異世界で小学生やってる魔女
ちょもら
第一章 魔女と子宮を失った彼女
プロローグ
前書き
こちらの作品に興味を持っていただきありがとうございます。起承転結のうち起承が弱いのは自覚しています。ですがもし序盤でつまらないなと感じてもなんとか最初の10ページまでは前座の登場人物紹介だと思って読んでみて欲しいです。11ページ以降は読んで後悔させない自信があります。27ページで第一話は終わるので、読み終えた後に評価や感想を頂けるととても励みになります。どうかよろしくお願いします。
またあらすじにも書いてある通り、基本はほのぼの日常物で進めるつもりですが、第三話だけは例外です。別作品レベルで過激な展開や鬱展開が続きます。私としては177〜182ページ、193〜197ページ、205ページ辺りが特に際どいと思うので、あらかじめこの辺を読んでみた上でこの作品を読むかどうか判断するのもオススメします(ある程度のネタバレにはなってしまいますが)。それだけ第三話は他の章よりも異質な内容になっていますので…。R15設定も第三話だけの為につけました。
本当に残酷で救いのない話だとは思いますが、しかし第三話は数年前にとあるラノベの新人賞でかなり惜しい所まで進む事が出来た自信作を改変したものでもあります。道徳的にも倫理的にもアウト過ぎる描写や展開がマイナス評価となってしまいましたが、それでも私の書きたい物を書き切ったつもりです。三話まで道のりは長いですし、第三話を読んだら様々な方を不快にさせるであろう事もわかっていますが、批判や中傷的な意見が来るのを覚悟した上でも読んでいただきたいお話でもあるので、どうか序盤10Pでつまらないなと思っても、信じてそこまで読み進めていただけたら嬉しいです。
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「寄生虫みたいな子」
私は満月のように丸く膨らんだお腹を摩りながら呟いた。宿主に寄生して一方的に栄養を吸い取る寄生虫。この寄生虫と宿主の関係は、胎児と母体の関係にもそのまま当てはまるように思えてしまうのは私がおかしいからなのかしら。現に私はこの子を身篭った事で何かを得られたと感じた事なんて一度もないし、実際に得られているわけでもない。ただただ一方的に栄養と酸素を奪われているだけ。
このお腹に命を宿した時から、私はこのお腹に好意的な気持ちを抱いた事がない。望んだ命でないのだから当然だ。しかしいくら望まなくても人口維持の為に産まなければならない。それが私達、魔女の掟の一つだから。
どこかの異世界から適性のある男を連れ去り、監禁し、飼育する。それを種馬として扱い私達魔女は子を孕む。雌だけで構成された私達魔女は、そうやって人口を維持する。その一連の流れに私達の意思が介入する余地はない。望んでいようが望んでいまいが、魔女達は皆そうしなければならないのだ。そういう生き方を何年も、何百年も、何万年も続けて来たのだから。
そうやって出来た子供に愛着を持てないのは当然の事だと私は思う。それにこんな思いをして産んだ所で、どうせこの子はすぐに親元を離れていくのだ。
魔界の住人は皆幼い頃に親元を離れ、一定期間魔法の存在しない世界で修行をする事が義務付けられていて、その修行の結果によって将来の地位が約束される。
私達魔女の場合は娘が四歳になるまでは自分の手で子供を育てるのだけれど、四歳から十歳までの六年間は娘を魔法の存在しない異世界で生活させ、自分の正体を隠しながら魔法の訓練に励んでもらわなければならない。ただでさえ望まない妊娠なのに、苦労して産んだ子の一番可愛い時期と触れ合う事も出来ないなんて、これでどうやって我が子に愛着を持てと言うのやら。……ま、異世界留学そのものは楽しいものではあったけれどね。
魔法の訓練と言ってもそんなに難しいものではない。留学初日に渡されるマニュアル書通りに訓練を行えば、誰でも大抵の魔法は使いこなせるようになるものだ。問題なのは年に一度行われる年度試験と、月に一度提出しなければならないレポートの方。
これらは魔界帰還後の階級にもろに直結するとても大事な課題である。特に年度試験は一度でも不合格ならその時点で魔界へ強制送還だもの。私は全六回のテストを全てパスしたエリートだから、この子も同じように六回のテスト全てに合格しなければ、私と同じ街で暮らす事も許されないのだから大変だわ。ごめんなさいね、お母さんが優秀なばかりに……。
