救済

王生らてぃ

本文

 小さい頃から、カナちゃんはわたしのノートや上履きを隠したり、わたしに雑巾バケツの水をぶっかけたりする。小さい頃からそれが当たり前だった。小学校になっても、中学に上がっても、それは変わらなかった。

 いつだかは、階段でわたしの足を引っかけて転ばせて、足の骨を折ったことがある。

 いつだったかは、学校で一番人気の先輩に告白させて、わたしを笑いものにしたこともある。

 でもカナちゃんは要領がいいので、わたしにしていることが明らかになることはなかった。



「ねえ、これ、どういうことなの?」



 高校に上がって新しくクラスメイトになった小宮さんが、スマートフォンの画面をおもむろにわたしに見せた。そこには、わたしとカナちゃんが映った写真が何枚も並べられていた。カナちゃんがわたしにバケツの水をぶっかけてる写真、カナちゃんにブレザーの上着を引き裂かれている写真、カナちゃんにカッターで背中を切られている写真。

 どれも、隠し撮りみたいなアングルで撮られている。



「どういうこと、って?」

「あなた、いじめられてるんでしょ。ううん、これなんか犯罪だよ。なのに、どうしてあの子、何も言われてないの」

「……、」

「おどされてるの? 何か、弱みを握られてるとか? だったらだいじょうぶ、わたしに任せて。これだけ証拠があれば、あの子を追い込むなんて簡単だよ」



 小宮さんはふふんと笑って胸を張った。



 次の日は何故か臨時休校になり、その次の日からカナちゃんは学校に来なくなった。

 なんとなく、みんながわたしを、遠巻きに見ているような気がする。



「よかったね」



 小宮さんがわたしに笑いかける。



「何が……?」

「あいつ、いなくなって。これからはもう大丈夫よ」

「だいじょうぶって、何が?」

「だから、あいつはもう、この学校から追っ払ってやるから。あんた、ず~っとあの子にいじめられてたんでしょ。今まで誰にも守ってもらえなくて、つらかったと思う。でも、わたしは違うよ、私はあなたのこと守ってあげるからね」

「……、」

「なんなら、今日からわたしの家に来てもいいよ。あんたの家、勝手に合い鍵作られたりしてるでしょ。何かあってからじゃ、遅いからね」



 勝手に合い鍵が作られてるなんて初めて知った。






 数日たって、カナちゃんが亡くなったという話を聞いた。

 自宅が火事になって、家族まるごと焼け死んでしまったらしい。カナちゃんの家は歩いて十分くらいのところにあるから、すぐにその話は耳に入ってきた。



「あーあ。あいつ死んじゃったんだ」



 小宮さんがわたしの席のそばに来て言った。



「よかったね、ほんとうに。これでもう、ずっと安心だね」



 なにが安心なんだろう。



「なんで……カナちゃんが死んだっていうのに、そんなこと言うの?」

「え?」

「カナちゃんは、わたしがいないと、ダメだったのに……わたしのことをいじめてないと、どこに行っても、何をしても、ダメな子だから……だから、やりたいようにやらせてあげていたのに……」

「あんな女、どうだっていいじゃない」



 小宮さんはわたしの目をぐいっと覗き込んだ。



「あんなクズ女のことなんか、忘れちゃいなさいよ。あんたに必要なのはわたし。あんたを、いじめっ子から助けてあげたわたしなのよ」

「カナちゃんは、クズなんかじゃ、ないよ。わたしをいじめていないと、いる意味がないだけ……」



 カナちゃんのだった席には、花瓶も置かれていない。

 ただ、誰かの書いた相合傘の落書きだけが、隅っこに小さく残っているだけだ。

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救済 王生らてぃ @lathi_ikurumi

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