幕間3 キリューテリャは市場を歩く(後)

「ああ……」


 さっくり尋ねたキリューテリャに、頭に白い布を巻いて結んだ店主がのっそりと頷いた。


「あっちにあるよ。十枚で……だ」

「ありがとう」


 そう言うと彼女は家庭教師先の一姫の持っている人形を思い浮かべた。

 木で出来たそれは関節ごとに組み上げられたものだ。

 素体人形を作る細工師が海を越えた東の島から伝えたという人形は、あえて顔を描かず、髪も付けられていない。

 与えられた子供は自身で髪を付けたり、顔を描いていくことで愛着が湧く様だった。

 キリューテリャ自身、子供の頃はよく遊んだ。

 髪にするのはトウモロコシのひげだ。

 受粉しなかったそれは長く伸びるので、捨てずに干して人形の髪として分けたり売ったりしている。

 綺麗に揃ったものは売りに出す。

 そうでもないものは、農家の子供の遊び道具になる。

 一束幾らで、それも横に置いてあるのにキリューテリャは気付いた。


「じゃ、これと、あとこれを」


 彼女は端切れの束を四つと、ひげを二束選んだ。


「ずいぶん買うねえ」

「なかなか出られない子が居るのでね」

「そいつぁたいへんだ」


 そう言いながら吊した古新聞紙をぴっと一枚取ると、さっさっと器用にくるんでしまう。

 その間にキリューテリャは首から革紐で吊した小銭入れから代金を取り出す。


「オゲンキ?」


 極彩色の鸚鵡が唐突に彼女に呼びかけた。


「元気ねえ」


 くすくす、と包みと小銭を交換しながら、彼女は鸚鵡についてそう言う。


「長いつきあいでさ」

「いいわね」

「姉さんも飼えばどうだい? 色々言葉を覚えてくれるよ」

「考えとくわ」


 行きましょう、と二人を促してキリューテリャは目的の場所へと足を進めた。



 辺境伯の館は昔は王宮として使われた場所だ。

 色鮮やかなタイルに彩られた壁、高い天井、庭には孔雀が羽根を広げ、揺らせ、ゆったりと遊んでいる。

 そんな中、笑い声を立てながら走ってくる少女が居る。


「キリー!」


 駆け寄ってくるのは一姫と呼ばれる令嬢。


「そんなに急がなくても私はちゃんと来ますよ」

「だってこの間しばらく居なくなったじゃない」

「友達のところで祝い事があったからですよ」

「あたしを放っておくほど大事なんだ!」


 懐かれるのはいいのだが、それでも理由があるならば。


「友達は大切です。特に学校時代の友達は。一姫様もいつか帝都の学校に行った時に友達を作ればおわかりになりますよ」

「だから今は勉強しろって言うんでしょ」


 ぷーっ、と一姫はふくれた。


「勉強は無論しますが、今日はお土産がありますよ。前に仰ったでしょう? 人形のサリーとジャイヤの服と髪」

「あ! それね!」


 一姫はキリューテリャが手にしていた包みに視線をやる。


「ええ。今日のお勉強が終わったら、色々ありますから一緒に合わせましょうね」


 ちゃんと終わってから、というところは忘れない。

 彼女はこの辺境伯領から、母校に入ることが出来る様にと言われている。

 特に、今の伯には一人しか女子が居ないことから余計にその役目は重い。

 この自分の教える一姫もかつての姫達の様に、何処かの属国に送られることになるのだろうか?

 彼女はそうならないことを願う。

 時代は変わっているのだ。

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