嫌い、大嫌い、大っ嫌い、でも好き

i & you

リントヴェノアの矛先

「僕らがまた会えるのならば」

「会うことが、許されるのならば」

「何度迷うことがあろうと」

「幾多の挫折が待っていようとも」

「いつか」

「いつか」

「「約束の、この場所で!」」


───テレビの方を見やって、ハァ、とため息をつく。これで何度目だろうか。

「激情ロマンチカ」───かれこれ五年前に連載を開始した漫画。そして、私が原作の───いや、私が原作を務めていた漫画。いた、という過去形がふさわしい。

原作担当の私と、作画担当の楓。二人が二人三脚で作り上げてきた漫画だった。だったのだ。けれど今は───。

別に、もう今更何かを恨んじゃいない。楓には楓の生き方があるし、私には私の生き方がある。人生は一度きりで、でも正解はひとつじゃない。それでも、妄想してしまうことが、ないわけじゃない。今も彼女といられる日々を。ありえざる可能性を、選ばれなかった選択肢を。

───それこそ、激情ロマンチカのような。


激情ロマンチカ。

規律正しく名門の中高一貫の男子校、綾通学院に入学した、元気が取り柄の主人公・花坂ミチル。彼は演劇部に入部し、そして無口だが才能溢れる逸材・枕木ジンと出会う。

正反対の性格に思える二人が舞台の上で心を通わせ合い、時には頼れる先輩達、そして可愛い後輩達との絆を深め、二人がかつて

思い描いた、「約束の場所」を目指す。


と言った物語で、累計発行部数は三百万部を超えるヒットを記録している。

その中の、第17話。

学年別対抗戦に敗れ、退学になった枕木ジンを止められなかったと嘆くミチル。

そんな彼が、並行世界を渡りあるいてきた「裏姫先輩」から、「世界を渡る」提案をされる回。

今になれば、その気持ちは痛いほどわかる、というか。───今の私なら、間違いなく誘いにのるのだろう。彼女のいない世界は耐えられなくて、あまりに───あまりに冷たいから。

自分の過去の作品に共感するだなんて、読者としても作家としても恥ずかしくって言えやしない。まぁ、今は自分の物ではないのだけれど───。

そこまで考えて、また深いため息を一つ。

「翼が折れた───」


楓と私が出会ったのは十二歳の頃。今、思い返せばありありとその光景は思い浮かぶけれど、それは遠い遠い昔の出来事のようにも感じられる。お嬢様学校、と言えばいいのか、地元では名門校と呼ばれている、その中学校の、受験当日。1月17日。寒さに悴んだ指に息を吹きかけて、温める。

「カイロ、使う?

「いい。眠くなるから。

「あらそう。

母との会話をそっけなく済ませ、先ほど自販機で購入した紅茶のボトルの蓋を開ける。

「あと五分で開場らしいわよ

「そう、なんだ

「お母さん、向こうで待ってるからね、頑張ってきなさいよ

肩をポン、と叩く。

先ほどから続くこの震えは、きっと寒さのせいだけじゃない、ってことには目を逸らして、

「うん」

と、そう答える。うまく返事できていただろうか。

しばらくして、係員の声が聞こえる。受験番号に合わせて、席に座ってくださいね、とかなんとか。案内されるがまま、教室へ向かい、着席する。

参考書を開く気にもなれず、ただ突っ伏していた私に、ツンツン、と指で突かれてとびおきた。左を見ると、髪の短く、端正な顔立ちで、無邪気さと凛々しさが同居したような、そんな美しい少女がこちらを覗いていた。

「あなた、勉強しなくていいの?

「わたし?ううん、する気になれなくて。

でも、あなただってしてないじゃん

「私も同じよ。ただ、その

「どうしたの?

「その…あなたが涎を垂らしてあんまりにも気持ちよさそうに寝ていたから

「うそ、よだれ垂らしてたの、わたし?

あわてて口の周りをゴシゴシ

「ふふっふふふふ

あはは、はははは

二人して笑う。先程までの緊張は一体何処へやら、気持ちが羽のように軽くなった。

「あのね

「なあに?

「入学したら、ここ、入らない?

パッ、と携帯の画面にウェブサイトが表示される。どうやら、この学校の文芸部らしい。

「ぶんげいぶ?

「おはなしを、つくるところよ

「いいね、それ!

「じゃあ約束。かならず、一緒にお話作ろうね

「どんなお話がいい?

え?

「わたしはお姫様が王子様と結婚するお話!

「あはは、ありふれてるね

「うん!でも、ハッピーエンドしか、ありえないから!

「そっか。私は───」


そして、私たちは───離れ離れになった。ひと時交わった線は、また互いから離れるように遠ざかっていく。

多くの保護者、卒業生、そして新入生が集う入学式で、彼女は舞台の上へ上がった。


新入生代表、愛縁 楓です。


緊張なんか微塵も感じさせない、凛々しくもお淑やかなその立ち姿。

最初から最後まで、ずっと前を走っていた楓。

彼女の行く末に───幸あれ

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