第2話

「おや?珍しい。それどうしたんだい?」


「「さっき道でご婦人から預かったの!」」


声をそろえて二人は答える。

道で預かったという品物は手に収まるサイズの小さな巾着袋。

柄は和風。袋の裾の方にはイニシャルが縫われている。

どうやら手作りのようだ。


「ほうほう。どれどれ?」


店主はその巾着袋を受け取り、双子の方へと向き直る。


「んで、そのご婦人は何て?」


「「あのね!あのね!」」


双子の楽しそうな声が店の中に響く。

店主はこれは久々に楽しい仕事の予感がしたのかニコニコしながら双子の頭を撫でていた。




「んでさー…あいつ、学校休んでるからさー…何にもすることないからさー。」



「そうそう。最近暇だよねー。あいつ来なくなってからさー。」



「そ…そうかな。わたしは…」


ギロっと睨まれ、委縮する。

話を合わせないと今度はわたしが標的だ。


「そ!そうだよね!」


危なかった。逆らってはいけない。この子には。何されるかわからないもん。

そんな恐怖心と葛藤を抱えながら学校に通うのは苦痛でしかなかった。

だけど、休んだらもっと怖いことになる。

だから休めない。病気の時は仕方ないけど。

出来るだけ同意しておかないと。

早く下校時間になれ…と、毎日のように思っていた。

あの子が不登校になるまでは。



「マジあいつ何なの!うちらがいじめてるみたいじゃん!」



ある日の下校時間直前。

いつもの様に帰り支度をしていると、イライラしている声が聞こえた。

多分、不登校になったあの子のことだろう。

周りの子がまぁまぁとなだめている。が、ふと目が合ってしまった。


こっちに来ないで。もうすぐあなたから解放される時間なの…

お願いだから!!!


必死のお願いも空しく机の前をバン!と叩かれた。


「ねぇ。この後暇でしょ?うちらと一緒に帰ろうよー。」


口では笑顔を作っているが目が笑っていない。

拒否権はどうやら無いようだ。


結局、色々なところに連れまわされいつの間にか門限は過ぎていた。

早く家に帰らなきゃと思いながらも逆らえない。

どうして自分はこんなにも弱いのか…

下を向きながら二人の後に付いていく。

今日は帰ったらやりたいことがあったのに…

グッと唇を噛む。強くありたかったな…

ふと、前の二人を見るとあるお店の中を覗いていた。



「ねぇ。あれってあいつのじゃね?」


「え?ホントじゃん!どうしてここにあるのー?」


閉店間際だろうお店の扉を二人は開けて入って行く。

遅れたらいけないと思い慌てて後を追いかける。





店に入った瞬間、猫の鳴き声が聞こえた。

どうやら二人には聞こえて無いようだ。

不思議に思いながらも店内を見回す。

色々なものが売られているがどれもアンティークなのだろう。

歴史がありそうなアクセサリーや時計、家具などがひしめき合っている。

圧迫感を感じたりはしないが、視線が背後にはりついているような気がした。



「なぁ。これってあいつのじゃん。」


「ほんとだ。イニシャルも一緒だし。」


二人はショーケースの中にある巾着袋を指さしていた。

ショーケースを覗き込む。

確かに、あの子のだ。間違いない。でもどうして?

疑問に思っていると頭上から声が降ってきた。



「おや?この袋の持ち主をご存じで?」



あまりに突然だったので三人して固まってしまった。

顔をあげるとお店の人だろうか、胡散臭い見た目の人が話しかけてきていた。


「え!超イケメンじゃん!お兄さんここの人?」

「ほんとまじイケメンじゃん!えー!このお店早く知っておけばよかったー。」


二人はお店の人に向かってキャーキャー騒いでいる。

確かにイケメンだとは思うけど、何か引っかかる…

二人がガツガツと質問していく。

飄々と答えているのを見るにこの手のことに慣れているんだろうなと思った。

彼は店主で最近持ち込まれたこの巾着袋の持ち主を探しているらしかった。


「あたしたちこの巾着袋の持ち主のなんです!」


突然そんな事を言い出したので、心臓が跳ねた



そんな響きの関係じゃない。お前らは違う。


「その子学校を休みがちになってしまって、丁度プリントを届けに行こうと思ってたんですー。だから、そのついでにそれ渡しておきます!」


店主さんにいい子に見られたいのがバレバレで吐き気がしたが、巾着袋を届けに行くことには賛成だった。

あの子は大丈夫だろうか。心配なのは本当だ。



「じゃぁ、お願いしてもいいかな?」


二人は任せてください!と言わんばかりにルンルンで店を出る。




店を出るときにまた猫の鳴き声が聞こえた。

振り返ると店主そばのショーケースの上に黒と白の猫が仲良く寝転んでいた。



「ねぇ…ねぇって!聞いてる?」


店を後にしてからぼーーっとしていたのだろう。話しかけられていたことに気付かなかった。


「ご!ごめん!!何?」


「あんたの家って、あいつと同じマンションなんでしょ?だったらさ、エントランス開けてよ。そのまま届けたいし。」


わたしとあの子は一緒のマンションに住んでいる。

直接届ける…か。どうせ直接文句を言いに行きたいの間違いでは?

