第39話
デキウス二世がまだ闊達で目に輝きがあった時、彼は一人の少女に恋をした。
否、愛した。
恐らくそれがデキウス二世にとって最初で最後の愛だ。
そもそもデキウス二世がエルドリアの王になれたのは奇跡のような偶然が重なったからだ。
一〇年前、エルドリア王国は隣国ラテリアと強国ローデンハイムの二国と戦争状態にあった。
王位継承権の高かった本来の王族達は二国が放った刺客に倒れ、結婚もせず戦場で剣を振るっていた変わり者のデキウス二世の継承権が跳ね上がった結果である。
敵国達を退かせて我に返ると、エルドリアの王冠を置く頭はデキウス二世の物しかなかった。
エリザベトに取って好機だった。
デキウス二世が元々持っていた小さな領地は彼女の領地の隣であり、彼とは面識があった。
彼女は決まっていた結婚を反故にして、デキウス二世の元へ走った。
王となる男は、彼女が思っていたよりも変わった人物だった。
戦場で幾人もの敵の首を上げた逸話が嘘のような、無邪気でよく笑う青年だ。
「結婚したら女と遊べなくなるだろ?」
と、貴婦人達が顔をしかめる男の本音を平気で口にし、実際幾人もの女性との浮き名を流す伊達男だ。
エリザベトの心は一瞬で掴まれた。
何より、この男を落とせば王族になれる。エリザベトは容赦なくライバルをけ落とし、ようやく彼の目に入った。
デキウス二世のベッドで抱きしめられ、一晩中可愛がられた。
だがここでエリザベトの運も途絶える。
一人の少女の輝きにデキウス二世が虜になったのだ。
ソフィア・ボーダー。
ボーダー家、この国を守る要の一族に生まれた娘だ。
ソフィアはエリザベト達と違った。
彼女は権力など望んでいなかった。
故に、貴婦人達の間で遊ぶデキウス二世にはっきりと諫言した。
その時、ソフィア・ボーダー一八歳。
小娘による非難、王の気分によっては極刑もあり得る。
だがデキウス二世は違った。
彼女に魂を奪われてしまった。
デキウス二世はすぐにソフィアを妻に、王妃にしようと動いた。
エリザベトの一族・ラストール家が放った『耳』はすぐに事態を把握した。
嵐のようにエリザベトは怒り狂乱する。
エリザベトが次期王に抱かれたと知るラストール家の当主フレッドも妙な期待をしていたらしく、彼女に呼応し謀略を尽くした。
王と言えど簡単に結婚は出来ない。
まず諸侯や領主達を納得させなければならない。
間隙を縫い、ラストール家はボーダー家に反逆の汚名を着せた。
ボーダー家は武門の出で、配下にボーダー騎士団と呼ばれる強力な戦闘集団がいた事が幸いした。
元よりエルドリア王国は直前まで戦をしていた、彼等が武装しているのは当たり前だ。
が、それを証拠と言いがかりを付け、ボーダー家が玉座を狙って反乱の用意をしている事実は公然の物となった。
勿論、この無茶苦茶なやり方に四方八方から異論は出た。
だが至る声を、ラストール家は肥沃な領土と貯め込んだ財産を武器に黙らせる。
ソフィア・ボーダー含めたボーダー一族の処刑はすみやかに行われた。
デキウス二世が介入する前に。
一連を後に知ったデキウス二世は目の煌めきと笑顔、魂を失った。
エリザベトとの結婚を承諾したのも、彼にとってはどうでもよかったからなのだろう。
……なれどっ!
エリザベトは心の中で吠える。
……私は今はエルドリアの王妃!
手にした扇で乱暴に己を扇ぐ。
ソフィアの、ボーダー家の血の臭いを吹き飛ばすかのように。
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