憧れのヒーロー

あまたろう

本編

 「よし」

 スーツを着てストレッチ。

 控室の窓から客席を見て集中するのがいつものルーティンだ。

 「先輩、頑張りましょうね」

 舞台を共にする後輩が声をかけてくる。

 「……がんばれよ」

 俺がこの世界に入るきっかけとなった先輩が声をかけてくれた。

 「はい、がんばります」

 俺が憧れたヒーロー。

 正確にはヒーローショーだが、子どものころ毎日ここに通ったことを覚えている。

 この時の戦隊ヒーローをしていた人に憧れて、同じヒーローショーに出るようになってから数年、今日が最後の舞台となった。

 デパート屋上の閉鎖。

 周りのデパートでも、屋上広場の閉鎖が相次いでいたため、ここも時間の問題だと思っていたが、いざこの日を迎えると寂しさもひとしおだ。

 だが、今日観に来てくれている子供たち、そして最終日というのを聞きつけて足を運んでくれたかつての子どもたちのためにも、今日を全力で演じ切る。


 ショーが始まった。俺は戦隊ヒーローの赤、すなわち主役だ。

 何度も演じた舞台、もはや体が動きを覚えている。

 今までのことを噛みしめながら。

 子どもの歓声、自分もかつて観に来たショーのこと、そしてその憧れの役者さんに運よく再会し、演技を教えてもらったこと、ショーで出会った妻のこと。

 涙で前が見えなくなる。



 そして最後の出番が終わろうというとき、それは訪れた。



 ある意味見慣れた味方のヒーロー。

 だがそれは舞台の上から見慣れたものではない。

 「え?」

 一瞬頭が真っ白になった。

 「もう一人ヒーローが出てきたよ!」

 「見たことないヒーローだ!」

 「こんど出てくる新しいヒーロー?」

 観客の子どもの声で我に返る。

 いわゆるザコ敵と戦うシーンのようだが、明らかに俺の舞台のものとは違う。俺は一体どうしてしまったのだろうか……いや、違う!

 これは、俺が子どものときに見に来ていたヒーローショーだ!

 子どものころ、無料だったこともあり毎日通ったヒーローショー。

 全体の流れも、ヒーローの動きもすべて覚えている……が、たった1回だけ違うプログラムで行われた日があった。

 赤いヒーローだけが別の戦いに行っているからという理由で、急きょヒーローが4人だけで行われた舞台があった。

 そのはずだったが、途中で見たことのない赤いヒーローが突然現れて、結局5人で戦ったことがあったっけ……。

 理解が追い付かないが、それなら俺が取るべき行動は……。

 このときの赤のヒーローの動きは毎日観ていたから完璧に覚えている。家で真似していたからだ。

 他の役者さんは、そんな俺の動きに最初こそ驚いた様子を見せたが、すぐに俺の動きに合わせてくれた。

 デパート屋上のショーとはいえ、さすがプロの役者さんだ。

 その後も俺は完璧に赤のヒーローの役目をこなした。見た目こそまったく違う時代の赤のヒーローだったが。


 「いやあ助かったよ。今日は赤のヤツが急に熱を出してさ」

 話しているのは青いヒーローの役だった役者さんだ。そういうことだったのか。

 「責任感の強いヤツでさ、ここには来たんだが、さすがにやめとけと言って休ませたんだ」

 そうして奥を指さすと、そこにはかつて俺が憧れた、今日本来出る予定だった舞台前に励ましてくれた師匠ともいえる先輩の役者さんだ。

 「ありがとう、助かったよ」

 ……若い。やはりそうだ。俺はどういうわけかあの日にタイムスリップしてしまっていたらしい。

 俺のあこがれだったヒーロー。

 そして、この舞台を子供のころの俺も見ていた。あれは俺だったのか。

 「何で君はそんな姿を……? それに、今日の動きを見ていたが、完璧だった。君は一体……?」

 俺は彼に2人で話がしたいと告げ、彼も了承してくれた。仲間の役者さんにお礼を告げ、彼と2人で控室に入る。

 「本当に今日はありがとう。君はどこかの役者さんかい?」


 俺は自分の身に起こったことを彼に話した。もちろんなぜこんなことになったかはわからないが、少なくとも自分の身に起こっている事実は包み隠さず。

 「……というわけで、未来の俺には……というよりも、他の役者さんにもこのことは最終日の公演終了までは秘密にしておいてください」

 「まいったな。こんなすごい話をそんなに先まで誰にも話さずに秘密にしておかなければならないなんて、ひどい話だ」

 師匠は苦笑いだ。

 「最終日など来てほしくはないが、この話を未来の君とできるなら、最終日もそういう意味では楽しみだともいえる、不思議な気分だ」

 その気持ちは何となくわかる。

 「そして、君は毎日観に来てくれていた子なんだな。その子が僕に憧れて同じ舞台に立ってそれを守ってくれていたという事実だけでも涙が出そうだよ」

 その言葉を聞いて、俺の方が涙を流してしまった。

 「わかった。その日まで僕もこの舞台と約束は守るよ。そしてこの時代の君が大きくなって僕のもとに来てくれることも、このことを未来の君と語り合うことも楽しみに待っているよ」

 ありがとうございます、俺が言うとともに目の前が暗転した。


 再び目を開くと、俺の時代に戻ってきていた。

 こちらの時代では、俺が消えていたことにはなっていなかったらしい。

 タイムスリップした直後のタイミングのようだった。

 何だかわからないが、俺はこちらでも最後まで全力で演じた。


 終わったあと、俺は師匠と話した。

 「戻ってきましたよ。あの時の話をしましょう」

 「え?」

 師匠はきょとんとした顔をしている。

 「最終日ということではなかったのかい?」

 「え?」

 今度は俺がきょとんとする番だった。

 「ここの舞台を閉める予定はまだないんだが……」


 その瞬間、俺は意味を理解した。

 師匠は約束と舞台を守り続けてくれたのだと。

 屋上の閉鎖をすら止めてくれたんだと。

 それでは、俺の見たかつてのヒーローは誰だったんだ?

 あれが規定事項だったのだとすれば、あれだけでは歴史は変わらなかったはずだ。

 師匠を見ると、軽くウインクをしていた。……初めて見た。

 なんにせよ、ひとまず舞台は続くようだ。

 よくわからないが、もう少し夢の続きを見ることにしよう。

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