第37話

「お口に合いませんでしたか?」

「いや、美味しいです」亮平はデレッダの心配顔に、無理にかき込んだ。

 数日、川中亮平はデレッダに色んな話を訊いた。

 どうやら自分は異世界とやらに来てしまったようだ。何故そうなったかは分からないが、デレッダの姿と話しを総合すると、結論は一つにしかならない。

「リョウヘイはどこから来たの?」

 デレッダも彼の姿から疑問を持ったらしく質問して来るが、『異世界』とのワードがどうしても彼女には理解できないようだ。

 ……しかしどうする?

 亮平は悩む。異世界からの帰り方など高校一年生に分かるわけがない。大人でも同様だろうが。

 ……そう言えば……。

 彼は思い出していた。

「他の二人……」

 恐らく亮平をこの世界に転移させたのだろう赤い髪の女は言っていた。

「まさか……それは蒲生さんと橙夜か?」

 だとしたら何とかしてやらないといけない。蒲生さんは見目麗しい女の子だし、幼馴染みの橙夜はいまいち頼りなく、彼がいないと難儀するだろう。

 ……しゃーねえ、明日から探すか。

 が、出発は遅れた。どうしてかデレッダと離れたくなかった。

 今まで色んな女の子と付き合ってきた亮平だが、陽の光のような笑顔と匂いを持つ少女は初めてだ。しかもデレッダには可愛い女の子特有のスレがなく、計算ではない謙虚さがある。

 彼は悶々として数日悶え、答えを出した。

 ……そうだ! デレッダも連れて行こう! デレッダはこの田舎しか見たこと無いからきっと喜ぶぞ!

 出来なかった。

 炎が亮平の周辺を這い回っていた。

 何が起こったか……よく分からない。

 ただ数分前、デレッダが緊張した面持ちで、

「ラストール家の騎士様達が来てます……最近あの人達の評判は芳しくないので、もしもの時の為に逃げる用意をして」

 と囁いた所までは覚えている。

 後は悲鳴、そして鮮血。

 村人達が鉄の鎧を着て馬に乗った連中にゴミのように殺され、デレッダは騎士の一人に馬上から飛びかかられ、あっと言う間に服を引き裂かれた。離れていても見える彼女の秘所とそれを守るように茂っていた赤茶の毛が、鮮烈に脳裏に焼きつく。

 デレッダが戯れに村を焼いた騎士に抑えつけられ犯されている。だが亮平は動けなかった。人を簡単に血溜まりの屍にしてしまう剣を持つ彼等に、勇気は挫けていた。

 ……動け! 動け! 動け!

 亮平は血が出るほど唇を噛んだが、どうしても足は命令を聞かない。

 デレッダは悲鳴を上げ、苦痛に泣き、最後にはただ荒い呼吸だけになる。騎士達全てが代わる代わる抵抗もしない彼女の上に跨った。

 デレッダは、あの光のような微笑みの少女は、最後に白い腹に剣を突き立てられて動かなくなった。

「デ、デレッダ……」 

 呟きが聞こえたのか騎士が立ちつくす亮平を見つけたようだ。

 鉄兜を被っているから分からないが、中の表情は愉悦に歪んでいるだろう。

 デレッダの血で赤く染まった剣が亮平を捉えた。

「ぎゃあああ」が、悲鳴を上げて倒れたのは騎士だ。

 絶命した騎士の背中は焼けこげ、鎧の鉄も溶けている。

 一人の女が立っていた。茶褐色の肌と黒い瞳、真っ白な髪。

「おい小僧」女は他の騎士達に何か呟き、焼き殺しながら亮平に問う。

「その指輪は何だ? 妙な魔力を感じたから来てみたが」

 ぼんやりと亮平は左手の指輪の赤い宝石を見た。あの赤い髪の女が知らない間に彼に嵌めた物だ。

「うん……」茶褐色の女は眉を寄せた。

「お前、この世界の人間ではないな? これは面白い」

 亮平は周囲を見回した。

 誰もいない。みんな血みどろで殺されている。

 デレッダは、あのそばかすがチャーミングな少女は……無惨に裸のまま放置されている。

 もう変わらない苦悶の表情から目を逸らす。

「来るがいい、あるいは異世界人だ、何か活用法があるやもしれん」

「あ、あんたは……誰だ」亮平は掠れる声で訊く。感情は麻痺していたが、どこかにある警戒感が働いた。

「私はアグライアー。混沌軍に属するダークエルフのソーサラーだ」

「ダークエルフ……」その名称を亮平は知っていた。ゲームに出てくる妖精だ。

 アグライアーをよく観察すると、白い髪の左右から槍先のような耳が出ている。

 ソーサラー……魔法使いの呼び名だ。

 ……ダークエルフ……騎士……ソーサラー……。

「そうか!」

 川中亮平はようやく得心した。

「これはゲームなんだ! ゲームだから簡単に人が死んで、エルフやら騎士やらが出てくるんだ……これは俺が英雄になるゲームなんだ……」

 不思議にも悲しくもないのに亮平の目から涙が溢れた。

「デレッダは、デレッダはああなるようにプログラムされているんだ……騎士達に酷い目に遭わされ殺されたのは、みんなシナリオがそうなっているんだ。悲しくも苦しくもなかったんだ! だから俺も悲しくない! 辛くない!」

 涙が止まらない。なのに亮平は笑った。

「なら、このゲームを俺も楽しまなければな!」


 ※ 私の書いた小説を読んでくださった皆様ありがとうございます。調子に乗って上げるペースを間違えストックが切れました。この先も毎日更新しようとは思いますが、時に出来ないかもしれません。ペースはだいぶ落ちますが、それでもよろしいでしょうか?

 ちなみにこの先は主人公が徐々にこの国の歪みに気づき、王座へ向かっていくシナリオです。なるべく都合のいい世界にしたくないので、一息に王様……とはいきません。それも構わないでしょうか?

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