第11話
「いや、別に隠してたわけじゃないんだけど。
気づく人は気づくし、気づかない人は気づかないから」
ヴァンからの奢りで食事を済ませ、店を出た後、ホテルへの道すがらイオはザクロへそう言った。
ザクロはザクロで、知らなかった&仕方なかったとはいえ、初めて女を殴ったという事実に落ち込んでいた。
身に覚えのない無実の罪で捕まるまでの、冒険者時代ですら、たしかに所属していたパーティでも、よそのパーティ、もしくはソロで活動している女性冒険者と対立することはあったが、それでも手は出したことなかったのだ。
何者かの手によって殺害されてしまった母親とも、たしかに喧嘩することはあったけれど、けっして手は出さなかった。
だというのに、生まれて初めてザクロは女を殴ってしまったのだ。
「はぁ」
「なに気にしてんだよ。殴り合いはお互い同意の上だろ」
「妙な言い方すんな」
ため息を吐き出したザクロに、イオがフォローのつもりで言葉をかける。
「あんまり落ち込まれると、バカにされてるみたいでムカつくんだけど」
イオが声を低くして、そう注意する。
ザクロはそんなイオの変わりように驚く。
見れば、イオは虫けらでも見るような目で、ザクロを見つめていた。
よほど女扱いされるのが嫌なようだ。
しかし、ザクロにも言い分がある。
「そう、そもそも、なんだよその言葉遣いは!
紛らわしい!!」
ほとんど勢いで口から出た言葉だった。
それを受けて、少しだけ。
本当に少しだけ、イオが残念そうな悲しそうな表情になる。
でもそれは一瞬で、次には小馬鹿にしたような、出来の悪い子どもを注意する大人のような声音でイオはザクロに返した。
「これ? だから最初は丁寧語で接してたろうが。
お前がタメ口にしろっていうからこの言葉遣いにしたんだぞ。
ちなみに、普段使ってるこの言葉遣いは師匠の影響だな。
師匠は別に女言葉使えとか言わなかったしさ。
つーかさ、一人称が俺だろうが私だろうが自分の自由だろ。
言葉遣いだってそうだ、そもそも世の中の大半の女がお淑やかな口調でずっといると本気で思ってんの?
いいか? 女ってのは猫を被る生き物なんだよ。
表しか見てないと、痛い目見るからな。
覚えときな童貞犬っころ」
「…………」
童貞であることも、人狼なので犬という部分でもあながち間違っちゃいない上、口喧嘩では到底勝てないだろうと直感してしまう。
「それにしても、師匠にはまだまだ及ばないな。
俺の師匠、素手で隕石殴っても無傷だし」
「お前の師匠は化け物か?」
「さて、ね。
それよりも、今後についてだけど」
イオが切り出したとき、ホテルの正面玄関へとたどり着いた。
「荷物を置いたら、このホテルの食堂へ集合。
そこで打ち合わだ」
なにしろ、アーサーによって聞き捨てならない情報がもたらされたのだ。
ダンジョン攻略も含めて、話しあっておいたほうがいいだろう。
それならさっきの喫茶店でも出来ただろうに。
ザクロが怪訝そうな表情を浮かべると、イオが補足するように言葉を続けた。
「さっきの店でもよかったんだけどさ、ほら騒いで迷惑かけたから、長居するの気が引けたんだよ」
***
今の仲間達。
とりわけ、彼よりも若い者達が気を利かせていろいろ調べた結果、夜にはあの目障りだったザクロをコロシアムから外へと出した人物について、少しだけ情報が集まった。
彼――ザクロの元仲間であり、本人の預かり知らぬ掲示板では『借金さん』という不名誉極まりない名前で呼ばれている青年は、その報告を聞くなり、苦々しい気持ちになった。
身の程を教えるためにわざわざこの手を汚したのだ。
良心が痛まないではなかったけれど、それでも必要な犠牲をはらって、人生とはどんなものか、調子に乗るとどうなるか教えてやったのにたった二年で出てきやがった、と歯ぎしりする。
その勉強代として、しっかりとザクロの持ち物から貰うものは貰っている。
おかげで借金が返済できた。
仲間達にもザクロの私物の処分を手伝ってもらったので、その分をわけてやると大いに喜んでいた。
