第6話

 コロシアムの殺戮ショーの舞台は、一体全体どんな仕掛けなのか、午前中とは打って変わって、特別なセットなどは消えていた。

 あるのは、通常の四倍から五倍ほどの大きさのリング。

 格闘技でも使われる、あのリングである。

 挑戦者用の出入口から顔を出して、そんな舞台を確認したイオは、さらにワクワクとした表情を隠しもしていない。

 そんなイオの格好は、教室時代に支給され、以来ずっと愛用している紺色を基調とした教室特注のトレーニングウェア、つまりはジャージだった。

 これまた教室時代に、師匠とその友人でありイオの恩師となった人物達から教えてもらった準備運動をする。

 その間にもコロシアムの熱気は、平日だというのに盛り上がりつつあった。

 久しぶりの挑戦者による死合。

 それも奴隷王への挑戦者。

 どんな馬鹿だ。自殺志願者だ。

 そんな好奇心から見に来ている者が大半らしい。

 賭けているのは、やはり仕方ないと言えば仕方ないが、奴隷王の方が人気なようである。


 「これで勝ったら、ご飯代が浮くし、いい宣伝になるな!」 


 なにしろ、帝国の冒険者とは違ってイオは外国からやってきたよそ者である。

 夜、シャワーを浴びた後。

 イオは改めて闘技大会について調べてみた。

 すると、スポンサー制度なるものがあることがわかった。

 文字通り、闘技大会に参加するもの達にスポンサーがつくのである。

 スポンサーがついた参加者は、その看板を背負うことになる。

 つまり、そのスポンサーが例えば有名な武器防具メーカーなら、自社製品を闘技大会で使ってもらい、宣伝することができるのである。

 当然ロイヤリティも発生するが、それは各参加者とスポンサーが話し合って決めることである。

 全てではないが、機能が優れている武器や防具を使えばそれだけ勝算が高くなる。

 先述したとおり、それらの宣伝にもなる。

 ただ、スポンサーが付くのはやはり名の知れた優秀なもの達だ。

 金になる、そう企業側に判断されなければスポンサーなど付かない。

 まだまだ無名の、それも外国からやってきた子供の部類に入るイオには当然そんな話はこない。

 もし、来るとすれば予選で名を轟かせるしかないのだ。

 しかし、予選で活躍し、名を轟かせるにはまずはやはり共に参加してくれるメンバーを集めなければならない。

 話題性として、この殺戮ショーへの参加は丁度いいのだ。

 

 「よし、頑張ろ!」


 体をほぐし終えて、イオは腰に下げている二つの水筒を見た。

 赤と青の水筒である。

 どちらも、キチンと運営側に事前に持ち込みを許可を得ている。

 赤の方にはオリジナルブレンドの特性ドリンク、青の方には水分補給用の水がそれぞれ入っている。

 水筒はどちらも直飲みタイプのものである。

 イオは赤い水筒の蓋を開けて、口をつけて一口飲んだ。

 恩師特性のドリンクには負けるが、それでも中々独特な味が口の中に広がる。

 恩師の作ったそれより飲みやすいから、まだ良いだろう。

 軽く手の甲で口を拭うと、イオはうぐいす嬢が自分の名を呼ぶのを待った。

 スピーカーからファンファーレが鳴り響く。

 コロシアムの観客席のざわめきが、喧騒が、歓声に変わる。

 ハイテンションな、司会らしき女性の声が響き渡る。


 「お待たせいたしました! それでは午後の部、奴隷王の挑戦、開始でございます!!

 まずは参加者の説明から!!」


 歓声の中に、早くしろ、殺し合いを見せろ、と、いくつかの野次が飛ぶ。

 しかし、そんな野次など気にせず、むしろ清々しいほどの無視をして司会の女性の声が響く。

 最初は奴隷王の、そしてイオの説明が順々に行われる。

 奴隷王の説明が終わると、どうやら彼が舞台に、リングに登場したようで、まさに空気が割れるほどの大歓声が上がった。

 そして、司会によるイオの説明が終わる。

 それと同時にイオは、舞台へ飛び出した。

 歓声が上がる。

 まさに、五月蝿いほどの歓声が。

 そんな歓声に包まれて、イオは対戦相手の奴隷王と対峙した。

 ジャージのイオに対して、奴隷王の方は運営から指定がはいるのか、騎士のような衣装だった。

 昔、この帝国から世界へ、とある宝物を探すために派遣された勇敢なる騎士がいたという。

 その騎士が着ていた物にデザインを寄せてあるのか、奴隷王が着ているそれは、白を基調としていて胸の部分に赤く十字架が描かれている。

 その手には、細身の剣。

 実にミスマッチな組み合わせの死合であった。


 「それでは! 改めまして!!

