86 乳母は心から心配してくれる

 この小さなお茶会がきっかけになり、クライドさんは休暇になるとよく遊びに来る様になった。

 無論目的は私への訪問だ。

 だが、あらかじめ予定されていないものの場合、私が留守な時も多い。

 そんな時、アンジーがまた楽しそうに相手をするのだと、メイド経由でポーレが教えてくれた。


「テンダー様よろしいのですか?! 何はともあれ、テンダー様に是非に、という縁談だったのですよ? それをまた横から奪い取ろうとでも……」


 フィリアは本気で怒っていた。


「母さん、テンダー様にも考えがあるの。ちょっとその辺りはゆっくり見ていてね」


 ポーレは自分の母親の肩をさすりながらなだめる。

 フィリアもそう言えば歳を取ってきたなあ、と私は感じた。

 母より少し上程度の年齢の彼女は私が戻ってきてからいきなり老け込んだ様な気がしていた。

 母の方は、未だに美を追究していることで、歳よりずっと若く見える。

 対してフィリアはただもう私と実の娘のことでいつも心配をしている様な。

 そう、時折帝都に私を送り迎えに出た時など、下手に都会の水に染まってしまうのではないか、という心配をしたらしい。

 ポーレは肩を撫でるだけでなく、揉みはじめた。


「心配ばかりしていると、どんどん老け込むわよ」

「でもねえ…… 今回の婚約者様は、あくまでテンダー様へのお話なんだよ。なのにどうしてまた、いきなり奥様がアンジー様を前に出してくるのやら……」


 まあそれは単純な話だ。

 アンジーに縁談の来手があるのかどうか、母も微妙な気持ちでいたはずだ。

 そして母のことだから、私とアンジーを比べたら、確実にアンジーが選ばれる! と考えている。

 もしくは、そう仕向けてくる。

 実際、お茶会は私と「母と妹」の外見の落差を際立たせるにはちょうど良い機会だったろう。


「テンダー様はどうお思いです? クライド様がもしも……」


 フィリアは心配そうに私を見た。

 ポーレは自分の母親の向こう側から、苦笑してみせた。


「まあその時はその時。でもねフィリア、もし私に何かあって、領地経営でも何でも、離れて行く時には絶対にフィリアとポーレも一緒よ」

「だから母さん、そんな心配はあまりしない方がいいわよ。……ただでさえ最近中年太りのせいで、肩に肉がついて揉むのに力が要るようになっているんだから」

「うるさいね。お前だっていつかそういう歳になれば、いつの間にかそうなるものだってことに気付くよ」

「でも奥様はああでしょ?」

「は! 奥様はともかく色んな方法であのお顔と体型を維持しているんだよ! それでいて、下着まで数を増やしてねえ。ドレスだって流行が変われば注文なさるし」

「まあ余裕があるならね。……でも確かに、もう少し価格を抑えたものにできたらな、とは思うのよ」


 二人は私が軽口でないことに気付いた。

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