第13話

 ミルさん経由でアルバイトを始めて、今日で一週間が経過した。

 

 「おや、一週間ぶりだな。少年。

 お、食事もとれるようになったか、感心感心」


 役所内にある社員食堂にて、俺は一週間ぶりにミルさんの顔を見た。

 というのも、あちこちの部署に行かされて雑用をさせられていたのだ。

 連絡自体は、貸与された携帯端末でこまめにしていたので、あんまり久しぶりという感じはしなかった。

 というか、一週間も経過してたのか。

 薬とカウンセリングのお陰か、体調はだいぶ良くなった。

 こうして、食欲も少しだけわいてきた。

 ……中身はそれなりの淑女だとわかってはいるけど、幼女に頭を撫でられるのは、やはり慣れない。


 「軽いものですけどね」


 社員食堂のメニューはとても豊富だ。

 様々な種族が働いているから、それに合わせるためにメニューがとても多くなっているらしい。

 ちなみに、俺がいま食べているのは具なしのスープである。

 注文時に具なしにしてくれ、と頼むとそのようにしてくれた。


 「どうだい、仕事には慣れたかな?」


 「そうですねぇ」


 俺はこの一週間のことを思い浮かべる。

 最初の二日間は各部署の掃除だった。

 あと書類整理。

 仕事内容がおかしくなり始めたのは三日目。

 ミルさんの姪にあたる、ハイエルフのレイチェルさんが人手不足で発狂しかけながら、俺がその時手伝いに入っていた部署に駆け込んできた時だった。

 その部署を取りまとめている、とても大きなカエルの亜人――ヒルコさんに必死の形相で泣きついたのだ。

 そこで、何の因果か床のモップがけをしていた俺と、レイチェルさん&ヒルコさんの目があった。

 慌てて目を逸らしたが、後の祭りだった。


 『もうこの際なんで、アキラさんでいいです!!

 大丈夫!!檻の中に入って、ちょっと電撃くらうだけなんで!!

 でも、ちゃんと安全ですから!!

 ほんの少しビリッとしますけど、じっとしてれば肩こりと腰痛、神経痛が良くなったりするんで!!!!』


 どこがどう大丈夫なのかさっぱりだった。

 あと、少しビリッとする仕事というものが想像つかなかった。

 檻に入るって、どういうこと?

 そんな疑問をぶつける間もなく、俺は拉致され、どっかの大陸のダンジョンで幽閉されてる人質役をすることになった。

 それも、女体化薬で女の子になって、である。

 なお、助けに来たのは新人勇者のパーティだった。

 こういうお膳立て諸々をするのが仕事らしい。

 そこのダンジョンを根城にしてる、という設定の邪竜役の子とはこの仕事がきっかけで連絡を取り合うようになった。

 ちなみに、本来は別の人がその役をやる予定だったのだが、家族に不幸があったらしく実家に急遽帰省することになったとのことだった。

 昨日、その代役のお礼としてめちゃくちゃ美味しそうなチョコの詰め合わせをもらった。

 

 「…………」


 三日目以降、様々な理由で急遽端役が必要になったシナリオに参加するべく、俺は強制拉致された。

 その事を思い出し、スープを一口啜り、俺はミルさんに返した。


 「貴重な体験でした」


 「その微妙な間が気になるが、食欲が出てきたのはいいことだ」


 ミルさんが苦笑した。

 そういえば、あの電撃のおかげで食欲が出てきたのはたしかだ。

 ちゃんと、吐き気なく味のするスープを口にしたのはとても久しぶりだ。


 「リストに聞いたが、今度一緒に外食に行くらしいな」


 リストというのは、邪竜役の龍神族の男の子のことだ。

 レーズィリスト、というのが彼の名前である。

 外見は、それこそミルさんと変わらない十歳前後の男の子だ。

 実際、人間に換算しても十歳くらいらしい。

 ものすごく頭が良くて、飛び級で高校に通っているのだとか。

 ダンジョンの邪竜役は、それこそ社会経験のためのアルバイトらしい。


 「えぇ、クレープを一緒に買いに行ってほしいと頼まれました。

 1人じゃ恥ずかしいらしいです」


 「なるほど」


 基本的に、ある程度の自由は認められている。

 もっと制限がつくかと思っていたが、そうでもないことに内心驚いている。

 ……たぶん、レイチェルさん含めた何人かは監視役なんだろうなとは思う。

 たまに向けられる視線に違和感があるから。

 ミルさんも、カウンセリングの先生も、あの研究所の人たちも身体検査の結果について聞いてみたけれどはぐらかされてしまっている。

 教えられない何かがあるんだろう。

 気にはなるけど、聞いて何かが変わる訳でもない。


 あの時のことを思い出す。

 本来の魔族、あの灰色髪に切りつけられた左腕を抑える。

 幸いにも、神経は傷ついていなかったのか、母親に切られた時のような不便さはなかった。

 出来ることなら、もう二度とあの灰色髪の顔は見たくない。

 そして、関わることなく元の世界に早く帰りたい。

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