貧乏人のくせに下手な夢を見るために溜め込んでいた無駄金を使ってやったのだ、逆に感謝してほしいくらいだと彼は本気で思っていた。
こんなクズ思考であり、掲示板では不名誉な名前を勝手につけられ、呼称されている彼だがちゃんと本名が存在する。
トリスティス・メンダークスというのが彼の名であった。
仲間たちからはトリスと呼称されている。
トリスは、拠点としている借りている一軒家、その自室にてザクロを仲間にしたという赤髪の少年について頭を悩ませていた。
というのも、仲間達からの報告によるとザクロの一件からトリスとパーティの初期メンバーが出禁となってしまった冒険者ギルドでの目撃情報と、その行動についての報告が上がっていたからだ。
出禁となった冒険者ギルドのギルドマスターは、ザクロの母とも友人だったことからあの時の件をだいぶ嗅ぎ回っていた。
しかし、結局ギルドマスターと言えど持たざる者だ。
トリスの実家が持つ力と比べれば足元にも及ばない。
二年前の件で動いたのはトリスの母親だった。
勘当されたと言っても、腹を痛めて産んだ子をそう簡単に見捨てることが出来なかったのである。
持つべきものは力ある母親だ。
トリスがザクロに、自分の立ち位置を思い知らせてやるためにわざわざ殺してやった母親とは出來が違うのである。
「で、トリスどうするんだ?」
そう訊ねたのは、初期メンバーの一人である男性。
ザクロが身の程知らずにも隠し持っていた無駄金を有効活用した一人である。
「どうすると言ってもな。ちょろちょろされても面倒だ。
消すしかないだろ」
今この部屋には、トリスとその男性しかいない。
男性はトリスが躊躇いなく口にした、殺すという言葉に顔を顰める。
「嫌なのか?
なら別にいい。二年前のことを密告するだけだ」
トリスは悪びれずに言う。
男性が声を荒らげた。
「そんなことしたらお前も破滅するだろ!」
「はぁ? んなわけないだろ。あの日、あの時。
俺には完璧なアリバイがあるんだ。
そういえば、お前はあの日俺の頼みで外出してたな。
そうそう思い出した、買い物を頼んだんだ。
でも、時間がかかった割に必要なものは買えなかったんだっけ?
でも、それを証明できる店がそもそも無いしな?
そして、俺が
「なっ?!」
たしかにそうだ。あの日、トリスがそんな凶行に及んでいるなんて知らなかった男性は、素直にパーティリーダーである彼の言いつけを聞いて買い物に出かけたのだ。
頼まれたものを買うために。
そして、あちこち歩きまわって指定されていた店を探したが見つけられず帰ってきたのだ。
帰ってきた男性が見たのは、とても楽しげなトリスの姿だった。
「なぁ? どうなると思う?」
歪んだ笑みで、トリスは男性を見た。
その意味を嫌でも理解してしまう。
あの日あの時、いやそもそも当時のザクロの進路と境遇に嫉妬していなければ。
もしも、トリスの甘言に乗ってザクロが大学進学のために貯めていた金を山分けと称して受け取っていなければ。
そう、きっと今こんなことにはなっていないはずだった。
今更ながらに本当に馬鹿なことをしたと思う。
たしかに男性も金に困っていた。
ザクロのことを世間知らずのガキだと見下していた。
その見下していたザクロが、何かの時に漏らした【大学進学】をするという情報が彼をおかしくさせたのだ。
それは、男性以外の、トリスを含めた初期メンバーも同じだった。
たしかに、ザクロはパーティにとってなんだかんだ役に立っていた。
仕事は出来ていた。
でも、片親育ちの貧乏人。
持たざる者、というレッテルを全員がザクロに貼り付けて見ていたのだ。
全員が全員、自分はザクロよりマシ。
そう思っていたし、信じて疑っていなかった。
だと言うのに、ザクロはパーティを進学のために抜け、さらに高学歴になる道を選ぶときた。
それも、入ろうとしていたのは帝国でも名門と言われてる大学の一つだった。
この話を聞いて、それとなく情報を集めると出てきたのは既に内定が決まっているという情報だった。
そうなったら自分たちはどうなる?
今まで散々下に見ていた存在が、自分たちより上になる。
そんなことになっては、自分たちはどうなる?
