182 発表会来たる③直前舞台裏
「うわ、緊張してきた」
「何あんた舞台の時には平気なのに」
「だって舞台はやることが決まってるじゃない」
若い女優達は服を着け、髪飾りや帽子をつけ、少しばかり普段より涼しい足元を気にしながらそんなことを口にする。
「んー、何かちょっと今日この靴きついんだけど」
「腫れてんの? それとも太った?」
「違うってば! 朝は元々靴がきつくなるの!」
まあそれはよくあることだ、と皆微笑ましく聞いている。
足元が気になるのは、スカート丈がほんの少し短いのと、生地が非常に軽いせいもある。
普段彼女達が着ている服は重力に従ってすとんと落ち、重ねた下着と共に足を隠し、風にも飛ぶことは無い。
だが今回のスカートはふわっと広がることが特徴だった。
風に翻る程の軽さと、その鮮やかな模様。
そのため足もある程度出ることが前提だったので、靴下や靴には特に気がつかわれていた。
「新しい素材の靴下の宣伝にもなるな」
提供したセレも言う。
新素材で作られたそれは、薄手の膝下靴下の中では、それまでの主流である絹のものよりずっと安価だった。
耐久性にはまだやや難ありだったが、たまに着る街着としては悪くはない。
「今まで靴下を引っかけたらいちいち自分でかがっていたものねえ」
そう、金持ちで無い限り、絹の靴下は引っかけて穴を空けてしまった時には、専用の編み針で自身でかがるのが普通だった。
「でもセレ様のおっしゃるお値段だったら、破けた時には捨てても心が痛まないわ」
「でも薄すぎるからかしら、ちょっと靴に足が擦れて」
「それは靴が新しいからでしょ?」
自身の靴で合いそうなものがある場合にはそれでも良い、としていた。
だが実際、若手の女優達は舞台でぱっと見せられる程の靴は持っていない。
まあ「これに合う服を私は」と言って、足首までの編み上げ靴で舞台を歩く、と言った強者も居たが。
そういう女優の求めにテンダーは応じた。
実際普段は編み上げ短靴で歩く者も多かったのだ。
その一方で、ここぞとばかりに普段は履けない小綺麗な靴を、と用意されたものに飛びつく者も居た。
淡い色のすっきりしたデザインの靴など普段は履けない、ときゃいきゃいと嬉しがる者も居たのだ。
ただそれを見てヒドゥンは黙って何か考え込んでいる様だった。
どうしたんですか、とテンダーが訊ねても、「考えすぎなことだと思うから」と口にはしなかった。
開演の時間が近づいてくるので、テンダーは自分の口上の原稿を見て要点を覚えるのに頭がいっぱいで、それ以上のことは彼に訊ねなかった。
発表会は全体が一時間程度のものである。それを三回行う。
ただし昼の二回と夜の一回では演出がやや変わる。
「昼の部」が昼食とお茶の時間に差し込む窓からの光の下に相応しい服を見せる予定だった。
自然光のもと、若手女優達を中心に、ひらひらとしたスカートを翻させるのがこの時間帯のものだった。
対し、夕食時に合わせた「夜の部」のそれは、照明のもと、伸縮する素材のスカートとジャケットを見せるのが中心の、ゆっくりと落ち着いたものだった。
なお、花嫁衣装に関しては「昼の部」の二回目と夜に見せることになっていた。
結婚式を行うのは、この辺りの慣習では大概昼だが、夜にかけてずっと衣装をつけていることも多い。
そしてまた、昼の部でも見せる/見せないと分けたのは、数日にかけて行われる中で、時間による特別感が欲しかったというものもあった。
ちなみにこの花嫁衣装を着ることになっていたのは、ポーレと体型がまあまあ近い、若手女優のミナ・ランシーだった。
最も近かったのはアリュール・ルダの方だったのだが、彼女曰く「自分の結婚前に衣装を着てしまうと婚期が遅れるってお母ちゃんから言われていて」とのこと。
実際その様な言い伝えはあちこちにあるので、テンダーも無理強いはしなかった。
ミナの方は靴も新しいものを、と張り切っていた。どうやら古い慣習より着てみたいものの方が大きいらしい。
それだけでなく、大トリに自分、というのが大きかったらしい。
意欲があるならいいかな、とテンダーは思っていたが、その辺りにもヒドゥンは微妙な表情をしていた。
が、やはりテンダーはこの時点では自分のことで精一杯だった。
何と言っても最初のことなのだ。
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