117 喫茶室「123」③~明らかに仕組まれた再会

「だったら綺麗に印刷に出る絵にすればいいんじゃない?」


 甘く低い、だがやはり重力の無い声が彼女達の背後から響いた。


「あ」

「お久しゅう」


 鳥打ち帽を取って、格子縞の狩猟服を身につけた小柄な男は、ややわざとらしいくらいにうやうやしく七人の女達に礼をする。


「ヒドゥンさん一体またどうして」 


 テンダーは思わず立ち上がっていた。


「いや、そこの編集長に呼ばれたから」


 彼はそう言ってエンジュを示す。


「内緒にした訳じゃないのよ! ほら、時間をずらしてこの喫茶室のお披露目に私の雑誌で取材したことのある著名人を招いているだけなんだから!」


 いや、絶対わざと黙っていたな、とテンダーは思った。

 彼と相変わらず文通が続いていることはこの友達は皆知っているはずだ。

 特に仕事でこの俳優と関わってもいるエンジュは!


「まあいいじゃない。ともかく皆さんお久しぶりということで。わりあい早めの連絡もらったおかげで今回はちゃんと俺やって来れたし。それに」


 彼は背後を指す。


「あ、マリナ! 皆!」


 ヘリテージュは手を挙げる。


「ねえエンジュ、私とセレの注文を彼女達の席に移してもらえないかしら」

「私もか?」

「そうよ! 衣装の素材のことについて聞きたいことがあるのに貴女がなかなか捕まらないって前から聞いていたんだから!」

「そうだったかなあ」


 エンジュは従業員を呼んで二人の席と注文を隣の丸テーブルへと移動させた。

 テンダーはその様子を見ながら内心「よし!」と両手を握りしめる思いだった。

 黒い長い、そして同じ色の細かい模様のある靴下を履いた脛の下半分から足首にかけてが、さっさっ、と小気味よく動く。

 やはりこのスカート丈は正解だ、と彼女は満足していた。


「編集長!」

「ああ、貴女達も」


 エンジュの「友」と「画報」のそれぞれの編集部員が幾人かの人々を連れてきた。


「ああ紹介するわ。こっちの集団がうちの『友』の部員と連載小説を書いてくださる先生方」

「えっ」


 ここでポーレが声を上げた。


「れ、連載小説と言えば…… もしや、先月新連載が始まったばかりの……」

「おやお嬢さん、貴女、私の『淑女の恐怖の夜宴』を読んでくれているんですか」


 ポーレは思わず集団の中でひときわ小柄で穏やかそうな婦人がそう言ったのに目を見張った。


「貴女様があの素晴らしい数々の奇譚を次々と発表してくださるロンテ・カナン先生!」

「ええそうですよ。こんなおばあちゃんでごめんなさいね」


 そう、ポーレが愛読しているのは奇譚――怪奇小説の類だった。

 彼女のお嬢様のテンダーはどうにもこういった不思議な話に関しては反応が鈍く、大概のことは満足していた彼女もそこばかりは物足りなく思っていたのだ。


「そんな! 先生の小説は単行本にまとめられると『友』に出た時には必ず本屋に予約を入れているほどです!」

「まあまあありがとうね。お嬢さんちょっとお話でもしましょうか」

「はい!」


 元気よく返事をしたポーレはそのまま「友」の編集部員のテーブルへと渡っていった。


「ということはそちらは『画報』の方々ですか?」


 キリューテリャはもう一つの集団に問いかけた。


「ええ。編集長、こちらの方は?」

「あら、貴女達取材に行ったのに…… ってまあ確かに紹介はしていなかったし。南東辺境から来た私の友達よ」

「南東の!」

「向こうのプリント生地をいつも送ってくださる!」

「お願いです向こうの市場の暗黙の了解についてお話を!」


 するとキリューテリャはにっこりと「画報」の部員に微笑みかけると。


「そうですね、私も一言申し上げたいことがありましたから」


 うわ怖い、とテンダーはその笑顔を見てそう思ったが、言葉には出さなかった。

 いや、それだけではない。


「じゃあ私もちょっと『友』の方に。リューミン、料理担当が貴女にお話聞きたがっていたわ。北西の料理について聞きたいんですって」

「ちょっとエンジュ」


 テンダーは慌ててリューミンを連れていこうとするエンジュを引き留めようとした。

 だがこの日「冷やしたコーヒーにアイスクリームを乗せる」メニューを選んだ友は実にいい笑顔をすると。


「たまにはヒドゥンさんと時間差無しにお話しなさいよ」


 それもそうだなあ、と重力の無い声がテンダーの耳に届き、斜め前に椅子を引っ張ってきて座る姿が視界に入った。

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