そうして起こったのは、あの事件。
ザクロの母親が、何者かに惨殺された事件。
その事件を誰よりも早く入手していたトリスが、初期メンバー達に提案したのだ。
『ザクロの馬鹿に身の程をわからせてやろう』と。
そのあと、怖いくらいにザクロはあっという間に犯罪奴隷へと堕ちていった。
彼は、ずっと無実を訴えていた。
裁判では、凄惨な死体となった母親の写真を見て泣きじゃくって、それでもやっていないと声を枯らして叫んだ。
それを、証人として証言台に立ちながら、トリスも男性も、ほかの二人の初期メンバーもいい気味だと腹の中で笑っていたのだ。
でも、それから半年も経たないうちに、酒に酔ったトリスが初期メンバーに明かしたのだ。
『あのバカの母犬をぶち殺したの、俺なんだ』
酒に酔って、上機嫌に言ったのだ。
そして、こう続けた。
『お前ら感謝しろよ? お前らのためにアイツが溜め込んでた無駄金を分けてやったんだからな』
と。
それは、警告であり脅しだった。
初期メンバー全員が共犯なんだから、裏切るなよという警告も兼ねた脅し。
初期メンバー達は、最初は驚いたもののそれでもそれを受け入れた。
だって、なるべくしてザクロは犯罪奴隷となったのだから、と、口々に言い合った。
それは、男性も同じだった。
しかし、今日二年ぶりに見た元仲間の姿に、そして彼を連れ出した赤髪の少年のその行動に驚くばかりだった。
犯罪奴隷となって以後のザクロのことは噂程度には情報が入ってきていた。
それは、別にいい。
ザクロが犯罪奴隷として、コロシアムで過ごした日々などどうでもいい。
問題なのは、ザクロが檻の中から外へと出てきたことだ。
本来、犯罪奴隷をコロシアムの外に出すバカはそうそういない。
それこそ、戦争でも起きて前線に駆り出すなどして切り込み役を任せるなどがあれば別だが。
ほとんどが、コロシアムか帝国軍の研究室でその生涯を終える。
コロシアムの方が有名なので、犯罪奴隷が軍の研究室で人体実験の材料とされていることはあまり知られていない。
犯罪奴隷となった場合、およそ半々でコロシアム行きか研究室行きかが決まる。
残りのごく少数は、物好きの金持ちであり、外道であり、かつ阿呆に買われ、そして飼い殺される。
時々、コロシアムでの活躍から飼われる者もいるらしい。
その点で言うなら、ザクロはコロシアムでその生涯を終えるはずだった。
しかし、ザクロはあの赤髪の子供によって外へと出てきた。
そのことに対する初期メンバーの考えは、当たりまえといってしまえばそうなのだが、一致していた。
「……っ」
なにも言い返せず、歯噛みする男性だったがそれでもこれだけは言わずにはいられなかった。
「俺が」
「ん?」
「俺がザクロだったら、
「だから、消すんだろ」
くだらない、とばかりにトリスが吐き捨てる。
「そんなことくらい簡単に想像がつく。
ザクロは俺たちよりも下の人間だ。
そして、大学の内定をもらっていたとはいえ、バカだ。
あの単細胞が考えそうなことくらい、お前に言われる前に知ってるさ。
ま、普通に俺たちとぶつかったところでザクロに勝ち目はないだろうが、それでもいちいち相手にするのはウザイからな」
だから、さっさと消すんだ、とトリスは結んだ。
「でも、どうやって」
「その資料、見てみろよ。
ザクロをコロシアムから連れ出した、あの赤髪の目的が載ってる」
机の上に無造作に置かれた書類。
その一枚を手に取って、男性は目を通す。
赤髪の目的とは闘技大会へ出場すること、そして、つい数時間前にザクロをパーティメンバーにして参加登録をしたことが書かれていた。
「どうせ遅かれ早かれ戦うことになるんだ。
それなら、どこぞのダンジョンで他のパーティと遭遇、乱戦となって不幸な怪我を負い、治療が間に合わず死亡したところでなにも問題はないだろ?
よくあることだ」
たしかに、それはよくあることだ。
闘技大会では、本戦だけではなくその予選ですら死者が出るのが普通である。
そうでなければ、最強冒険者としての称号は得られない。
「どこから攻略するかは不明だけどな、それでもザクロを含め、あの赤髪も今のうちに消しておいた方がいい。
ザクロなんかと手を組んだ時点で、同罪だ」
下の者が上を目指すこと、それ自体をトリスは嫌っているようだ。
ザクロを選んで仲間にした時点で、赤髪はトリス達より下の人間となってしまったのである。
だから、人生の先輩として死をもって身の程を教えてやろうと、本気でそう考えていた。
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