 死合、開始でございます!!」


 高らかな宣言。

 コロシアムの熱狂は最高潮に達そうとしていた。



***



 「お、始まったねぇ」


 割り振られた作業を中断してわざわざ自分のデスクから離れ、彼にそんな声をかけてきたのは、イオにサインを強請り、手に入れたサラリーマンの男性だった。

 ちらり、と書類やら画面やらと睨めっこしている上司を一瞥して、その男性はイオに勝ったらご飯を奢ると約束した男性へ携帯端末の画面を見せてくる。

 動画投稿サイト設けられた、コロシアムの死合を毎日ライブ中継しているそのチャンネル。

 視聴者が感想を書き込めるようになっており、書き込まれた感想が動画の上を流れていく。


 「アハハ、イオさんってば学生が着るようなジャージ着てるよ」


 年下ではあるが、さん付けで呼んでいるあたり他人に対する経緯というか礼儀が伺える。

 

 「ま、動きやすいからな。それよりも、仕事しろよ。

 雷落ちるぞ」


 イオにご飯を奢ると約束した男性は、自分の仕事を淡々と片付けていく。


 「おや冷たい。どうなるか知りたくないのか?」


 「もし奴隷王に勝ったなら、ニュース速報が流れるだろ」


 「おいおい、こういうのはネタバレを先に知るんじゃなくて、過程を楽しむもんだろ」

 

 「…………」


 「お、奴隷王速い!

 ほら見てみろよ!」


 「……課長にぶん殴られるぞ」


***


 まず、先に動いたのは奴隷王だった。

 細身の剣を鞘から引き抜くと同時に、その姿が消えた。

 かと思うと、すぐイオの目の前に現れる。

 剣を無駄のない動作で突き出してくる。

 イオは咄嗟にそれを避けた。


 「あっぶねぇ!!」


 横に飛んで着地すると、冷や汗を流しながらイオは叫んだ。


 「規定には確かに動きやすい服装って書いてあるが、それにしてもジャージ着てくるバカは初めてだよ」


 そんなイオに奴隷王が言う。


 「アハハ、これ褒められたの初めてだ!」


 「褒めてないっ!! お前まだ子供だろ。ここはガキの遊び場じゃないんだ!!」


 苛立ちを隠しもせず、むしろ威圧的にそして脅すように奴隷王が声を荒らげる。


 「知ってますよ。ええ、よく理解しています。

 ここが殺し合いの舞台だって。

 毎日毎日、娯楽として人が人を殺し殺されて、退屈な、そう暇を持て余した一般人へのショーとして公開されていることを、よく理解していますよ。俺は、そのことを理解しています」


 逆にイオははやる気持ちを抑えるように、落ち着いた声音で穏やかに奴隷王へと返した。


 「そして、そうですね。俺は最近誕生日がきて十五歳になったばかりです。

 帝国では十八歳、いえ、二十歳で成人でしたっけ?

 たしかに、この帝国では俺は未成年、子供です」


 「その子供がなんで俺を指名して、挑戦を?」


 奴隷王が今度は剣を振りかざして、切りつけてくる。

 それをヒラリと避けて、イオは言った。


 「さて、何故でしょう?」


 イオの表情は命の取り合いをしているにしては、ずっと楽しそうだ。

 ニコニコと、元々が整っている顔立ちでさらに中性的だからか、美少女が微笑んでいるように見える。

 その微笑みを見て、奴隷王の表情が皮肉を含んで引き攣る。


 「自殺志願者か狂人か?」


 「アハハ、そう見えます?

 奴隷王さん、貴方からは俺はそう見えてるんですか?」


 「…………」


 「いえね、力任せに貴方を倒すにしても、ですよ?

 ここにお金払ってきたお客さんには楽しんでもらったほうがいいでしょう?」


 「お前は何を言ってるんだ」


 「本気を出してない貴方なんて、簡単に倒せるって話ですよ。

 運営からそういう制限でも受けてるんですか?」


 イオが声のトーンを真面目なものに変えて、そう奴隷王へ訊いた。

 奴隷王は、表情を固くする。


 「おや、その反応。前者か後者か。

 どちらにしても、やる気が無いってのが近いかな?

 図星ですか?」


 「ペラペラよく喋る小僧だな!」


 イオがそれまで立っていた場所を、奴隷王の剣が滑るように通過する。

 イオはそれよりも早く動いて、剣を躱すと、一気に奴隷王の間合いに入って、彼の腹を蹴り飛ばした。


 「アハハ、その速さじゃ俺には適わないです、よっと!!」


 奴隷王の体が吹っ飛んで、リングのロープに引っかかって止まった。

 観客席がシン、と静まる。

 後にざわざわと静かなざわめきが起こり、広がっていく。

 そして、大歓声。

 その歓声が、不意打ちすぎて驚いてしまいイオは少し体をビクつかせた。


 「え? え?」


 歓声の大きさに、イオが戸惑う。

 そこで司会の女性の熱の篭った実況が入る。


 『おおっとー!! まさかまさかの展開!!

