奇奇怪怪

ねこへび

第1話

 う……うわぁぁぁぁ!!!


 誰か!誰か助けてくれ!こんなはずじゃなかったんだ。

 違うんだ!

 来るな!来るな……!


 すまなかった。俺が悪かったんだ。この通りだ!

 だから!だから…



 


「おい。ここで停めろ。」


男はぶっきらぼうに運転席へと声をかける。

車内から見えた一軒の店が気になったからだ。

この道は良く通るが、今まで見なかった。

いや、見ていたかもしれないが気にも留めていなかったのだろう。

とにかくその店が気になって仕方がなかった。


「ここで待て。すぐ戻る。」


道路脇に車を寄せ運転手が後部座席のドアを開くと同時に声をかける。

運転手はいつも通りの返事をし、運転席へと戻っていく。


ふん。愛想のないやつだ

仕事とはいえ少しは主人にいい顔くらいできないのか

まぁいい


心の中で悪態をつきながら店の扉を開けた。



扉を開け聞こえてきたのは2匹の猫の声だった。

2匹同時に鳴いたようで重なって聞こえた。

すぐ先のショーケース上に仲良さげに座っている。


「ちっ…ほらどけどけ。ったく、俺は動物。特に猫が嫌いなんだよ。」


猫たちを睨みつけながらしっしっと手で払う。


気になって覗いてみた店にまさか嫌いなもんがいるとはな

しかも2匹だ


いい気分になれるんじゃないか?

そうみたいに


にたぁと不気味な笑みが出る

あぁ嫌いなものはこうして……!


「おや?お客様とは珍しい!いらっしゃいませ!」


我に返り踏みつけそうになった足をおろし声のする方へ向き直る。

向き直った先には随分と奇抜な店主がいた。

例えるなら…例えるなら何になるのだろう。

人の形はしているが人ならざる何か。が妥当だろう。

不気味ではあるが不思議と惹きつけられる何かがある。


「私の顔に何か?」


気付けばまじまじと眺めていたらしい。


「この店は最近できたのか?」


「いえ?だいぶ前からここにありますよ?あー…きっと見えてなかったのですね」


見えてなかった?


どうゆうことか聞こうとしたが、猫が座って居たショーケースの中のあるものが気になった。

これは…


「おい!これはどうしてここにあるんだ!!」


「これとは…あぁ!これですね!これはですn…」


「何故ここにあるのか聞いている!!!」


「痛い痛いですから…今説明いたしますから放してください…」


ふぅ…っと荒げた息を吐く。

解放された店主を睨む。ここにあっていいはずのものではないものが

ショーケースに飾られているのだ。

説明してもらわなければ困る。


これはなのだから。


「不思議な話なんですけどね。今日の朝、店に匿名で届きまして。メッセージカードに店に並べて欲しいと書いてあったので持ち主様が取りに来られるのかと思い。」


「そんなでたらめ信じられるか!」


まぁまぁ。落ち着いてと店主はカウンターの下からメッセージカードと包み紙を取り出した。

送り主の住所や名前は虚偽であったことは調べました。と、店主は付け加えた。


「これに見覚えがあるのですか?」


店主の言葉にドキリとする。

見覚えも何もこれはだ。

それも、自分が送った世界に一つだけしかない指輪。

ただ、それは…


「おや!持ち主さまでしたか!いやぁ良かった!このまま売り物で出してしまうのはと思っておりましたので!」


一応、持ち主ということになるのだろうか。

だが、今は返してもらわないと困る。そう。確実に困るのだ。


「すまない。何かの手違いで大切な指輪がこちらに送られてしまったようだ。これは、返してもらえるのか?それとも金がいるのか?」


「いえいえ。お代は結構です!良かった。見つかって」


ご主人が見つかって?

あぁ持ち主のことか


ショーケースから指輪を出し箱に入れてもらい受け取る。

ほんとによかったですよーと何度も言う店主を横目にふと視線を感じ売り物であろう鏡に目をやる。


!?


一瞬だが何かが後ろにいた…気がした。はっきりと見えなかったので確信はない。

だが、絡みつくような視線は未だにまとわりついている。

ぞわっとしつつも店を出る。



今、猫の声とヒトの声が混ざって聞こえた?