果たしてこの子は六年間の異世界留学をまっとうする事が出来るのかしら? もしも出来たのなら私と同じ上位階級の魔女として、生きる事に不自由せず、贅沢もそこそこに嗜めるくらいには良い人生が送れるのだけれど。
……まぁそんな人生が楽しいのかと言われると、素直に首を縦に振れないのが現状だけれど。確かに私は生きる事に不自由を感じた事がないわ。でも下位階級の魔女よりも厳しい掟に縛られたこの街は、不自由以外の何者でもない。
「自由かぁ……」
ふと考えてしまう。掟に縛られるのが嫌なら破ってしまえばいいのではないかと。簡単な事だ。やるなと言われている事をやるだけなのだから。子供にだって出来る簡単な事。例えば……そう。掟で産まなければならないこの子の命を、今この手で絶ってみせたりとか。上位階級の魔女である私ならいとも容易く行える事だ。
ならばどんな風にこの子を堕ろしてしまおうか。透過魔法で子宮の中を確認しながら切断魔法で胎児を切り刻み、仕上げに念動魔法で引っ張りだす? それとも念動魔法で子宮頸管を徐々に拡げて、緊張魔法で子宮を収縮させる自然分娩に近い感じで堕ろすのも悪くはない。どちらにせよ痛みは伴いそうだし抑制魔法での神経活性の低下は必須だろう。もしかしたら鎮痛程度では耐えられない痛みに襲われるかもしれないし、どうせなら一時的に憑依魔法で意識を別の容れ物に移してしまうのも悪くはない……、が。
「なーんてね」
私はポンと、軽くお腹を叩いた。
「冗談よ。確かに私は掟が嫌いであなたにも愛着はない。けれどあなたの事が嫌いなわけではないわ。あなたとはまだ会ってもいないのに」
そしてまだ見ぬ我が子の頭を撫でるように、お腹を優しく撫で回す。
「……まぁあなたが産まれた後、あなたと直接会ってみたらどうなるかはわからないけどね。もしもあなたが私の嫌いなタイプだったらその時は……」
不思議と言葉も知らないはずのお腹の中の子供が怯えているような気がした。
「これも冗談でしたー」
私はそんな一人芝居が面白おかしくなって一人でクスクスと笑いだしてしまうのだった。あなたがどんな子なのかはわからないけれど、あなたは紛れもなくこんな捻くれた母の子としてこの世に生を受けるのだ。きっと途方も無い苦労を強いられるんだろう。この母のように。
「異世界留学かー」
いずれこの子も歩む事になるであろう試練を想い、ちょっとした昔の事が脳裏によぎった。小さかった頃、他でもない私自身が体験した異世界留学の思い出。私が留学した魔法の存在しない異世界は、私達同様の人型の種族が繁栄する世界だった。彼らは私達のような魔法を扱う事は出来ないものの、驚異的なまでの繁殖力と団結力で地上を支配した種族。魔法使いの女性は十年に一度の周期でしか排卵が起こらないのに、その世界の女性は月に一度もの頻度で排卵が起こると言うのだから驚きだ。
あの世界は刺激に満ち溢れていたなー。魔法を使わずに火を起こせるし、遠くの相手と連絡も取れる、空だって飛べれば、人を簡単に殺められる武器を安価で誰でも手にする事も出来る。もっとも、それらの技術は私達魔界の住人からすればロストテクノロジーと呼ばれる代物なのだけれど。
私達魔界の住人は科学の力が使えないのではなく使わないのだ。万能とまでは言わないけれど、魔法の方が遥かに科学よりも優れているから。とはいえ本の中でしか読んだ事のないロストテクノロジーに触れられたあの時の新鮮さは今でも忘れられない。
私はそんな刺激溢れる世界で暮らし、正体を隠しながら魔法の訓練を続け、好きな人とかも出来たりして。……でも、結局甘いラブストーリーなんかは起こらないままに留学は終わってしまった。理由は単純明白。それが私達の掟だからである。
結局、そう言う事なのだ。掟を嫌だとは思うし、いっそのこと破ってしまおうかと考えた事は星の数ほどある。けれど私は実行しなかった。掟を破るのが、掟を破って罰せられのが怖いからだ。法というのは正義ではない。国民を国家が望む模範的な人物に仕立て上げる為の呪縛なのだと私は思っている。私があの人と結ばれなかったのは、そんな呪縛に囚われていたのが最大の理由。……まぁ、彼に気持ちを伝える勇気がなかったというのも大きな理由の一つなのだろうけれど。