 あの奴隷王に蹴りを一発入れたァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』


 歓声が五月蝿すぎて、イオにはその中に埋もれる声は届かない。

 ライブ中継されている動画サイトのコメントでも、驚きの声が続々と投稿されていることを、イオは知らない。

 各場所では、


 【あの奴隷王に一発かましやがった!!】


 【うぉおおおお!! すっげぇーー!!】


 【なんだよ、あのガキ?!】


 【はいはい、ヤラセヤラセ】


 弄れ、歪んだ物も含めて感想が飛び交い、動画コメントではかなり厚い弾幕が流れていく。

 

 「……あ、なるほど、そういうことか」


 奴隷王がロープからリングの床へ転がり、立ち上がるまでの数秒間、イオは何やら考えを巡らせていたが、やがて、その答えにたどり着いた。


 「そっか、なるほど、そういうことか」


 イオは自分のポンコツな脳みそが出した答えに一人納得している。

 おそらくだが、最初は挑戦者を油断させることも含めてサービスとして弱く振舞っているのだ。

 本当かどうかは知らないが賭場カジノで行われているらしい事と同じなのだ。

 最初は挑戦者を勝たせて、持ちあげる。

 そして気を良くして、気を大きくした挑戦者側が大金を賭けると負けさせて、儲けをかっさらうあの手である。

 これをこのショーでやったのなら、おそらく挑戦者側は下手すると心を折られてしまうことだろう。

 ましてや、これだけの観客だ。

 目立ちたがり屋が大抵挑戦するだろう、このショーで、大観衆の目の前で負けたとなったら、かなりの恥である。

 目立ちたがり屋とは、大概にして変に自信家であり、プライドが高い者が多い。

 所詮犯罪奴隷と侮って、痛い目を見ることになるだろう。

 それを証明するかのように、奴隷王への挑戦は久しぶりだという話をイオは聞いていた。

 ここしばらくの死合もマンネリ化していたとも、聞いていた。

 つまりは、そういうことなのだろう。


 「奴隷王さんも大変ですね。結局飼われている客寄せ道化師に過ぎない」


 「…………」


 奴隷王は無言のまま立ち上がる。

 そして、軽く肩を回しながらイオを見た。


 「で、マニュアルだとどれくらい耐えろって言われてるんです?」


 ニヤニヤと、イオが奴隷王を挑発した。


 「さて、ね」


 奴隷王が剣を構え直すのと、さっきのお返しだとばかりにイオの姿が消えたのは同時だった。

 

 「速いな」


 あっという間にイオがまた距離を詰め、奴隷王の近くまで接近して、彼の顎へ向かって足を蹴りあげた。

 しかし、それは防がれてしまう。

 イオの蹴りあげた足は、足首の所をジャージ越しではあるが奴隷王が片手で掴んでいた。

 

 「お、これを止めますか!」


 「……おい、お前、何者だ?」


 さっきまでの感情的な声はどこへやら、掴んだ手から伝わる感触の違和感に、奴隷王は静かにイオへ問いかける。

 ギリギリと締め上げているのに、一向に力が加わっている様子がないのだ。

 それこそ、足首が折れていても不思議ではないほどの力が加わっているというのにである。


 「外国からきた冒険者ですよ?」


 おどけて言って、イオは体を回転させつつ反対の足を蹴りつけた。

 当たるが、先程の勢いはなかった。

 しかし、それでも少しだけ衝撃はあったようでイオの足首を掴んでいた手が離れる。


 「……そのジャージ、なにか小細工してるな」


 すぐにジャージのことを見抜かれてしまう。

 しかし、イオに動揺などはなく、むしろ挑発するかのような視線を奴隷王に向ける。


 「それ言ったら、奴隷王さんのその衣装だって加工されてるでしょ。

 鎧ですよ。ジャージは制服と並んで学生にとっての鎧です。

 ま、俺はもう卒業したんで使い古しの鎧ですけどね」


 一旦間合いを取り、イオは楽しそうに、そして自慢するように自分の着ているジャージの説明をした。


 「着ている服に関してはお互い様ですよ」


 防御力をあげるために衣服にすら加工を施す。

 そんな当たり前のことを見抜かれたところで、痛くも痒くもない。

 

 「どこまで頑丈か、試してみます?」


 来いよ、犬っころ。

 奴隷王の耳に、そんな幻聴が聞こえた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る