が、考えすぎだと思い、足早に待たせている車へと戻った。



自宅へ着くなり急いで確認しなければならないことがあった。

妻の指輪を場所だ

乱暴に上着をソファに投げ捨て、庭を確認する。

掘り起こされた形跡はない。

だが、念入りに確認しなければ。


掘れども掘れども指輪は出てこなかった。


じゃぁ、今手元にあるものは本物…



いきなりの物音に心臓が飛び跳ね呼吸が荒くなる。

今、自宅には自分だけのはず。

お手伝いやらなんやらは数日休みを取るよう言いつけてある。

恐る恐る振り返る……も、何もない。

確かに何かが落ちた音はしたが、何か落ちた形跡はどこにもない。


「はぁ…」


疲れ切った体をソファに投げ出す


たかが妻の指輪が無くなったくらいで何を焦っているのか

馬鹿馬鹿しい

もう一度埋めるのも面倒だ

しばらくは持っておくか

持ちたくもないが


乱暴に投げた上着のポケットから箱を取り出し中の指輪を眺める。

指輪の内側にはイニシャルが彫られている

誕生石も埋め込んで…


「もっと従順な奴かと思ったんだがな。ふん。時間の無駄だったな。あー…俺も見る目無いな。」


指輪を見て思い出すのは愛想が尽きたことだけだった。

一日の疲れからか何も考える事無く段々と眠りに落ちていった……






音がして反射的に起きた。

二階の部屋のドアが閉まる音がした。

今ここには一人しかいないはずなのに。

心臓がドッドッと早鐘を打つ

落ち着け…きっと窓が開いていたんだ


「おい!二階のま…」


言いかけてやめた。

そうだ、今は手伝いも誰もいないんだった。

自分で確認するしかない。


ソファから体を起こし、二階へ向かう

もう結構時間が過ぎたのか、外は暗闇だった。

リビングから出るとそこは暗黒が広がっており、灯りを求めて手探りでスイッチを探す



ひたっ


何か冷たいものに手が触れ慌てて引っ込める

まるで氷を触ったかのような冷たさを感じ、一度リビングへ戻ろうとした時


「…なた………ぁ……た……」


背後から声がした。


壊れたテープレコーダーのようにノイズがかって聞き取りにくいが、紛れもなく妻の声が聞こえている

の声が背後からしているのだ

ずっと繰り返しと呼ぶ声が


振り向いたら終わる気がした

だが、振り向き居ないことを確認して安心したい自分もいた

しばらく背後からの声を聴きながら葛藤していると、ふと背後の声が聞こえなくなった。


しん…と静まり返った空間に安堵した時

耳元であなた…と、妻の声が聞こえた



「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



情けなく叫びながらはじかれたようにリビングへと転がり込む。


なんだ!なんなんだ!!

いない!いないんだ!!

お前はもういないんだよ!!

あぁ!俺はお前が嫌いになったんだ!

だから、何度も何度もんだよ!!

踏んで踏んで踏んで!イライラさせるお前が嫌いだったんだ!

そうだ…お前が悪いんだ……

お前が…



怒りに任せて部屋を調べていく

乱暴にドアを開け電気を点け中を確認し、また次の部屋へ

家中の灯りを点けて回る


「お前のせいだ…そうだ…」


ぶつぶつと呟きながら家中を回る

理性はどこかへ置いてきたかのように徘徊する姿は狂人だ


どこだ…どこにいる…

あいつをもう一度…もう一度やらないと…

どこにいやがる……


隈なく探したが居なかった

居るはずがないのだ

居てもらっては困る

二階を探し終え一階へと降りる



バツンッ!!!



階段を半分まで降りたところで視界が暗闇に囚われた

ブレーカーが落ちたのだろう。こんな時に

苛立ちながら階段を降りようと一歩踏み出したと同時に



ぁ…な……



背後と階下から同時に声がした。

ノイズがかった声

それは徐々に近づいてきていて、逃げようにも金縛りにあったかのように動けなかった

ひたひたと近づいてくる何かの気配

それは人のようで人ではない何か

見たくもない何か

だが、目をつむることすら許されなかった



は背後と目の前に居た



にたぁと笑うその顔はぐしゃぐしゃで原形をとどめておらず、まばらになった長い髪がべっとりと貼りついていてどこがどのパーツかわかない

ただ、口の形だけは笑顔の形で縫われていた

胴や手足もあらぬ方へと曲がり人としては成立していなかった



は縫われた笑顔の形のまま男に呼びかける




どうして……わたしを……



ぶつん



鈍い音がして意識が飛ぶ

意識が飛ぶ前に聞いたのはケラケラと笑う

の声だった





誰か!誰か助けてくれ!こんなはずじゃなかったんだ。

違うんだ!

来るな!来るな……!


すまなかった。俺が悪かったんだ。この通りだ!

だから!だから…



ドンドンと扉を叩くが誰も来ない

背後に!背後に奴が奴がいるのに!



「お願いだ!誰か!奴が!奴が!!!」




また、202号室の患者さんが暴れてるの?

はぁ…無視していいわよ。いつものだから。幻覚でも見てるのね。

先生に言ってお薬出してもらわないと。



ねぇ?あなたのとこのお隣さん自宅で発狂した状態で搬送されたって聞いたけど…


そうなのよ!雷のせいで停電になった日あるじゃない?

何か物凄い音がしてて、心配で見に行ったのよー

そしたら、妻が!妻が!!!って言いながら自分の頭を床に叩きつけてたのよ…

怖くてねー…すぐ主人を呼んで…


でも、お隣さん独身じゃなかったかしら?


昔、結婚していたみたいなのよ……

んでここだけの話、奥さん行方不明らしいのよ……

ここに引っ越してきたとき一回会ったきりで忘れてたんだけど……



あら!可愛い猫ちゃん!どこの子かしら!あ、行っちゃった

あ…そうそう!でねぇ……




「儚いですね。人は。噂もすぐ消えるでしょう。」


「えぇ。彼女はこれで満足でしょうか?」


「どうだろね。は叶いそうだけど。」



部屋の隅に落ちた指輪を拾い上げ満足げに仕舞う。

願いが叶ったのなら、我々としては良いではないですか。

それが仕事なのですから。


誰も居なくなった家を影と猫たちは楽しげに後にするのだった。

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