167 次の一手を探して⑥割と近いうちに別れは来る

「それはどういう意味?」

「いつお話ししようか、と迷っていたんですが……」


 ポーレはふう、と息をつくと軽く目を伏せた。


「来年からエイザンさんが南東方面に転任ということになりそうなんです。それでその時に私についてきて欲しい、と」

「求婚されたの?」

「はい。どうも結構長いことになりそうなので、と」

「それで……」

「はい。一緒に行くことにしました。来年の春着任する様に色々と現在は学んだり、手回ししている様です。栄転だということなので。あ、カナン先生は帝都に残られるそうですが」

「え、そうなの?」

「ええ。先生はやっぱり家は帝都に置いて、取材にその都度行く方が良いと」

「や、そういうことじゃなくて、息子さんと一緒でなくていいの?」

「その辺りは平気だそうです。ほら、ままた北西から文才があって書生にした子が居ますでしょう?」


 そう言えばそうだった、とテンダーは思い出す。

 ここに居るサミューリンでない方の少女と一緒にやってきた子が、文才があるということでカナン女史のところに書生として入っているのだ。

 当初はエンジュの出版社の徒弟にしようという話もあったが、その子の書いた詩を読んでカナン女史が自分のところに置く、と言い出したのである。

 夢見る様な視線の子――やはり少女だったのだが、は編集部よりも確かに女史の書生として過ごす方が向いていた。


「で、もともと先生のところには住み込みの雑役夫妻が居ますので、家のことは大丈夫ですし……」

「でも私ずっと知らなかったわ」

「え…… いえ、まあ、タイミングというものが」


 あ、珍しい、とテンダーは思った。

 普段自分に対し、ポーレは敬意を払った言葉を使っても、結局はずけずけと主張するところはする。

 なのにこの件についてはなかなか口に出せなかったあたり。


「色々思うことありまして」


 その色々、に関して追求するのは簡単だった。

 だがそこには明らかに結婚話に一度失敗したテンダーへの遠慮もあったのだろう。

 いくら現在「婚約者」が居るとしても、それが必ずしも結婚という形になるのかどうかは当の本人達すら分からない状態なのだから。

 だがそれでもさすがに転任となると、心を決めなくてはならなかったのだろう。

 テンダーはポーレの両肩をがしっと掴むと真正面から見据える。


「分かったポーレ、それなら貴女が帝都を出て行く前に色々しなくちゃね。発表会もだけど、結婚式の衣装!」

「え、私のなら自分で」

「何言ってるの!」


 ぶんぶん、とテンダーは短くなった髪の部分を振り回した。


「私が作らないでどうするの! ああそうだ! 発表会の大トリをそれにすればいいのね! ああそう思うと目星が付きやすいわ!」


 そうでしょう皆、と少女達にテンダーは同意を求めた。


「春に結婚なんですねポーレさん!」

「うわあ! おめでとうございます!」

「こうなったら皆これから発表会までは、今までの注文と並行して、次の春から夏向きの服をどんどん考えて作って行くのよ!」


 ぱっと少女達に向き直り、テンダーは拳を握りしめる。


「はい! テンダー様、舞台でどんどん見せるということでしょうか!」


 サミューリンが手を挙げる。


「そういうことになるわね。そう、ヒドゥンさん曰く、花道も使える、と言っていたし……」

「だったら服を着て見せる人が結構沢山必要じゃないでしょうか!」

「着て見せる人…… ええと、今までは貴女方が」

「だって、そういう時だと私達はその服を用意して着せる方に回らなくちゃならないと思います! 服に合う帽子や飾りも付けなくてはならないし!」

「花嫁衣装だったら普段こっちでは作らないですがドレスですよね!」


 もう一人の少女、キリ・レンカも声を弾ませた。


「待って、ちょっとそれ黒板に書いて行くわ」


 ああ起爆剤になってしまった、と思いがけない流れにポーレはやや唖然としつつ――それもいいか、と思った。

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