118 喫茶室「123」④~文通友達との久しぶりの会話の出だし
「ここ、いいなあ」
ヒドゥンはぼそっとつぶやいた。
「え、何が?」
「広さ。元々ホールだったよな、ここ」
「そうですね。まだ私達が学生だった頃はぎりぎりホールとしても使われていたらしいですね」
テンダーにとってそれはあくまで情報に過ぎなかったが、当時から演劇の道に進んでいた彼にとって「ホール」というものは思うところがある様だった。
「音響がいいし」
「ああ…… 蓄音機の音楽」
そう言えば、くらいに音楽はゆったりと流れていた。
手回しのそれは一曲ごとに店員が動力を入れてやっている。
その姿自体も一つの風物詩となる様な。
「……ここ、うちの劇団に演らせてもらえないかなあ」
「え」
テンダーにとっては思いがけない言葉だった。
ホールを喫茶室に改装したというのに、またそこで演劇をしようというのか。
「え、だって今はもう」
「丸テーブルは移動できるし。そのまま段差のテーブル席から見てもらえばいい。一番下の部分のテーブルを取っ払えば舞台ができるな」
その目は真剣だった。
「あ、いや、この喫茶室がつまらんとかそういうことじゃなくてな。キミそういう妙な気を回すとこ、昔と変わらないわ」
思わずテンダーは苦笑した。
「気を回してますか」
「考えすぎ」
「変わらないというなら、ヒドゥンさんはまるで昔と姿も変わらないですよ。私はすっかりあの頃より歳を取ってしまっったのに」
「そうやって謙遜するのも変わらない。キミは別に自分の容姿を誰かにアピールしたい訳じゃないんだろう?」
「それはそうですけど」
「俺だってキミの容姿は正直どっちでもいいし」
「それはなかなか」
「いや、俺的には誉めてる。だって容姿なんて、ウチの劇団には無茶苦茶造作的に良いのは幾らでも居る。だから正直俺にはどうでもいい。けど、なあ」
彼はふっと目を伏せる。
「やっぱりな、どうしても皆にしは通じないことってあるし」
「通じないこと?」
「キミは婚約破棄されたんだっけ?」
「ええ、思った通りに」
「お見事」
ぱちぱち、と彼は手を叩いた。
「貴方にも何かそういう話があるんですか?」
「浮いた話は無いけどな、浮かそうって話はやたらあるんだ。残念ながら」
「嫌そうですね」
「ああ全く。ちょっと聞いてくれるか?」
「存分に」
そっか、と彼は自分の前に置かれたアイスクリームを乗せたソーダ水をマドラーで突く。
しゅわ、と中の炭酸にクリームが少しだけ弾けた。
「三つあるんだ」
そう言って彼は指を立てる。
「三つ?」
「そぉ。何処から聞きたい? まず女役の俺のことについて。次に役者仲間の男達との交流について。最後に何かと粉を掛けてくる連中について」
テンダーはどれもそう変わらないのではないか、とは思ったが。
「貴方がわざわざその順番で出したってことは、一番最後が一番厄介ってことじゃないですか? だからそれを最後にすればあとはどっちでも」
「そっか。じゃあまあ順番に話すな。最初のやつ」
「女役の貴方のことですよね。画報の方でも時々写真見ますけど、相変わらず綺麗」
「だろ? そりゃ当然だ。俺は綺麗に見える様に演じてる。だからそう見えなくちゃ意味が無い。女より綺麗な女を演じなきゃ」
「いつもながら凄いと思いますよ」
「そ。だから時々間違える奴が居る訳だ」
「ああ……」
その類の話題は学生時代にも聞いた。
先輩に襲われかけて返り討ちにしたとか何とか。
「今でもそういうことするひと居るんですか?」
「居る。しかもそれがまた、客だったりするから厄介。芝居が終わる。俺は衣装をとって化粧を落とす。なのに着替えた俺を待ち伏せる客の貴族だの裕福な野郎だのが時々本気で俺が男の方が好きだって勘違いして何かしら言ってくる」
それは災難な、とテンダーは思わず両肩を竦めた。
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