「あなたもきっと、異世界で誰かの事を好きになるのだわ。たくさんの異性がいる世界で誰も好きにならないだなんて嘘だもの。恋も知らない女の子ならなおのこと」
そして、きっとこの子も傷つきながら帰ってくるのだろう。私と同じように。私が経験したように。私達魔女が経験したように。その時、グズグズに悲しみながら帰ってきた我が子を慰めてあげられる母になる事。それが私に課せられた使命なのだろうけれど、果たして私にそんな事が出来るのかなんて想像もつかない。この子を愛せるかどうかもわからないくらいなのだから。
「……あら?」
その時。ゴトン、と。突然一冊の本が私の目の前に落ちてきた。私はこの本を知っている。白一色の表紙に『母の書』とだけ書かれたこの本を。毎月妊娠した魔女に送られてくる、妊婦の生活だの子供の社会保障だの育児のあれこれだのが書かれたものである。
「ゼルル」
私は魔書を取り出し念動魔法を使う。すると母の書はふわりと宙を舞い、ゆっくりと私の方へ飛んでくる。私はその本を空中で手に取り、ページをめくった。
先月の内容は三歳までの育児についてが記されいた。そして今回の内容はと言うと、まさに今私が考えていた異世界留学に関しての情報が記されている。
「……へぇ」
かつては異世界留学を体験する身だったけれど、いざ自分が送る番となると視点が変わって色々と興味深いものだ。異世界留学を始める時期、留学先の異世界と国の選定、ホームステイ先の選定などなど。色々決める事の多い事。
留学先の方は私自身ニホンという国に留学していたのだし、この子に色々なアドバイスが出来ると言った理由からもきっとニホンを選ぶ事になるだろう。面倒なのはホームステイ先の選定だけれど……。
ホームステイ先でこの子の保護者役を請け負う人物は、魔女っ子が唯一現地で自分の正体を明かしても良い人物である。留学が始まるまでに私が何度か人間界に赴き、相手の方と面談をしなければならないのだ。
一ページ、また一ページ。私は当時の事を思い出しながら本のページをめくっていく。何年も、何百年も、何万年も続く魔界の風習だ。昔と何も代わり映えがないし今更物珍しいものでもないが、当時の記憶がページをめくる手に拍車をかける。そして。
「ん?」
自分の頃との違いに目が止まったのは、本を読み進めてからしばらくが経った頃だった。
「あら? 確かこれって私の時は……」
どういう事だろうか。もしかしたら世代によって留学の内容に多少の変化はあるのかもしれないけれど、しかしこれはいくらなんでも……。
異世界留学では留学先の知的生命体に己の正体を明かしてはならない。であるにも関わらずこの内容が事実なら……。なんて酷い事をするのかしら。
「まったく。新しい魔女元帥様は何をお考えなのかしらね?」
異世界留学を履修した数百名の魔女っ子の中で、最も優秀だと判断されたたった一人だけが得られる称号、ディナリー・ウィッチ。現在の魔女元帥様は歴代ディナリーの中でも最優秀だと言われており、私はあれを魔女というより魔王のようだとさえ思っている。それでいて私と同い年の同期と言うのだから生まれ持った才能というのは不公平極まりない。
彼女が新魔女元帥になってからは色々と摩訶不思議な掟が追加されているのだけれど、はてさて。
「あなたはどう思う? ホリー」
私は既に決めてあるお腹の子の名前を呟きながら、彼女にも尋ねてみた。心なしか、ホリーはまだお腹の中で怯えているような気がする。なんとなくだけれど、この子はきっととても面倒な性格の子になるような気がした。面倒な性格な私に育てられた、それはそれはもう面倒な子供に。
この先、こんな気紛れな母に振り回されるであろう我が子を憂う。そんな気苦労をかける我が子の為に、私は子守唄を歌った。昔、私が異世界留学で滞在した国で覚えた歌を。
ニホンという国はとても貧しい国だった。……というより、たまたまその時が貧しい時代だったのかもしれない。あの人はそんな貧しい時代に生きながら、私の為に大金をはたいてラジオを買ってくれた。これはそんなラジオから流れた異国の音楽。魔界とかけ離れた文化に馴染めず、当時流行していた歌謡曲という歌を理解出来なかった私は、この異国の音楽をとても気に入ってしまったの。
きっとあの人はもう、死んでしまっているのだろうけれど。
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