社畜少年の異世界交流記

ぺぱーみんと

16歳の異世界転移

第1話

 気づくと、俺は森の中にいた。

 夜の森だ。

 空には月が出ている。

 木々が生い茂って、民家が見当たらないどころか獣道すらない。

 どこの森だろ、ここ。

 目的地は森じゃなかったはずなのに。


 「……久しぶりだな、これ」


 俺は、しかしこの現象には慣れていた。

 昔から時折あったのだ。

 ぼうっとしていたら、全然知らない場所にいた、ということが。

 でも、じいちゃんの家で暮らすようになってからは、かなり頻度も減っていた。

 だから、久しぶりだなぁ、とぼんやり考えた。

 だけど、ここがどこであろうと、俺には関係ない。

 俺は手に持っていたロープを見る。

 それ以外に持ち物は、あぁ、圏外になった携帯電話があったか。

 俺は携帯電話の着信画面を見る。

 新着は、無かった。

 それを少しだけ残念に思いながら、電源を落とそうとして、やめる。

 光源は必要だ。

 月明りだけだと、ロープを縛るのに支障がある。

 

 「いや、朝になってからでもいいっちゃいいか」


 寒さや飢えを感じるのもこれで最期だと思えば、それさえも名残惜しくなってしまう。

 もしかしたら、このまま眠ればそれはそれでいい終わりになるかもしれない。


 「あ、そうだ。それもいいかも」


 綺麗な満月を見ながら眠る、というのもロマンがある。

 血の色でもなく。

 大人の憎しみや怒りに満ちた顔でもなく。

 月とその優しい月明りが最後に見る光景。

 それは、俺にしてみれば最高に贅沢で幸せな光景だ。

 あぁ、なんだろ。

 久しぶりに頬が動く。

 きっと鏡を見れば俺は今笑っているに違いない。

 

 グルル……。


 俺の耳に、獣の唸り声のようなものが届く。

 あ、あー、そっか、そうだよな。

 ここは日本とはいえ、森の中だ。

 獣がいて当たり前だ。

 狼、は絶滅したらしいし。

 熊かな。

 それとも、森に住みついた野良犬か。

 あー、そういや、タヌキも雑食なんだっけ。

 熊はともかく、タヌキが人を襲って食べるとかは聞いたことないけど。

 猿は、観光客の荷物狙うってのは聞いたことあるな。

 猿も人を襲って食べる、とは聞いたことないけど。

 いや、俺が知らないだけかも。

 まぁ、そんなこと今更だ。

 

 ガサっと、近くの藪が揺れる。

 そして、現れたそれに、俺は自分の目を疑った。


 それは、二足歩行の狼だった。

 そうとしか表現しようのない生き物。

 全身毛むくじゃらで、口からは涎が垂れ牙が見える。

 あ、ゲームかアニメで見たことあるかも。

 あと漫画。

 というか、狼男って本当にいたんだ。

 なんか、なんだろう、妙な感動を覚えてしまう。

 そんなことをぼんやり考えている俺に、狼は気づく。

 威嚇なのかなんなのか、唸り、吠える。

 そして、俺に向かってその口を目いっぱい上げて、たぶん食べようとしてくる。

 噛まれたら痛いかな。

 あ、でも最近痛さも感じなくなってたし大丈夫か。

 俺は夜空を見る。

 星々が煌めいて、その中心には満月がある。


 「…………」


 俺は、目を閉じる。

 草を踏み荒らす足音が響き近づいてくる。

 衝撃に少しだけ備える。

 でも、いつまでたっても衝撃は襲ってこない。

 唸り声も、噛みついてくる気配すらない。

 その代わり、鈍い打撃音と、


 きゃんっ!


 そんな鳴き声のようなものが耳に届いた。

 不思議に思って目を開けると、逃げていく二足歩行の狼の姿。

 そして、月明りに照らされた銀色の髪と褐色肌、長い耳をもった推定十歳ほどの幼女が立っていた。

 二足歩行の狼の気配が完全に消えたところで、幼女が俺を振り向いた。


 「怪我はないかい? 少年??」


 幼女は俺にそう声を掛けてきた。


 「え、あ、俺、ですか?」


 昔、じいちゃんとばあちゃんの三人で観に行った指〇物語の実写映画。

 そこに出てきたエルフ種族みたいだ。


 「おもしろい返しだな、少年。

 あぁ、まずは名乗ろうか。

 私は、ミル。見ての通りエルフだ。

 ダークエルフともいうが、今の若い子は知らんだろ?

こんな姿だ子供と思うだろうが。

 これでも君よりはるかに年上のお姉さんだ」


 「はぁ、初めまして?」


 「私と君は初対面だ。初めましてで合ってるな」


 「……」


 これは夢、なんだろうな。

 うん、夢だ。

 ファンタジー作品、俺、好きだもんな。

 だからか、最期に見る夢がこうなったのは。

 と、なるとさっきの二足歩行の狼のことも説明がつく。

 現実に、エルフなんて種族が存在しないことを俺は知っている。

 あんな狼が存在しない、いや、今のところ見つかっていないことも知っている。


 「少年、今度は君の番だ。

君の名前を教えてくれないか?」


「あ、えっと、稲村、明、です」 


「いなむら、あきら、か。

ふむふむ覚えたぞ。

あ、念のために確認しておくが、少年、それはどちらが姓だい?」


そういえばハンガリーだっただろうか。

海外でも一部の国では日本と同じで姓が前に来るらしい。


 「いなむら、が姓に、なります」


 「そうかそうか。

 それで、少年、君はどこから来たんだい?

 そして、こんな時間にこんなところで、いったい何をしてたのかな?」


 問われて、俺は持ったままだったロープを見る。

 本当の事を言うべきか?

 いや、どうせ夢なんだし言わなくてもいいかな。

 

 「……寝ようと思って」


 「はい?」


 思ってた返答と違いすぎたのか、それとも彼女の笑いの沸点が低いのか。

 ミルさんは無邪気に笑い出した。


 「あはははは。

 そうか。寝に来たか。

 そうかそうか。

 いやぁ、なるほど。だから、少年は逃げなかったのか」


 あ、これ悟られてる。

 でも、ま、いっか。


 「しかし、だ。

 少年、こうして大人の私が少年を見つけてしまった以上、私は君を保護しなければならない。見てくれはともかく、ね。

 だから、」


 言葉を切って、ミルさんは手を出してくる。

 そして、続けた。


 「そのロープ、私に渡してくれるかな?」


 「……」


 俺は、持っていたロープに視線を落とす。

 ミルさんの言葉には圧があった。

 それは、でも、怒りや苛立ちからくるものじゃない、とすぐに察せられた。

 だからだろう。


 「素直でよろしい」


 俺は言われるまま、ロープをミルさんに渡した。

 と、今度はミルさんは俺の体をべたべた触ってくる。

 そして、一通り触り終えた後、


 「ふむ、とりあえず安心だ」

 

 なんて呟いた。

 これ、ナイフとか持ってたら没収されてたのかな。

 ナイフ、ナイフ、か。

 刃物は、でも、怖いからなぁ。

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