111 お茶とコーヒー①
「それは貴女が?」
テンダーは訊ねた。
「うーん、私もだけど、私の職場がね」
「職場。編集部が?」
「そうそう。別に人が足りていない訳ではないんだけど、何故か宵っ張りにならざるを得ないことが多くってね」
ふう、とエンジュはコーヒーの香りを堪能する。
「あ、匂いが強いかしら」
「ううん、大丈夫。ねえ」
「美味しいのでしたら紹介ください。うちの工房でも欲しい方が居るかも」
「飲み過ぎると胃を壊すかもだけど。でもまあ、気にならないならいいわ。ちょっとうちの職場は濃すぎるらしいし」
「あら、それじゃ貴女胃の方は大丈夫?」
「それは大丈夫! まあそれは一応私があの職場のボスだからでしょうけど」
「でも、最初からあの雑誌を立ち上げたんでしょう? 部下になる人達だって素人ではなかったと思うし」
テンダーは自分が領地を回っていた時のことを思い出す。
何を素人の学問かぶれのお嬢様が、という目もあった。
ただテンダーは他人が自分に対して悪意や無関心を示すことに対しては別段子心を動かされることは無かった。
むしろポーレが怒ることが多かった。
「別に怒ってもいいんですよ? 後でなら」
と言われて気付いたくらいだった。
なるほどそういう感情なんだな、とそこで学んだので、実感はともかくエンジュにはそういうことがあったのではないか、と考えたのだった。
「そりゃあね」
エンジュは苦笑した。
「一応準備期間もあったし、私も下っ端の見習いとして立場を隠してあれこれ動いたこともあったから。うちのスタッフは、そういうところでくすぶっていた有能な人達を集めたんだけどね。それでも当初はあれこれ裏で言われたみたいよ」
「裏で、ですか」
ポーレも思わず口を挟んだ。
「直接は」
「だってどうしたって上下関係はあるんですもの。全て表でばんばん言い合う訳にはいかないし。あと女性スタッフが多かったでしょう? うち」
そう言えば、とあちこちに回った記者の大半が女性だったことをテンダーは思い出した。
「私のところに来た記者の方が珍しい?」
「くすぶっていた有能な人材を集めたらそうなった、ということなんだけどね。男性が居た方がいい場合もあるし、やっぱり女性向けの雑誌だから女性の方がいいってこともあるし。まあどっちも居た方がいいのよ」
「でもボスは貴女」
「そ」
そう言ってやや冷めたのであろう、コーヒーをくっ、と飲む。
「苦みで目が覚める感じなのよね」
「お茶じゃそうはいかない?」
「お茶も濃ければ結構目が覚める感じがするんだけど。一度それで『友』の方で地方のお茶とか特集したことがあったわ」
そういえば、とテンダーは思い出す。
お茶、と言っても様々なものがある。
普段帝都で「お茶」と呼ばれているものはとある木の葉を加工したものである。
香りと軽い苦みが好まれ広まったものだが、製法によって呼び名も変わる。
また、植物の葉から抽出したものも広義で茶ということもある。
そこをついて「茶とされているものはどういうものがあるのか」というものを各地で取材して「友」で特集したことがあるのだ。
帝都ではその流れでエンジュの父親の手持ちの百貨店で「茶」の物産展が開かれ、それもまた非常に盛況だった。
地方茶の専門店も新しく開拓されることもあったくらいだ。
「うちの工房ではあのすっとする草茶が皆好きだわ。あと、果物の香りのする草とか」
「ああ、薄荷茶とかね。あれは確かに女性に好まれるわね。でもうちはコーヒーなのよね」
ふふふ、とエンジュは笑った。
「コーヒーの特集は無いの?」
「まだまだ。あれをするには、コーヒーが帝国全土の広い範囲に広まって、誰でも飲む様になって、しかもそれが美味しいとされなくちゃ駄目よね。実際貴女方飲んでないでしょ?」
「まあ苦いし」
「だから、その苦さを何とかするには、なのね。喫茶ルームでも今のところ、香りを殺すといって、コーヒーは回避されているし。とすればどうする?」
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