごすのは慣れてるので。

あ、古新聞あったらください。

意外と暖かいんですよ、あれ」


アキラがなんてことないようにそう言った。

すると、ウィルが舌打ちして、


「部屋は二階の端っこの方使って。

話は今聞いたばかりで掃除してないから、自分でして。

掃除道具は階段下の物置にあるから」


早口でまくし立てたかと思うと、自室に引っ込んでしまった。


「えーと、とりあえず住んでいいってことですか?」


「あぁ、そういうことだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る