でも、逆らえない…

夕日も沈み月が出てしばらく経ってマンションに到着した。

仕方なくエントランスを開ける。


怒られるだろうな…こんな時間に行くの…


エレベーターに乗り303へ向かう。

階段でもよかったのだが歩きたくないというのでエレベーター。

だから、太るんだよ。心の中では思ったこと言えるのに…

深くため息をつく。

エレベーターはすぐ3階に到着した。



「ここだ。電気ついてないけどいるのかな?」


「いるでしょ。インターホン鳴らすか。」


インターホンを煩いくらい連打する。この時間に連打は近所迷惑だ。

だが、応答はない。


居ないんだ…


少しホッとして帰ろうと提案しようとした時

と玄関の鍵が開く音がした。


「やっぱいるんじゃん!おーい!お届け物しに来たよー!」


と、ドアを開けズカズカと中へ入っていく二人。その後を追い中へ入る。

ドアを閉め見回すも、部屋の中は真っ暗で窓から漏れる月明かりが唯一の明かりだった。

壁沿いに手を当て電気のスイッチを探すが見当たらない。

先に入った二人も見えなくらいの暗闇を照らしたのは、スマホのライトだった。


「こうゆう時スマホのって便利だわ。」


二人がスマホで照らしていた。

明るいとホッとするのは本当だったが今は明かりが無い方が嬉しかった。


「な…なにこれ……」


絶句する。冷や汗が一気に噴き出す。

壁や天井、床に真っ黒い手形がびっしりと隙間なく貼りついていた。


!!!!


慌てて玄関のドアに向かう。早くここから出なくては!

が、開かない。鍵もかかってないのにドアが開かなかった。

何かのドッキリかなんかだろう!?と叫んでいる声が途中で消えた。

もう一人の声もいつの間にか消えていた。


え?わたし…取り残された?


一気に緊張する。ドアはどんなに叩いたり蹴ったりしても開かない。

心臓の音が耳に響く。うるさい。うるさい。

ドアをどうにかして開けようとしている背後で微かに音がした。


ギギギ……ギギ……ギチ……


何かがこすれるようなそんな音。振り返る余裕はない。

だけど、首は後ろに引っ張られるように振り向いていく。

見たくない!見たくないのに!!

心とは裏腹に目の端にそれを見た。見てしまった。



驚きのあまり思いっきり振り向く。が、そこには何もなかった。

でも確かに見た。あの子だった。を再び見たのだ。


「え?どうゆうこと……あの時と同じ……?」


混乱した。あの時と同じってなに?

え?わからない。わからない!どうなってるの?なんで?どうして??


「ねぇ。覚えてる?あなたが悪いんだよ?」


混乱する頭を抱えていると上から声が降ってきた。

あの子の声だ。良く知ってるあの子の…


「あなたがあの時助けてくれたらこんなことにはならなかったのに。どうして助けてくれなかったの?ねぇ?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうしてどうしてどうしてどうしてどうしておうしてづしどうしどうしてどういえひ……」


「やめて!!!!もうやめて!!!うるさい!うるさい!!うるさい!!!」


立ち上がりリビングからキッチンへと向かう。そこにあるものを知っている。

乱暴に棚を開け包丁を取る。

うるさい。うるさい。うるさい。

お前がいなければ。お前がいなければいい。

わたしに標的が向かないようにしただけ。

そう。幼馴染だったけど売ったのはわたし。だって、怖いじゃん。イヤじゃん。

痛いのは嫌いだし。昔からあんた嫌いだったし。


ずっとだから!


なんて冗談だし。誰でもそうでしょ?

だから助けなかったの。うぅん。助けたかったの…

だからだから…


あなたの首に縄をかけて椅子から落とした


もがいてどうして?って呟いてたよね。

これしか方法が浮かばなかったの。ごめんね。

でも死にきれなかったよね!今からもう一度やってあげるから!


月明かりに照らされたあの子に包丁を振り上げ突き刺していく。

何度も何度も。血が色んなところに飛ぶ。壁、床、天井。

どんどん血に染まっていく。刺しても刺しても聞こえる。

どうして?ってまた聞こえたけど助けてあげるから。

今度こそ。





「先日は孫の巾着袋を届けてくださったようでありがとうね。」


「いえ!これがこの店の仕事ですから!」


ゴロゴロ…ゴロゴロ…

双子猫は今日もショーケースの上で寝転んでいる。


「やはり可愛いネコちゃんたちだ。手入れもされておる。」


「で、あれでよかったのですか?あの結末で。」


ご婦人は孫の無念を晴らせた気がするから。と笑い店を出ていく。

店を出た時にはもうどこにも居なかった。


「久々に張り切りすぎたかな。永遠と続く一日を与えるのは。」


だが、満足だと言ってもらえたし良かったのだろう。


「さぁ。次の仕事しますよ。」


猫たちに声をかけ店の掃除をする。

次の仕事は楽なのがいいなぁと思いながら。

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